第224話 順序

 レザミリアーナが王城に帰宅してエントランスに入った直後。


「ラーゲはどうなったの?」


 エントランス入り口横に立っていたエリザリーナが声をかけてきた。

 そのため、レザミリアーナはその方向を向いて顔を向かい合わせて言う。


「今は亡骸となっている」

「っ……!レザミリアーナお姉様のあの感じだとてっきり生かすのかなって思ってたけど、ちゃんと処理したんだ」

「あぁ……奴は同国の貴族を襲撃したというだけでなく、八人の剣士を潜ませて私を囲い、剣を向けさせたからな」

「バカだとは思ってたけど、レザミリアーナお姉様に剣向けるなんて立場的にも法的にも実力的にもバカなんて度合い超えてなんかもう笑っちゃうね……じゃあ、それで法的にも死刑にして良くなったから、ラーゲの命奪ったってこと?」

「そうだ……もっとも、奪ったのはラーゲの命だけでなく、他八人の剣士たちもだが」


 レザミリアーナがそう付け加えると、エリザリーナは少し間を空けてから言った。


「もし、ラーゲが剣を向けて来てなくて、反省の色を見せてたら……レザミリアーナお姉様は、ラーゲのこと生かしてたの?」

「……さぁな」


 短く返事をすると、レザミリアーナはエリザリーナから視線を外してそのまま王城の中を歩き始めた。


「もしロッドエルのことを襲撃したラーゲが、法的に死刑には届かなかったとしたら私がラーゲをどうしたか……か」


 レザミリアーナの中では、法が絶対。

 法があるからこそ秩序があり、国というものが存続できる。

 だからこそ、王族である自分が、私情で法を犯すことなど絶対にあり得ない。

 と、今までは確信していた……が。

 今回レザミリアーナががラーゲの命を奪ったのは、ラーゲが死刑に届き得る罪を犯したからなのか……

 それとも、ルクスを襲撃したことに対するラーゲへの怒りという私情によるものなのか。

 両方が合わさって今回の件が起きたのは間違いないが、その順序は……


「ともかく、今回は私が大罪人を裁いただけのこと……それ以上でも以下でも無い」


 今湧いて出た疑問の答えは、またレザミリアーナの見える場所でルクスに窮地が訪れた時にわかることとなるのだろう。

 無論、レザミリアーナはそんな日を望んでいないが────もし、そんな日が来たとするなら。

 その時こそ、レザミリアーナの王族としての信念か、ルクスへの愛情を、試される時だ。



◇シアナside◇

 王城内で、エリザリーナの言うその時、というのがいつなのかを探るべく情報を集めていたシアナとバイオレットだったが……


「有力な情報を掴むことはできなかったわね」

「はい、国内全体がそうですが、王城内は特にエリザリーナ様の手が届いているのかもしれません」

「仕方ないわね……地道だけれど、少しずつ情報を集めていきましょう」

「承知致しました、お嬢様」


 今日はこれ以上王城内で情報を集めるのは難しいと判断した二人は、王城のエントランスを通って王城の外へ出るべく足を進める。

 ……と。


「あれ?フェリシアーナとバイオレット、まだ王城に居たんだ」


 エントランスの入り口横にはエリザリーナが居て、声をかけられた。


「エリザリーナ姉様……こんなところで何をしているの?」

「ついさっきまでレザミリアーナお姉様とここで話してたんだよね……フェリシアーナこそ、どうしてまだ王城に残ってたの?もしかして、私が何しようとしてるのか探ろうとしてた?」

「どうかしらね」

「そうなんだ〜!」


 濁した返答をするも、エリザリーナは決めつけるように明るい声色で言った。

 シアナはそんな姉に対して相変わらず不快感を感じていると、エリザリーナが言った。


「二人がそんな意味の無いことしてる間に、ルクスの方は大変なことになってたみたいだよ?」

「っ!?ルクスくんが、大変なことに……?」

「そうそう、ルクスが襲撃されたんだって」

「っ……!?ルクスくんが、襲撃された!?」

「うん、ラーゲにね」


 その話を聞いたシアナは、目を見開いて目を虚ろにした……

 バイオレットも、表情にはあまり出ていないが、その雰囲気からは冷たい怒りが表れている。

 そんなバイオレットに対して、シアナは無機質な声を放って言った。


「バイオレット、今すぐ────」


 が、その後のシアナの思考を手に取るようにわかっているエリザリーナが、その言葉を遮るように言う。


「どうせラーゲをどうにかしようとしてるんだろうけど、もうその気持ちは抑えた方がいいよ」

「っ!抑えられるわけがないでしょう!ルクスくんが襲撃されたというのに、エリザリーナ姉様はラーゲのことを庇うつもりなのかしら!?もしそうだと言うなら────」

「私がラーゲのこと庇うとか気持ち悪いこと言わないでよ、いくら可愛い妹が相手でも本気で怒るよ」


 シアナの言葉を聞いたエリザリーナが冷たく言い放つと、続けて言った。


「私だって、この手でラーゲをどうこうできるんだったらしてるところだけど、もうラーゲのことはレザミリアーナお姉様が処理し終えてちゃんと命も奪ってるみたいだから、私たちに今回の件でこれ以上できることはないよ……あと、ルクスはレザミリアーナお姉様のおかげで無事みたい」

「っ……!……そう……良かったわ、本当に……」


 絞り出したように安堵の言葉を口にしたシアナを見て、エリザリーナが言った。


「そこまでルクスのことを思える気持ちがあるなら、潔くルクスのことを私に譲ってくれないかな?」

「ふざけないでちょうだい、ルクスくんのことを思うからこそ、ルクスくんのことは誰にも譲れないわ……エリザリーナ姉様がどんなことを企んでいるのか知らないけれど、その企みは絶対に阻止させてもらうわよ」

「阻止なんてできたら凄いけど、いくら賢いフェリシアーナでもそれは難しいかな……もう止まらないよ、私のルクスへの愛はね」


 そう言い残すと、エリザリーナは王城のエントランスを後にした。


「……私だって、とっくに止まっていないわよ」


 もうここには居ないエリザリーナの言葉に対して返事をすると、王城のエントランスから出て、シアナはバイオレットと一緒にロッドエル伯爵家へと帰宅した。

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