第220話 握手

◇ルクスside◇

 男の人に突然喧嘩腰に話しかけられたり、トラブルはあったけど、レミナさんが無事に解決してくれたため僕たちはその後で予定通りにパン屋さんに入った。

 そして、中に入ると僕たちはそれぞれパンを購入して、近くにあったベンチに座って一緒にパンを食べる。


「レミナさん、もう本当に普通にパンを食べることができるようになったんですね」

「あぁ、最初は自らの世間知らずさに驚きすら抱いたものだが、今となってはこうして普通に食べることができている……全ては、君が私に食べ方を教えてくれたおかげだ」

「そんな、大したことでは……でも、妹さんはパンを食べていたのに、レミナさんがパンを食べたことがなかったのには何か理由があるんですか?」

「私が純粋に偏った知識しか有していないというのは当然のこととして、それ以外に理由を挙げるとするなら、立場上そういった娯楽といったものに時間を注ぐ暇が無かったからだ」


 パンを楽しむこともできないほどに時間が無かった……普通だったらそんなことがあるのかと疑問に思うところだけど、レミナさんから放たれている雰囲気やあの剣技。

 おそらく、言葉通り本当に全ての時間を今の自分に必要なことだけに当ててきたんだろう。


「凄い方ですね、レミナさんは」

「凄くなどない、先ほども言ったが立場上そうするしか無かっただけだ」

「だとしても尊敬します……さっきのレミナさんの剣を見て、本当にたくさんの努力を垣間見ることができました」

「自らの剣を低く評するつもりはないが、パンの食べ方などというものを知らなかったこと然り、私にはまだまだ至らない点が多いのもまた事実だ」


 それが至らないということになるのかはわからないけど、レミナさんが至らないと思っているということはそれらのことを知りたいと思ってるのかな。

 ……そうだ!


「それなら、余計なお世話かもしれませんけど、良ければこれからは僕がレミナさんにそういったことをお教えしましょうか?」

「っ……!君が、私に……?」

「はい!あ、でも、妹さんがそういったことに詳しいなら僕じゃなくても────」

「いや、君がそう言ってくれるなら、私は是非とも君にお願いしたい……見返りとして、私も君に剣を教えよう」

「え!?い、良いんですか!?」

「あぁ……私は、君の成長を隣で見ていたいんだ」


 レミナさんは忙しい人だと思うから、そんなことをしてもらうのは少し申し訳ないような気もするけど────レミナさんがそう言ってくれるなら。


「わかりました!改めて、これからよろしくお願いします!」

「よろしく頼む、ロッドエル」


 それから、僕たちは握手をすると、しばらくの間二人でパンを食べて楽しく過ごした。



◇レザミリアーナside◇

「ロッドエル、今日は急だったが、共に時間を過ごしてもらったことを本当に感謝する」

「いえ!こちらこそ、とても楽しい時間を過ごさせてもらい、ありがとうございました!」


 ルクスは、明るい笑顔を見せて言う。

 その笑顔に、不覚にも胸を打たれたレザミリアーナだったが、それを表には出さずに言った。


「あぁ……では、またな」

「はい!またお会いしましょう!」


 別れの挨拶をすると、二人はそれぞれ別方向に歩き始める。

 そして、レザミリアーナはルクスと握手を交わした自らの手のひらに視線を落とす。


「やはり、ロッドエルの手は良い手だったな……間違いなく、将来はもっと強くなるだろう」


 そんなことを思いながらも、レザミリアーナの中には別の考えが頭に過ぎる。

 ────もっと、手を握り合わせていたかったな……


「っ!?な、何を考えているんだ、私は……」


 思わずそんなことを考えてしまっている自らの感情を自覚して、レザミリアーナは少し頬を赤く染めると小さく首を横に振る。

 そして、一度深呼吸すると、普段通り真剣な顔つきに戻る。

 ────そうだ、今はそんなことを考えている場合ではない……私はこれから、ロッドエルに危害を加えようとしたラーゲに、その行動の愚かさを悔いさせねばならないのだからな。

 ルクスへの想いが強くなっている今、それと比例するように、レザミリアーナの中でラーゲへの怒りも静かに高まっていった。

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