第219話 指示

「わ、わかった!話す、話すから、剣を下ろしてくれ!!」

「……下ろしてくれ?」

「お……下ろしてください!」

「……」


 お願いされたからと言って、レザミリアーナに剣を下ろす義務など当然あるはずも無いが、これ以上ここで話を引き延ばされてルクスとの時間を一秒でも無駄にするのは惜しかったため、ひとまず剣を下ろした。

 すると、男は口を開いて言う。


「あ、あんたもわかっての通り、俺はただ、剣術大会で準優勝したっつうルクス・ロッドエルを襲撃するように指示されただけなんだよ!」

「そうか……だが、そうなると一つ不可解なことがあるな」

「ふ、不可解?」

「あぁ……どうしてお前に指示を出したものは、お前に指示を出したんだ?」

「ど、どういう意味でさぁ?」

「簡単な話だ、彼の剣を見た者なら、お前程度に彼に危害を加えるよう指示を出しても意味が無いことをわかっていたはずだ……先ほどは私が彼を守るという意思のもと私が対処したが、仮に私が居なくとも彼ならお前のことを圧倒していたことだろう」

「なっ……!お、俺があんなガキに負け────」


 その言葉を聞いたレザミリアーナは、目に追えぬほどの速度で剣先を男に向け直すと冷たく重みのある声で言った。


「口は慎め……私は私情で法を犯すことはしないが、お前は本国の伯爵家の子息に危害を加えようとしたんだ、指示されたこととはいえ反省している態度が見れず今後も繰り返す可能性があると私が判断すれば────この場でその首を斬り落とすこともできるのだからな」

「ひっ……!か、勘弁してくれぇぇぇぇ!!」

「本気でそう願うなら、今から私の問う全てのことに嘘偽りなく答えることだ」

「はいぃ!!」


 レザミリアーナから溢れである圧倒的な風格に、男は恐怖しながら返事をする。

 だが、レザミリアーナは相手が感情を酷く揺らがしていることなど全く気にせずに言った。


「では、先ほどの続きだが……お前に彼を襲撃するよう指示した人物が、お前に指示を出す理由に心当たりは?」

「お、俺は、剣士の中でもこういう荒事も引き受けるって有名なんで、多分それが理由じゃねえかと……」

「なるほど……お前の実力もろくに知らず、ただ有名だという肩書きだけで選んだということか」


 ────指示を出した人間の浅はかさが、手に取るようにわかるな。

 そんなことを思いながらも、レザミリアーナは続けて聞いた。


「改めて、これが最重要な問いだが……お前に指示を出した者の名前を答えろ」

「こ、この国の公爵で、名前はラーゲっていうやつでさぁ!!」


 ────ラーゲ、確か貴族の爵位意識の強い男だったな……エリザリーナが時々手を焼くことがあるとぼやいていたが……まさか、同国の貴族を襲撃させようとするほどとはな。


「そうか……それさえ聞くことができれば、もうお前に用は無い」

「そ、そういうことなら、俺はこれで失礼しやす!!」


 そう言ってこの場を去ろうとした男……だったが、レザミリアーナはその男の前を剣で塞いで言う。


「彼に危害を加えようとしたお前が、無罪放免なはずが無いだろう……その行いを、しっかりと悔いてもらう」

「ひっ!!は、はいぃぃ!!」


 それから、レザミリアーナは男のことを引き渡すべき場所に引き渡すと、ルクスの待っているであろう場所に歩き出す。

 ────それにしても、あの男がロッドエルのことを襲撃しようとするとはな……許し難きことだ。

 こればかりは、いくら国内のことだからと言ってもエリザリーナに任せるわけにはいかない……と考えていると。


「レミナさん!」


 いつの間にかルクスの元まで歩いてきていたレミナの名前を呼ぶと、ルクスがレミナの方まで駆け寄ってきて言った。


「怪我とかありませんか!?」

「当然だ、むしろ、君には私があの男に遅れを取るように見えたのか?」

「そ、そういうわけではありません!けど……レミナさんのことが、やっぱりどうしても心配で……」

「っ……!」


 ────全く……君という男は、どうしてこうも的確に、私の心を……君を前にして、改めて誓おう……他の誰でもなく、私が、この手で君のことを幸せにしてみせると。

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