第213話 要望

 突然、シアナにとってルクスからとんでもない言葉が飛び出して来たことに驚いたシアナは、続けて考える。

 ────ルクスくんの言うというのは、一体どこまでのことなのかしら……例えば、ルクスくんが私のことを抱きしめてくれるとか、私と手を繋いでくれるとか、それとも……その先にある、最後の最後にするようなことまで含まれているのかしら!?


「……」


 この世で唯一愛を抱いている対象であるルクスからなんでもすると言われ、心を乱したシアナだったが、一度心を落ち着ける。

 ────落ち着きなさい、フェリシアーナ……仮にここでルクスくんとそういったことができたとしても、そんなことに価値は無いわ……けれど、だからといってこの機会は逃したく無いわね。

 刹那の間にここまで考えたシアナは、現状で何が最適かを導き出した結果────ルクスへの要望を口にした。


「でしたら……私も!フローレンス様と同じように、今夜ご主人様と添い寝をさせていただきたく思います!」


 ルクスが添い寝をした相手がフローレンスだけでは無くして、ルクスにフローレンスに対する特別意識を持たせないという考えによって、シアナは数ある選択肢の中からそう答えを導き出した。


「え!?そ、添い寝!?」

「はい!」


 驚いたルクスに対してそう返事をしたシアナは、続けてルクスに確認する。


「一応確認させていただきますが、ご主人様は昨日の夜、フローレンス様と添い寝以外のことは何もしていないのですよね?」

「そ、添い寝以外のこと?うん、あとは昨日眠る前に一緒に読書をする時間があったぐらいで、それ以外のことは何もしてないよ」


 ルクスは平然と嘘を吐ける性格では無いため、嘘を吐いた時はすぐに顔を出る。

 そして、そのルクスの表情が嘘を吐いていないことを語っていたため、シアナはひとまず本当にルクスとフローレンスは添い寝以上のことはしていないということを知ることができて安堵する。

 ────それにしても、読書の時間……あの女、眠る前の読書でルクスくんが眠たくなるのを待って、ルクスくんが眠くなって来たところで添い寝なんてことをしたのね……

 その光景を想像するとまたもフローレンスに対する殺意が湧いて来そうだったが、今目の前に居るのはルクスのためその殺意を抑えて言った。


「そういうことであれば、やはり私も、フローレンス様と同様にご主人様と添い寝をさせていただきたく思います!」

「添い寝……少し恥ずかしいけど、シアナだったら嫌というわけじゃないから……シアナがしたいと言ってくれるなら、しよう」

「っ!ありがとうございます!」


 シアナだったら嫌じゃない、という言葉に心から嬉しくなると、シアナは笑顔になって上擦った声でそう返事をした。



◇フローレンスside◇

 シアナが部屋から出て行ったことによって、二人だけが残された部屋で、フローレンスがバイオレットに向けて言った。


「この度は私のことを助けてくださり、ありがとうございました……今度、何かお礼をさせていただこうと思います」

「いえ、もしあの場でお嬢様がフローレンス様の命を奪ってしまっていたら、お嬢様の願いも叶わなくなってしまっていた可能性もありましたので、私はただお嬢様の従者としてすべきことをしたまでです」

「……ふふっ、第三王女様は、本当に良き従者の方に恵まれたようですね」


 小さく微笑んでそう言ったフローレンスに対して、バイオレットは少し間を空けてから言った。


「しかし、お礼と仰られるのであれば……一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか」

「なんでしょうか?」


 聞き返すと、黒のフードを被っているため表情は見えないが、バイオレットがいつもよりもどこか辿々しい口調で言った。


「好いている男性と共に眠るというのは、どのように感じるものなのでしょうか?」

「どのように、ですか……言葉にするのは難しいですが、愛する方の温もりを肌に感じながら眠りへと落ちることができ、とても幸せに感じましたよ」

「……そうですか」


 そのバイオレットの雰囲気から、ある可能性に気がついたフローレンスは口を開いて言う。


「バイオレット様でもそのようなことにご興味があられるのですね……もしや、バイオレット様もどなたか────」

「申し訳ございませんが任務がありますので、私はこれで失礼致します」


 フローレンスの言葉を遮ったバイオレットは、静かにそう言うと、目の前から姿を消してこの場を去って行った。


「あのバイオレット様のご反応は、純粋にそういったお話が苦手なのか、それとも……」


 もしも、バイオレットにもそういった相手が居るのだとしたら。

 フローレンスは、敵でありながら友人でもあるバイオレットと、いつか普通の友人らしくそういった話もしてみたいと、密かに願った。

 ────この時のフローレンスは、バイオレットの想い人が自らと同じであるということを、まだ知る由も無かった。

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