第210話 目撃

「ん……」


 日差しが目に入ってきたのを感じた僕は、薄らと目を開けた。

 いつも布団やベッドはふかふかだけど、今日は少しいつもとは布団やベッドの感触、それに見える天井の景色も違うような気がする。

 ……そうだ、僕は今日フローレンスさんの屋敷でお泊りをしているんだった。


「お目覚めになられましたか?ルクス様」


 僕がそのことを思い出した直後、隣からそんな声が聞こえてきた。


「フローレンスさん……?」

「はい、おはようございます、ルクス様」

「おはようございます、フローレンスさん」


 そう挨拶を返してから、僕はフローレンスさんの方を向く。

 すると、そこには相変わらずとても綺麗な顔をしたフローレンスさんが僕の隣で横になっていて、加えて僕に体を密着させながら僕のことを抱きしめていた。


「……そういえば、どうしてフローレンスさんが僕のベッドに居るんですか?」

「ふふ、ルクス様はどうやら、まだ少々寝ぼけていらっしゃるようですね……昨夜はルクス様が安眠できるようにと、私がルクス様のお傍に居させていただいていたのです……こうして抱きしめさせていただいているのは、その一環でもあるのです」


 フローレンスさんは、さらに僕に体を密着させるようにして言う。

 それによって大きく柔らかな二つの感触が僕に触れる。

 ……そうだ、昨日は確か、夜にフローレンスさんと一緒に読書をして、それから一緒にベッドに入って、一緒に横にな────


「っ!?ちょ、ちょっと待ってください!僕たち、今日一緒のベッドで眠っていたんですか!?」

「はい、そうですよ?」


 先ほどまでは、寝起きということもあって現状の理解が追いついていなかったけど、目の前に映る光景から改めて現状を把握した僕の頭は、一気に寝起きのモヤのようなものが晴れて大きな声で言う。


「す、すみません!フローレンスさんと同じベッドで眠ってしまうつもりなんて無かったんですけど、昨日は眠くて……!」

「何を謝られることがあるのですか?このことは、私の方からルクス様にご提案させていただいたことです……それに」


 続けて、フローレンスさんは頬を赤く染めて嬉しそうに言った。


「愛している男性と一緒に眠ることが嫌な女性など、おそらくこの世に存在しないと思われますよ」

「っ……!」


 僕はその言葉に思わず照れてしまうと、フローレンスさんの顔から目を逸らす。

 そんな僕のことを見て、フローレンスさんが言った。


「ルクス様は本当に、純真で、綺麗で、勇ましく、努力のできる、私の愛すべきお方ですね……ルクス様、愛しています」


 フローレンスさんが僕のことを抱きしめる力を強めた直後────部屋のドアがノックされたかと思えば、ドアの方向から大きな声が聞こえてきた。


「ご主人さ────」


 その声は途中で止まったけど、僕が顔を上げてその声の方向を向くと、そこには……愕然とした様子のシアナが立っていた。



◇シアナside◇

 ────数刻前。


「っ……完全にしてやられたわね……」


 朝起きたシアナは、メイドとしての身支度を整えながらそう呟く。

 昨日の夜、シアナとしては、フローレンスが同じ屋根の下に居る状態でルクスのことを放っておくことなんてできないため、就寝前にルクスの居る部屋に向かおうとした……が。

 シアナの部屋の前に居た護衛によって不用意な外出は不可だと言われてしまい、第三王女フェリシアーナとしての立場であったならともかく、メイドとしての立場ではそれを押し切ることができなかった。


「護衛に私を部屋から出さないよう伝えて、私の動きを封じてくるなんて、単純だけれど効果的な手を……」


 本来、ルクスにバレずにシアナのことを妨害するのは容易ではないが、護衛ということであればルクスから見ても居て不自然ではなく。

 護衛本人からしても、客人に不用意な外出は控えるように伝えるのは至極当然のため、外の警備がしっかりとされているフローレンス公爵家の屋敷でわざわざ部屋の前に護衛を配備していたことが、安全面の意味以上にフローレンスがシアナとルクスの接触を妨害、そして自らの邪魔をさせないためのものだと気付ける者は、シアナ以外に居ない。


「とにかく、今はルクスくんのところに急がないといけないわ!」


 身支度を終えたシアナは、急いでルクスの部屋に向けて足を進める。

 ルクスの身に何も起きていないと信じて。

 そして、すぐにルクスの部屋の前に到着したシアナは、ドアをノックしてからその部屋の中に入る。


「ご主人さ────」


 ルクスのことを呼ぼうとしたシアナ……だったが。

 ルクスとフローレンスが同じベッドで横になっているところを目撃してしまったことによって、目元を暗くすると一度言葉を止めた。

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