第202話 あ〜ん

「え!?あ、あ〜んっていうと……」

「はい、お料理を食べさせて差し上げたり、場合によっては食べさせ合ったりすることのことを指す語です」


 ────あ〜ん、なんて、私だってまだルクスくんとしたことが無いのに、それをフローレンスが先になんて絶対にさせられないわ!

 そう意気込むと、シアナはそれを阻止すべく口を開いて言う。


「いくら人目が無いとは言っても、公爵家の方がそのようなことをするのはあまり良くないのでは無いですか?」

「そうかもしれませんが、そのことを承知の上でそうしたいと思えるというのは、それだけ信頼関係を築くことができているという証のように思えませんか?」


 ────そんなことを私が認められるはずもないことをわかってて……この女、私が言いたいことを言えない状況だからと言って、ここぞとばかりにムカつくことばかり言ってくるわね……けれど、それならこの状況をこちらが利用させてもらうまでよ。

 シアナという立場上、王女としてやルクスを愛している者として言葉を放つことはできないが、この状況は自らにとって有利になると考えたシアナは口を開いて言う。


「そう捉えることもできるかもしれませんが、ご主人様にお料理を食べさせて差し上げるということであれば、公爵家のフローレンス様よりも、ロッドエル伯爵家のメイドであり、ご主人様の従者である私がして差し上げた方が自然だと思います!」

「え!?」


 そのシアナの言葉に驚いた反応を見せたルクスだったが、シアナはこれでフローレンスへの反対意見を伝えつつ自らがルクスとあ〜んをするという正当性を得ることができたことにとても満足していた。

 が、それに対してフローレンスが言う。


「ここはフローレンス公爵家の食堂内であり、つまりルクス様やシアナさんは、今フローレンス公爵家にとって客人ということになります……ですので、自然さというのであれば、客人であるルクス様に私がお料理を食べさせて差し上げる方が自然だと思われます」

「場所など関係ありません!ご主人様は私がお支えしているご主人様なのですから、私がお料理を食べさせて差し上げる方が自然です!」


 シアナは、ここが攻め時だと考え、フォークで料理を挟むと、その料理をルクスの口元に差し出して言った。


「ご主人様!お口をお開きください!私が、ご主人様にこちらのお料理を食べさせて差し上げます!」

「え、え!?」


 続けて、フローレンスもフォークで料理を挟むと、その料理をルクスくの口元に差し出して言う。


「ルクス様、私がこちらのお料理を食べさせて差し上げますので、お口をお開きください」

「え、えっと……」


 二人から同時に料理を口元に差し出され動揺した様子のルクスは、少しの間困っていた様子だったが、何かを閃いたような反応を見せると────その直後。

 ルクスは、その二人に差し出された料理を同時に口に含むと、それをどうにか食べて喉に通して笑顔で言った。


「二人が食べさせてくれた料理、美味しいです!」

「っ!」


 ────あぁ、ルクスくんにあ〜んしてあげることができたわ!もっとしてあげたいけれど、今はそういうわけにはいかないわよね……今度二人きりの時にしてあげようかしら!いえ、それはそれとしても、私とフローレンスが喧嘩にならないように、二人の分を同時に食べるなんてルクスくんはなんて優しいのかしら……それに引き換え。

 ルクスにキラキラとした目を向けていたシアナは、その視線を横に逸らすと、次第にそのキラキラとした目の明るさをフェードアウトさせてフローレンスの方を見る。

 ────この女は本当に、どこまでも私の癪に障ることをしてくるわね……けれど、絶対にフローレンスの好きになんてさせないわ。

 そう思いながらフローレンスの方を見ていると、フローレンスもシアナに同様の視線を向けてきて、二人は少しの間視線を交錯させた。


「……」

「……」


 その視線はとても力強く、二人は互いに視線だけで力強く主張し合った。

 ────ルクスくんと結ばれるのは、私よ!

 ────ルクス様と結ばれるのは、私です。

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