第197話 夢中
◇ルクスside◇
「ご主人様、少々よろしいでしょうか!」
フェリシアーナ様と別れて、屋敷に戻ってから少しした頃。
僕の部屋のドアをノックして、シアナがそう言って来たため、僕はいつも通り入っても良いよと伝えると、シアナは部屋に入ってきた。
「シアナ、何か用────」
「ご主人様!」
何か用事があるのかな、と思ってその内容を聞こうとした時……シアナはそう叫ぶと、突然僕のことを抱きしめてきた。
「シ、シアナ?何かあったの?」
「いえ……ただ、ご主人様のことを抱きしめさせていただきたい気持ちで、いっぱいになってしまったのです」
「そう、なら良かったよ」
特に何か悲しいことがあったわけで無いことを知れて安堵すると、僕はその後少しの間シアナに抱きしめられ続けた。
そして、少ししてからシアナは僕から離れる。
「もう大丈夫?」
「はい!ありがとうございます!」
シアナは嬉しそうに口角を上げてそう言った。
そして、続けて言う。
「そういえば、ご主人様は本日、第三王女フェリシアーナ様と初めて街でお過ごしになられたということだったと思いますが、いかがでしたか?」
「すごく楽しかったよ!景色の良いレストランに連れて行ってくださったんだけど、それ以上にフェリシアーナ様はやっぱり落ち着きとか風格がある人で、とても優しくて、話していて楽しくて、綺麗で────シアナ?顔が赤くなってるけど、どうかしたの?」
「っ!?い、いえ!どうも致しません!」
「そ、そう?」
「はい!」
どうしてシアナの顔が赤くなっていたのかはわからなかったけど、体調不良という感じでは無かったため、僕はひとまずそのことは気にしないことにして、今日あったことをシアナに話して、しばらくの間シアナと二人で時間を過ごした。
◇バイオレットside◇
屋敷に帰ったらシアナの部屋で待機をするよう命じられていたバイオレットは、大人しく待機をしていた。
すると、しばらく時間が経ってからシアナが部屋に入ってくると────すぐにバイオレットとの距離を縮めてきて言った。
「バイオレット!今日ルクスくんと過ごしている時、ルクスくんがずっとシアナの傍に居続けると言っていたのを聞いていたかしら!?」
「はい、聞いておりました」
「そうよね!?わかっていたことだけれど、やっぱり幻聴じゃ無いわよね!?はぁ、あのルクスくんの時々見せる真剣な表情、本当にかっこいいわ……フェリシアーナとしてルクスくんのことを突然抱きしめてしまうわけにもいかないから、今ルクスくんと話して来た時にシアナとして抱きしめたのだけれど、それも嫌な顔一つしないどころか、何かあったのかと心配すらしてくれて……」
続けて、シアナは頬を赤く染めながら嬉しそうにして言う。
「それにしても、やっぱりルクスくんに正面から褒められるというのは何度されても照れてしまうものね!それも、ルクスくんは私のことをフェリシアーナ本人だとは知らないから、直接的に私が魅力的だと言ってくれるのよ!」
そこから、いつもであればさらに延々と似たような話が続くところ────だが、シアナは、続けて表情を少し落ち着けて言った。
「けれど、問題はやはりフローレンスね……お互いにルクスくんに婚約したいと宣言し合った以上、ここからはいかにルクスくんに自らのことを魅力的だと思ってもらえるかと、私がルクスくんのことを愛しているかどうかを伝えられるか、そして何よりも────お父様に認めさせられるかどうかよ……もちろん、それらのことにはあなたにも協力してもらうけれど、良いわよね?」
「はい……全ては、お嬢様の仰せの通りに」
バイオレットは、そう言って頭を下げる。
「良い返事ね……じゃあ、早速計画の話を────といきたいところだけれど……さっきのルクスくんがかっこよくて、とても今はそんな気分にはなれないわ!バイオレット!もう少しだけ私とルクスくんの話を聞いてくれるかしら!」
「……承知しました」
少し真面目な話を挟んだところで、いつも通りのシアナが顔を覗かせると、バイオレットは静かにそう頷いてそれから少しの間シアナの惚気話を聞き続けた。
────改めて、これほどまでにお嬢様のことを夢中にさせてしまうとは、ルクス様は本当にすごいお方ですね……もっとも、ルクス様に夢中になってしまっているのは、私も同様ですが。
そう心の中で呟いたバイオレットは、自らがシアナと同じ男性を好きになっていることに対して少し複雑な思いはありながらも、たった一人の想い人である男性がシアナと同じだということを、どこか嬉しく感じていた。
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