第182話 恋愛

◇フローレンスside◇

「では、ルクス様……私が先にお風呂場の方にてお待ちさせていただくので、私が声を掛けるまでの間、こちらでお待ちいただいてもよろしいでしょうか?」

「わ、わかりました!」


 緊張している様子のルクスに、お風呂場前で待つように伝えると、フローレンスは微笑んで脱衣所の中に入り、そのドアを閉めた。

 そして、今着ている貴族学校の制服のボタンを外しながら呟く。


「第三王女様と比べれば、ルクス様と裸のお付き合いをすることが出遅れてしまいましたが……第三王女様は、あくまでもシアナさんとしてルクス様と共にお風呂に入ったに過ぎません」


 だが、フローレンスはそうではない。

 紛うこと無く、公爵家のフローリア・フローレンスとして、ルクスとお風呂に入る……そのことは、偽った姿でルクスとお風呂に入ったフェリシアーナよりもはるかに意味のあるものだと、フローレンスは考える。


「ルクス様のような身も心も綺麗な方に対して、自らを偽って接するなど言語道断……やはり、そのようなことが許されて良いはずがありません」


 フェリシアーナのことを思い浮かべながらそう呟くと、フローレンスは貴族学校の制服の上着を脱ぐと、続けてさらにその下にあるボタン付きの服のボタンに手を付け始める。

 すると、一度フェリシアーナのことは忘れることにして、今度は目の前のことに意識を向け始めた。


「ルクス様とお風呂……ですか」


 今まで、フローレンスとルクスは、何度か互いのことを異性として意識するようなことはあった……が、ここまで直接的に互いを異性として意識するような出来事は他に無かった。


「ルクス様と共にお風呂に入ること……それはとても幸せなことですが、少し緊張してしまいますね……ふふっ」


 そう呟きながらも、フローレンスは頬を赤く染めて小さく笑う。

 そして、服を脱ぐ手を止めて続けて口を開いて言う。


「私が一人の男性に心を奪われ、その方のことだけでこれほどまでに頭が埋め尽くされてしまうなど、きっとルクス様と出会う前の私にお伝えしても、おそらく信じないでしょう」


 今でこそ、ルクスという男性を見つけ恋愛というものに夢中なフローレンスだったが、ルクスと出会うまでは恋愛というものには無縁な人生を送っていた。

 とはいえ、フローレンス公爵家という公爵家の中でも名が大きく、さらにはそのフローレンス公爵家の中でも歴代最高峰の才覚を持つと言われ、さらには美貌まで誇っているフローリア・フローレンスには、もちろん縁談の話は無数に来ていた。

 だが、それらの人物たちは、皆が一様に権力や財力などを求めているものたちばかりで、フローレンスの願う綺麗な心を持つ人物は一人も居なかった。

 そして、それは自らに縁談を持ち掛けてきている貴族以外も同じで、そんな貴族たちに諦めすら抱いていた────そんな時に。


「私は、あなたと出会うことができたのです……」


 ルクスを思い浮かべて、嬉しそうに微笑んで言った。

 そんなフローレンスにとって、ルクスがどれほど大切な存在であるのかは、もはや言うまでも無い。

 フローレンスは、改めて自らがルクスに抱いている想いを深く自覚すると、タオルを体に巻いて、ルクスに脱衣所を使っても良いよう伝えてからお風呂場へと入って、ルクスが入ってくるその時を、静かに鼓動を高鳴らせながら待つことにした。



◇ルクスside◇

 フローレンスさんに脱衣所に入っても良いという旨を伝えられた僕は、ゆっくりドアを開けるとその中に入った。

 ……初めて入ったロッドエル伯爵家以外の脱衣所に少し新鮮な気持ちを抱きながらも、服を脱いで腰にタオルを巻くと、僕はお風呂場の前に立った。


「……」


 今までシアナやバイオレットさん、エリナさんとお風呂に入った時はその相手が入ってくるのを待つ側だったけど、いざこうして僕の方から入るってなるとそれはそれでとても緊張する……けど────いつまでもこうしているわけにはいかないため、僕は思い切ってそのドアを開けてお風呂場の中へ入った。

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