第177話 友好関係

 手を差し伸べたフローレンスの手を見て、バイオレットはどこか懐かしむように言う。


「昔、お嬢様もそのように私へ手を差し伸べてくださったことがあり、私はその手を取りました……ですので、残念ですがそのフローレンス様の手を取ることは私にはできません」

「……そうですか」


 小さな声でそう呟き、手を引こうとしたフローレンス……だったが────


「ですが、別の形であれば、手を交わすこともできるかもしれません」


 その言葉を聞いて、フローレンスは手を引くのをやめた。

 すると、バイオレットが続けて言う。


「その話は、取引のお願いということにも繋がってくるお話なのですが……フローレンス様、よろしければ今後は私と友好関係を築いてくださりませんか?」

「バイオレット様と、友好関係を……?」

「はい、もちろんですが、取引をすると決めた時の条件通り、そのことがフローレンス様の感情に反するものとなるのでしたらお断りください」

「……」


 ルクスのために手を血で染めることをやめて欲しいとは思っていたものの、バイオレットと友好関係を築くというのは頭に無かった。

 が……いざ、今実際にこうして友好的な関係を築きたいと言われて、それに対して嫌な感情が生まれたかと言われればそうではない。

 むしろ────心のどこかで、そのことを嬉しいと感じた。


「わかりました……ですが、もし今後バイオレット様が、第三王女様と共にルクス様のためとその手を血で染めようとした時は、容赦無く敵対させていただきます」


 友好関係を築くからと言って、その全てを許すわけではないと自らの強い意志を伝える。

 それに対して、バイオレットは頷く。


「それで構いません……では今後は、そういった非常事態を除き、私と友好関係を深めて行きましょう」


 そう言うと、バイオレットがフローレンスの差し出している手を握ったことによって、二人は握手を交わした。

 ────私の予想していた過程とは違う握手の仕方ですが……これはこれで良いでしょう。

 やがて、二人は互いに手を離すと、バイオレットが口を開いて言う。


「本日のところは、このぐらいで去らせて頂こうと思いますが、一つだけ……以前フローレンス様はこの取引のお話をした際、私にお願いすることについて『元より、バイオレット様の職務に影響を及ばすようなお願いをするつもりはありませんでしたので』と仰っていましたが、そうであるなら、もしフローレンス様がご勝利なされた際には、私にどのような願いを言うつもりだったのかお聞きしてもよろしいですか?」


 先ほどの会話の流れから考えれば、バイオレットにその手をルクスのために血で染めることをやめて欲しいというのが願いのように思えるが、それではフェリシアーナの侍女であるバイオレットの職務に影響しないという条件に反している。

 であれば、一体フローレンスは自らにどんな願いを伝えるつもりだったのかと疑問に思ったバイオレットがそう聞いてくると、フローレンスが言った。


「大したことではありませんが……以前、ルクス様がバイオレット様の淹れた紅茶が美味しいと仰られておりましたので、紅茶の淹れ方を教わろうと考えておりました」

「……なるほど────そういうことでしたら、また今度お会いするときは紅茶の淹れ方を教えて差し上げます」


 その言葉に驚いたフローレンスは、目を見開いて聞く。


「っ、良いのですか?」

「はい、友好関係を築くと宣言した以上、そのぐらいのことでしたら取引など無くとも協力させていただきます」

「ありがとうございます、バイオレット様」


 バイオレットの優しさに小さく微笑んでお礼を伝えると、バイオレットは「では、今夜はこれにて失礼致します」と言うとこの場から姿を消した。

 色々と思うところはありながらも、今後、ルクスにより美味しいと思ってもらえる紅茶を淹れられるかもしれないことや、バイオレットと友好関係を築き始められたことが、フローレンスは嬉しかった。

 そして、ルクスのことを想像して小さく微笑んで呟く。


「ルクス様……私は、とても綺麗なお心を持つあなたの隣に立つに相応しい女性になれるよう、これからもより精進して参ります……」



◇ルクスside◇

 フローレンスさんとフェリシアーナ様……そのお二人のどちらと婚約するかについて考えていた僕だけど────思考が同じところをぐるぐると回り続けるばかりで、その答えは出そうに無かった。


「……とりあえず、今日は休んでまた明日以降に考えよう」


 ということで、今日はいつもより少し早い時間に眠ることにした。

 ────フローレンスさんとフェリシアーナ様、そのお二人のどちらからの婚約のお話を受ければいいのかでとても悩んでいた……けど、これからさらに婚約のお話をいただくことになるとは、この時の僕にはまだ知る由も無かった。

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