第176話 別の道

◇バイオレットside◇

 ルクスがロッドエル伯爵家の屋敷に帰ると同時に、貴族学校に居るルクスの周辺を常に警戒しているバイオレットも屋敷に戻ると、すぐにシアナの自室へ入った。


「ただいま戻りました」

「あら、おかえりなさい、バイオレット」

「早速ですが、一つご報告とお嬢様にお願いしたきことがあります」


 バイオレットがそう伝えると、読書をしていたシアナは、その本を閉じて一度読書を中断する。

 そして、バイオレットと向き合って言った。


「なら、先に報告の方から聞くわ」

「承知しました、ではご報告の方からさせていただきますが……本日、新たにルクス様に近付く女性が現れました」

「っ!?またあなたやフローレンス、エリザリーナ姉様のように、ルクスくんのことを好きだという女が現れたと言うの!?」


 そう驚くシアナの言葉を聞いたバイオレットは、どう答えれば良いのか少し言葉を選びながら言う。


「いえ……恋愛感情の有無についてはわかりませんが、少なくとも現段階では純粋な応援者だと認識して良いかと思われます」

「応援者……?……その女の名前は?」

「剣術大会準決勝第一試合でフローレンス様と剣を交えていた、ノーラ・アシュエル様という公爵家の方です」


 バイオレットがそう伝えると、シアナは思い出すような口調で言う。


「アシュエル……それなりに良い動きをしていたわね」

「はい、どうにもフローレンス様に対抗心を燃やしておられるようです……今の所あまり驚異ではありませんが、念のためにお伝えしておきました」

「えぇ、良い判断だわ……アシュエルの件は一度置いておくとして、あなたのお願いというのは一体何かしら?」

「今から一時間ほど、私に自由をいただきたいのです」


 そんなバイオレットの言葉を聞いたシアナは、どこか気の抜けた様子で言う。


「お願いと言うから、またルクスくんと過ごしたいと言い出すのかと思ったけれど、そんなことで良いの?」

「はい、ロッドエル様と過ごす時間は……以前の剣の練習と、共にお風呂に入ったことで満足しました」


 少しだけ口角を上げて満足そうに言うバイオレットに、シアナはどこか複雑な心境になっている様子で言った。


「そう、なら一時間でも二時間でも、今日は自由にするといいわ」

「ありがとうございます」


 そう感謝を伝えると、バイオレットは瞬時にシアナの部屋から去って、今日の目的地である、ある場所へと向かった。



◇フローレンスside◇

 貴族学校からフローレンス公爵家に帰ったフローレンスが、花に囲まれた庭で自らの淹れた紅茶を飲んでいると、女性の使用人が話しかけてきた。


「フローリア様、バイオレットと名乗る黒のフードを被った人物が、用があると尋ねて来ておりますが、いかがなさいましょうか」


 ────バイオレット様……あの件の話、でしょうか。


「私が出迎えさせていただきます」

「かしこまりました」


 フローレンスがそう言うと、使用人は元の位置へと戻って行く。

 そして、フローレンスは屋敷の門を開けると、そこに居たバイオレットと向かい合って言った。


「ご足労いただき感謝致します、本来であれば私から赴かねばならぬ身であることは理解していますが、バイオレット様の元へ赴く術がありませんでしたので、そちらから来ていただくのを待って居ました……取引の件、ですね」


 エキシビションマッチで、もしフローレンスがレザミリアーナに勝利すれば、バイオレットに願いを聞いてもらい、逆に負ければバイオレットの願いをフローレンスの感情に反しない範囲で聞くという取引。

 結果、フローレンスはレザミリアーナとの勝負に負けたため、バイオレットの願いを聞かねばならない。


「その通りです……私の職務上、フローレンス様が私の元へ赴く術がないのはわかっておりましたので、その点はお気に病まれないでください」

「ありがとうございます……では、このような場所で立ち話もなんですから、どうぞこちらへ」


 そう言うと、フローレンスはバイオレットのことをつい先ほどまで居た庭へと案内して、テーブルを挟み対面になるように座った。

 そして、使用人に目を配ると、使用人は新たなティーカップ二つとティーポット一つ、茶葉を目の前のテーブルの上に置いて、元の場所へ戻って行く。


「本日はバイオレット様が客人ですので、私が淹れさせていただきますね」

「フローレンス様の淹れた紅茶を飲ませていただけるとは……是非、堪能させていただこうと思います」


 穏やかな口調のフローレンスに対して、バイオレットは落ち着いている声音だが、その雰囲気はどこか嬉しそうだった。

 フローレンスは、そんなバイオレットの目の前で、慣れた手つきで二つのティーカップに紅茶を注ぐと、そのうちの一つをバイオレットに差し出した。


「いただいても?」

「もちろんです」

「では、失礼致します」


 綺麗な姿勢でそのティーカップを持つと、バイオレットはその紅茶の香りを楽しむように香ってからゆっくりと口を付ける。

 そして、一口飲み終えると、そのティーカップをテーブルの上に置いて言った。


「流石フローレンス様です、とても美味しく、紅茶の味をよく引き出しておられると思います」

「ありがとうございます」


 バイオレットの方が紅茶の点では美味しい、とルクスが言っていたことを加味して考えると、嫌味のように聞こえてしまうかもしれないが、バイオレットが純粋にフローレンスの紅茶を淹れる腕を褒めていることが、フローレンスには伝わってきた。

 その後、紅茶が好きな二人は、少しの間思わず紅茶について話し合った。

 そして、フローレンスが言う。


「────これほどまでに楽しく紅茶について話し合える方が居るとは、驚きました……バイオレット様は、本当に紅茶がお好きなのですね」

「私も同じことを思っておりました」

「……私は、第三王女様のことは好ましく思って居ませんが、バイオレット様のことはそうは思っておりません」


 もしかしたら初めて、自らと同等の知識と熱量を持って紅茶について深く話し合える相手を前にして、フローレンスはそう伝える。


「お嬢様に仕える者として素直に喜んで良いのかはわかりませんが、光栄です」


 その言葉に対して、間を空けずに言う。


「ですが────だからこそ、残念でなりません……あなたのような方が、第三王女様と共に、間違った理由でその手を血で染めてしまっていることが」

「……」


 それに対し何も答えなかったバイオレットだが、フローレンスは続けて自らの思いを、バイオレットの方を真っ直ぐ見て続けて口を開いて優しい声色で言う。


「第三王女様と違い、良心の残っているあなたであれば遅くはありません……バイオレット様、今からでも、ルクス様のためにその手を血で染めるなどという考えは改め、別の道でルクス様のことを守って行く道を私と歩みましょう」


 そう伝えると、フローレンスはバイオレットに手を差し伸べた。

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