第175話 生涯

「────最後に、剣術大会にて延期となっていた第三回王族交流会が近々行われる予定ですので、そのことを頭に入れておいてください、以上です」


 先生がそう言うと、放課後となったためクラスメイトたちは席を立ち始めた。

 そして、それは僕とフローレンスさんも同じで、席から立ち上がると教室から出て二人で廊下を歩き始めた。

 すると、僕は小さく呟く。


「王族交流会……もう三回目ですけど、やっぱり王族の方がいらっしゃるとなると緊張しますね」

「そうかもしれませんね」


 僕に賛同してくれているけど、フローレンスさんの声色や微笑んでいる表情からは、全く緊張の色が窺えない。

 そして、フローレンスさんは続けて言う。


「第三王女様に続けて第二王女様が王族交流会にいらっしゃったので、順当に考えれば次にいらっしゃるのは第一王女様ということになりますが、第一王女様はこういった催し事にご参加なされることはほとんど無いため、どうなるかはわかりませんね」

「そうですね……」


 実際、あれだけの剣術を会得できている鍛錬だけでも大変そうなのに、それに加えて第一王女様としての職務や立場まであるとなると……想像するだけで、本当に大変そうだ。


「実際、僕も剣術大会の時に初めてレザミリアーナ様を見たんですけど、改めてあの方が凛々しい方だと言われる所以がその言動や雰囲気からわかりました……フローレンスさんはエキシビションマッチで実際に相対していて、僕よりも近くでレザミリアーナ様のことを見ていたと思いますけど、どういった印象でしたか?」

「印象、ですか……強者であることは言うまでもなく、綺麗で大人びた凛々しい顔立ちや、剣を心から好いている方、といったところでしょうか」

「剣を、心から……」


 でも、確かにそのぐらい剣が好きじゃないと、あんなにすごい剣技を会得なんてできるはずがないか……好きなものをあそこまで突き詰められるなんて、やっぱりフェリシアーナ様とエリザリーナ様のお姉さんというだけあって、レザミリアーナ様も本当にすごい人だ。


「顔に関しては、遠目だったので僕はハッキリとは見えてなかったんですけど、やっぱり雰囲気通り綺麗な顔立ちの人なんですね……フェリシアーナ様もエリザリーナ様も綺麗な方なので、雰囲気と合わせてなんとなく想像できるような気がします」

「……」


 僕がそう言うと、フローレンスさんは沈黙した。

 別に返事が必要な発言をしたわけじゃ無いから、ただ自然と生まれた会話の間ということも考えられるけど……僕もフローレンスさんと接し始めてからかなり時間が経っているため、この間が自然と生まれたもので無いことはわかる。


「……フローレンスさん?どうかしましたか?」

「いえ、特に……ですが」

「ですが……?」

「────ルクス様が私以外の女性のことを綺麗だと仰っていることに、少し複雑な心境になっただけです」


 そう言って僕から顔を逸らしたフローレンスさんのことを見て、僕はとても焦燥感に焦がれる。

 ど、ど、どうしよう!

 確かに、僕に婚約の話までしてくれているフローレンスさんの前で他の女性のことを褒めてしまうなんて、あまり良く無いことだ!

 でも、だからってフェリシアーナ様やエリザリーナ様のことを綺麗じゃないと言い直すのは、僕の本心に嘘を吐いていることになってしまうし……そ、そうだ!


「フローレンスさんのことも、僕は本当に綺麗な方だと思ってます!」

「……本当ですか?」

「も、もちろんです!フローレンスさんは本当に綺麗な方で、優しくて、賢くて、剣も上手で……本当に、僕なんかに婚約の話をしていただくには勿体無いほど魅力的な女性だと思っています!」

「っ……!」


 僕がそう伝えると、フローレンスさんは小さく声を上げた。

 すると、逸らしていた顔を僕の方に向けると、フローレンスさんはいつの間にか頬の赤く染まった顔で言った。


「ありがとうございます、ルクス様……が、一つ訂正なされてください」


 そう言うと、続けてフローレンスさんは優しい笑顔で言った。


「私が婚約したいと思える男性はルクス様だけですので、私がルクス様には勿体無いなどということはございません……私が生涯愛する男性は、ルクス・ロッドエル様ただ一人だけです……そのことを、どうかご留意ください」

「っ……!?は……は、はい!!」


 突然フローレンスさんから言われたとても大きな言葉に驚いてしまったけど、婚約の話をいただいている以上、僕もそのつもりでフローレンスさんと向き合わないといけないため、そう返事をした。

 その後、僕たちはどこか温かい雰囲気のまま馬車の前まで到着すると、それぞれ馬車に乗って家へと帰って行った。

 フローレンスさんとの婚約の話とフェリシアーナ様との婚約の話……このお二人との婚約の話に、そろそろ答えを出さないと……

 馬車に乗っている間、僕はそんなことを考えていた。

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