第167話 シアナとエリナ

「はぁ?私がせっかくルクスと過ごせる貴重な時間を捨てて王城に帰ったりするわけないでしょ?ていうか!今日の剣術大会で久しぶりにルクスのことを見られるっていうのに私ほど興奮してなかったのは、ルクスに会いに行ってるどころかメイドとして毎日ルクスと同じ屋根の下で生活してたからってこと!?」

「えぇ、そうよ」


 激情するエリザリーナに対し、シアナが落ち着いてそう答える。

 すると、その答えを聞いてさらに激情を高めたエリザリーナが言った。


「それって、私は毎日毎日ルクスと会えなくて悶々としてたのに、フェリシアーナはそうじゃ無かったってこと!?ずるいんだけど!!」

「ずるく無いわ、私の方がルクスくんのことをずっと先に好きだったもの」

「でも、私の方がルクスのこと好きだから!!」


 自らの方がルクスと長い時間を過ごせていることに優越感のようなものを感じていたシアナだったが、そのエリザリーナの言葉に感情を反応させる。


「面白い冗談ね、私の方がルクスくんのことを好きに決まっているじゃない」


 そんなシアナの言葉を聞いて、エリザリーナは嘲るような口調で言う。


「好きって、大方フェリシアーナがこのロッドエル伯爵家の屋敷に来たのって、半年までは行かないけど王城で見ることが少なくなった四、五ヶ月前ぐらいからでしょ?確かに信頼関係はある感じだったけど、男女の仲って雰囲気じゃ無いよね?ルクスのことを大好きな私だったら、一ヶ月一緒の屋根の下で生活してたら絶対にアタックして今のフェリシアーナよりもルクスとの関係は進んでると思うよ?」


 もし自分がシアナと同じ立場なら、数ヶ月などかからず一ヶ月でルクスともっと深い関係になれていると主張するエリザリーナ。


「まるで私がルクスくんのことをそこまで好きじゃ無いからアタックしていないというような話だけれど、エリザリーナ様の話は、一般的に男女が同じ屋根の下で生活しているという前提の話でしょう?王族という身で伯爵家のルクスくんと同じ屋根の下で生活するためには特殊な方法であることが前提条件で、それが私の場合はメイド……ルクスくんがたった一ヶ月でメイドに、というかそもそもメイドに手を出したりすると思うのかしら?」


 エリザリーナの言葉をまとめつつ、しっかりと反論するシアナ。


「手を出すかどうかはともかく、とにかく私が言いたいのは私の方がルクスのことを好きだってこと!」

「私の方が好きよ」

「じゃあルクスとどんなことまでしたいと思ってるか言ってみてよ」


 エリザリーナにそう言われたシアナは、咄嗟にルクスとどんなことまでしたいかを考える……そして、脳内でそれを想像したところで、少し頬を赤く染めて言う。


「そんなこと、わざわざ言うはずがないでしょう?」

「へぇ、言えない程度にしかしたいと思ってないんだ?でも、私はハッキリと言えるぐらいしたいと思ってるから言ってあげる……私がルクスとしたいと思ってるのは────」

「え?僕としたいことですか?」


 長い間戻って来ない二人の様子を見に来たのか、二人の居る庭の端までやって来たルクスがエリザリーナの言葉の一部が聞こえたのかそう聞き返した。

 すると────


「ル、ル、ルクス!?」


 エリザリーナは、頬を赤く染めるととても驚いた声を上げる。

 ────いつも飄々としているエリザリーナ姉様がここまで驚いているところなんて、もしかしたら初めて見たかもしれないわね。

 シアナがそんなことを思っている間にも、ルクスはエリザリーナに近付いて聞く。


「エリナさん、僕と何かしたいと思ってくれてるんですか?」

「え?えっと……うん!」


 エリザリーナは、そういった話をしている最中にルクス本人が不意に現れたことに少し動揺している様子だったが、頷いた。

 すると、ルクスは嬉しそうな表情で言う。


「だったら教えてください!エリナさんが僕としたいと思ってくれてることなら、僕どんなことでもします!」

「どんなことでも!?わかった……でも、その代わり言った後でやっぱりしないとか無しだからね?」

「はい!約束します!」

「じゃあ────」


 静観していたシアナだったが、ルクスの純粋さに加えてエリザリーナの話術まで重なれば、本当に流れで……ということになりかねないため、エリザリーナの言葉を遮るようにして言った。


「ご主人様!そろそろお料理ができている頃だと思いますので、あまり長く待たせてしまってはお料理が冷めてしまうかもしれません!」

「っ……!そ、そうだった!すみませんエリナさん、ご飯が終わってからでも良いですか?」

「う、うん!いいよ!」


 それから、ルクスを先頭としてシアナとエリザリーナはその後ろを歩く。

 すると、エリザリーナが小さな声でシアナに言った。


「やってくれたね、フェリシアーナ」

「私はただ、料理が冷めたらいけないと思っただけよ」

「……そっちがその気なら、私だってちょっと本気出してあげる」

「できるものならやってみなさい」


 シアナにそう言われたエリザリーナは、口角を上げた。

 ────この後で、シアナは思い知ることになる……この国で一番人間観察力や心理誘導、話術に優れているのは誰なのか……そして何より、今まで男性に興味の無かったエリザリーナが、本気でルクスのことを好きなのだということを。

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