第165話 エキシビションマッチ
◇フローレンスside◇
────エキシビションマッチ開始直前。
フローレンスとレザミリアーナは、闘技場中央で向かい合っていた。
綺麗な赤髪に、綺麗で大人びた凛々しい顔立ちに加え、その立ち振る舞いや雰囲気からも、フローレンスはレザミリアーナが強者であることを強く感じていた。
そして、もう一つ感じていることもあった。
「こうして直接お会いするのは初めて……だと思っていましたが、こうして向き合ってみると、第一王女様の気配にはどこか覚えがあります」
「流石だな、フローレンス……君のその感覚の正体も、剣を交えれば明らかになるだろう」
レザミリアーナがそう言うと、フェリシアーナが二人に剣を構えるように言ったため、二人はそれぞれ剣を構える。
────この戦いに勝利すれば私はバイオレット様に願いを聞いていただくことができ、そうなれば最終的には私がルクス様のことを喜ばせて差し上げることができるようになるのです……ですから、この戦いに負けるわけにはいきません。
「始め!」
フェリシアーナが開始の合図を出すと、フローレンスは地を蹴ってレザミリアーナに近づいたが、レザミリアーナは一歩も動かない。
────どういったつもりかは知りませんが、動かぬのであればこのまま好きに振るわせていただきましょう。
そう心の中で発したフローレンスがレザミリアーナに剣を振り下ろすと、レザミリアーナはそれを刀で受け止める。
「っ……!この剣は……」
その瞬間、フローレンスの脳裏にはあることが過ぎり一度レザミリアーナから距離を取って言う。
「なるほど……貴族学校にご来訪なされた、兜を被った稽古相手の方が第一王女様だったのですね」
覚えのある気配の理由に答えを出したフローレンスがそう言うと、レザミリアーナは口角をあげて言う。
「一合で気付くとは、流石だなフローレンス」
あえてあの時と同様に受けに回ってフローレンスにそのことを思い出させたレザミリアーナだったが、たった一度剣を交えただけでそのことを思い出すとは思っていなかったのか、フローレンスのことを賞賛した。
「ですが、でしたらどうしてあの時はわざわざ第一王女様ご本人が貴族学校へ?何か特別な理由でもあったのですか?」
「知識欲、探究心、どちらも人を統べる者には必須な素養だが、今この場で必要なのは剣で語ることのみだ」
「……それもそうですね」
フローレンスは改めて剣を構え直す。
「では、私もここから改めて全力で戦わせてもらおう」
そして、今度は二人ともが同時に地を蹴ると距離を縮め、剣を交える。
「っ……!」
今度は受けではなく、剣を振るってくるレザミリアーナと一度剣を交えたフローレンスは、その剣の重さに驚く。
────この剣は……幾度と無く振られてきた今までの重みが、この一振りに全て乗っているような……流石はあの第三王女様の姉君……ですが。
フローレンスはその重たい剣をそのまま受け流すと、続けてルクスを破った大きな要因である高速な突きの攻撃を行う。
「これがロッドエルから勝利を奪った細剣の能力を全て活用した剣技か……なるほど、王族席から見るよりもずっと速いな」
そう言いながらも、レザミリアーナは平然とそれらの突きを全て捌く。
「っ……」
「だが、君の突きには一定のリズムがある……リズムがあるということは、予測できるということだ」
予測ができてしまえば、どれだけ速さがあったとしてもそれは想定内で終わってしまうため、全てを捌くことができる。
であれば、パターンを変えれば────とフローレンスが考えそれを実行に移した直後、レザミリアーナが言った。
「私の発言を聞いた器用な君は、リズムを変えればいいと考えただろう……だが────リズムを変える一瞬には隙が生まれる」
そう言ったレザミリアーナは、強くフローレンスの剣を弾いた。
が、咄嗟に剣を弾かれると気付いたフローレンスは剣を力強く握り、どうにか剣が遠くに吹き飛ぶことは防いだがその衝撃によって軽く後ろへ押し出された。
「今ので終わりだと思ったが、反射的にそれを防いだのか……だが」
レザミリアーナがその隙を見逃すはずもなく、フローレンスに距離を縮めてくると重たい剣を連撃として放ってくる。
フローレンスは受けに回るが、その重たい剣を相手にどれだけの時間こうしていられるかはわからない。
こんな時でも、フローレンスが考えるのはルクスのことだ。
────命を奪わずにあなたという大切な存在を守ると誓った私が、剣という力において他者に惨敗してしまうなど……そんなことになれば、第三王女様の仰られたように、私の言葉が理想論だということになってしまうでは無いですか。
だが、フローレンスはルクスの願いに沿った自らのルクスを守る方法を理想論だと片付けたくない。
────それを示すためにも、第一王女様には必ず勝たせていただきます。
心の中で強くそう言い放ったフローレンスは、レザミリアーナの剣を一か八か細剣の柄の部分で受け止めた。
「っ……!私の剣を柄で受け止めるだと……?」
フローレンスが後ろに下がってレザミリアーナの攻撃を回避しなかったのは、レザミリアーナの剣を見極めこうして柄の部分で受け止めるため。
そして、柄の部分で受け止めることができれば、相手の剣の動きを封じると同時に自らの剣はそのまま柄を握ったまま振ることができる。
「いただきました、第一王女様……!」
勝利を確信したフローレンスが、レザミリアーナの首元に剣を突きつけようとした────その時。
「見事だ、フローレンス……もしかすれば、君には我が妹と同じく私を超える才覚があるのかもしれない────だが、まだ私が負けるわけにはいかないな」
その言葉にフローレンスが目を見開くと同時に、レザミリアーナは封じられた剣の刃────の部分でなく、フローレンスと同様に柄の部分でその突きをピンポイントに止めた。
相手の剣の動きを見切られるほどに見ているのはフローレンスだけでなく、レザミリアーナも同じ。
「っ……!」
フローレンスはそこからどうにか攻めに転じようとしたが、その頃にはレザミリアーナは柄を半回転させてフローレンスの首元に剣を突きつけていた。
「────そこまで!勝者、第一王女レザミリアーナ様!」
フェリシアーナがそう言った直後────文字通り世界最高峰の剣技を見て、言葉を失っていた観客たちが、一斉に歓声を上げた。
「すげえええええ!」
「柄で止めるとか人間技じゃねえだろ!!」
「どっちもすごかったぞ〜!!」
そんな声が聞こえてくると同時に、レザミリアーナは剣を素早く鞘に納めた。
「……」
フローレンスも、剣をゆっくりと鞘へ納める。
すると、レザミリアーナがフローレンスに向けて言った。
「今回は、私が君の剣技を先に何度か見ているという有利な点があったから、君も敗北してしまったことは不本意だろうが、エキシビションマッチは最後までこの剣術大会を盛り上げてくれた観客たちへの礼のようなものだからこの場では許してもらいたい……次に戦うときはお互いの剣技を知っている状態で剣を交えることになるだろう、その時こそ公平な────」
「お気遣いいただき感謝致します、が……私は不本意などとは考えていません、私の剣が第一王女様に劣っていたというだけのことです────が、いつしか必ず、第一王女様に勝利させていただきます」
そのフローレンスの言葉を聞いたレザミリアーナは、小さく口角を上げて言った。
「どうやら、君には余計なお世話だったようだな……もし今後私と剣を交えたい時は王城に来るといい、君のことであればいつでも歓迎しよう」
それだけ言い残すと、レザミリアーナはフローレンスに背を向けて闘技場の中央を後にした。
その背中を見届けたフローレンスも席に戻ると、隣の席のルクスが言う。
「フローレンスさん!さっきの剣技凄かったですね!勝敗とか関係無く、フローレンスさんの剣はやっぱり本当にすごいと思います!!」
「……ありがとうございます、ルクス様」
とても明るく元気にそう言ってくれるルクスに対し、フローレンスは微笑んで感謝を伝えた。
「……」
その後、レザミリアーナによって剣術大会の閉会が宣言されると、観客や剣士たちを含めて次々に闘技場から去って行き、他には誰も居なくなった闘技場の廊下で、フローレンスとルクスは隣を歩いていた。
……その途中で、ルクスが足を止める。
「……フローレンスさん」
「はい、なんですか?」
名前を呼ばれたフローレンスもルクスと同様に足を止めてルクスと向き合うと、ルクスが言った。
「その……気のせいだったら良いんですけど、少し無理してませんか?エキシビションマッチが終わってから、少し様子がおかしいというか……」
「無理などしていませんよ?私は……」
────私はただ、命を奪わずともあなたのことをお守りできるということを証明できず、無様にも第一王女様に敗れてしまったことが……
「ただ、悔しかっただけで……」
涙を流してそう呟いたフローレンスのことを見たルクスは、距離を縮めるとフローレンスのことを抱きしめた。
「ルクス様……」
ルクスは何を声を掛けなかったが、その抱きしめるという行為だけでルクスの優しさがフローレンスの全身に伝わってくる。
「ルクス様……!」
そして、フローレンスは抑えきれないといった様子でルクスのことを抱きしめ返すと、その思いを吐露した。
「本当は、勝ちたかったのです……今まで研鑽を重ね、ルクス様と練習を重ねてきた私の剣で、第一王女様に……そして、私の願いが、理想などではないと……」
最後の方は涙声となっていてルクスには上手く聞き取れなかったと思われるが、ルクスは涙を流して思いを吐露したフローレンスに一言だけ伝えた。
「僕は……フローレンスさんの剣が大好きです」
「っ……!ルクス様、ルクス様……!」
その後、二人はしばらくの間、他には誰も居ない廊下で抱きしめ合い続けた。
────いつか……いつか、必ず私があなたのことをお守りすることができるのだと、示してみせます……ルクス様……愛しています……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます