第142話 不意

「はぁ、はぁ……」

「ルクス様、お水をどうぞ」

「あ、ありがとうございます!」


 剣術の授業の最中、フローレンスさんと一緒に剣の練習をしていると、剣を振り続けて疲れている僕にお水を渡してくれた。

 そして、僕がそのお水をありがたく飲ませてもらっていると、フローレンスさんが言った。


「ルクス様、本日ルクス様のお家であるロッドエル伯爵家に伺いたいと思うのですが、ご都合はいかがでしょうか?」

「大丈夫だと思います!何か用事があるんですか?」


 僕がそう聞くと、フローレンスさんは優しく微笑みながら答えた。


「はい、少しシアナさんとお話したいことがありまして」

「っ……!」


 剣術の練習をしている時は体を動かしているからどうにか昨日の夜のことを忘れることができたけど、シアナの名前が出てきた瞬間に僕は昨日の夜のことを思い出して少し動揺してしまった……だけど、フローレンスさんがシアナと会いたいと言ってくれているのであれば僕にそれを拒む理由は無いため、動揺しながらも頷いて言う。


「わ、わかりました、それなら今日は僕が帰る時に一緒に馬車に乗って二人でロッドエル伯爵家の屋敷に向かいましょう」

「……ありがとうございます」


 そう話が決定すると、今度は僕が受けの練習でフローレンスが攻め側の練習を行うこととなり、僕たちはそのまま剣術の授業の時間が終わるまでの間剣の練習をし続けた。



◇フローレンスside◇

 本日の貴族学校での授業が全て終了し、放課後がやって来たため、約束通りフローレンスはルクスと一緒に馬車に乗ってロッドエル伯爵家へと向かっていた。

 フローレンスが、貴族学校帰りにルクスと二人で馬車という空間に居ることにどこか新鮮さと楽しさを感じながらもルクスと楽しく今日の剣の練習についての話をしていると、時間はあっという間に過ぎて馬車はロッドエル伯爵家へと到着した。

 そして、二人で一緒に屋敷の中に入ると────


「お帰りなさいませ、ご主────人様とフローレンス、様」


 当然フローレンスが少しだけ驚いている様子のシアナを見ながら、フローレンスはよりシアナへの怒りを強めていた。

 ────毎日のようにメイドとして自らの姿を偽り、ルクス様のことをこのようにして出迎えていたとは……そして、それらの日常の積み重ねを利用して、ルクス様の身と心を……許し難きことです。

 フローレンスがそう思っていると、ルクスが突然フローレンスがやって来たことに驚いている様子のシアナに言った。


「ごめんねシアナ、事前に何も言っていなかったのに突然フローレンスさんのことを家に招いてしまって……フローレンスさんは、どうやら今日シアナに用事があるみたいなんだ」

「え?私に、ですか?」


 ルクスがそう聞き返すシアナの言葉に頷いて返すと、今度はフローレンスがシアナに向けて言う。


「はい、シアナさん、もし今からお時間があれば二人でお話をしませんか?」

「……わかりました、ではご主人様、私は少々フローレンス様とお話をさせていただいてまいります」

「うん、話が終わったらフローレンスさんのことを見送りたいから僕の部屋に来て教えてね」

「わかりました!」

「フローレンスさんも、シアナのことをよろしくお願いします!」

「はい、わかりました」


 シアナとフローレンスがそれぞれとはに対してそう返事をすると、ルクスはシアナとフローレンスが仲良くしていると思い込んでいるため、とても嬉しそうな表情でこの場を後にした。

 すると、フローレンスはルクスに向けていた穏やかな微笑みを無くし、シアナに向けて言った。


「室内だと好ましいのですが、どこか良い部屋はありますでしょうか?」

「えぇ、あるわよ……ついて来てくれるかしら」

「はい」


 シアナも、目の前にフローレンスしか居なくなったことで第三王女フェリシアーナとして振る舞うと、フローレンスのことをある一室の前まで連れてきた。


「ここは?」

「私の部屋よ、心配しなくても罠なんて仕掛けていないから安心していいわよ」

「……そうですか」


 そして、二人は一緒にシアナの自室へ入ると、シアナはフローレンスに聞く。


「それで、私に話というのは────」


 が、シアナの部屋のドアが閉まった瞬間、フローレンスは瞬時にシアナの首元に細剣を添えると、確実に不意を突いた状況で声音に抑揚をつけながら聞いた。


「昨日の夜、第三王女様がルクス様にしたことを全て正直に話してください────場合によっては、ルクス様に変わり私があなたを裁かせていただきます」

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