第141話 侵犯
シアナと一緒にお風呂に入った翌日。
シアナはいつも通り僕のことを馬車の前まで見送りに来てくれていた……そして、申し訳無さそうな表情で僕に頭を下げて言う。
「ご主人様、昨日は私の軽率な行動によってご主人様のことを困らせてしまい、申し訳ございませんでした」
シアナに昨日の話を持ち出されたことで昨日シアナと一緒にお風呂に入ったことや、直後に意識を失ってしまったからそこまで鮮明に覚えているわけじゃ無いけど、それでもシアナに直接肌を触れ合わせて抱きしめられた衝撃などを思い出して、少し動揺しながらもシアナに言う。
「っ、い、いいよ、謝らなくて、その後でちゃんと僕のことを冷やしてくれたりして適切な処置をしてくれたし、何より……シアナに抱きしめられて意識を失うなんて、どう考えても僕が情けないだけだから、シアナは気にしなくても良いよ」
僕がそう伝えると、シアナは頭を上げて慌てた様子で言う。
「ご、ご主人様は情けなくなどありません!昨日のことも、私とお風呂に入っているということを真剣に捉えてくださっていた結果起きたことです!」
「ありがとう、シアナ……そう言ってくれるシアナのためにも、近々ある剣術大会では必ず良いところを見せるよ」
「っ!ご主人様のご活躍、とても楽しみにしております!」
「うん、じゃあ行ってくるね」
「はい!行ってらっしゃいませ、ご主人様!」
再度シアナが僕に頭を下げてそう言ってくれると、僕は目の前にある馬車に乗って、貴族学校へ向かった。
「……」
シアナもああ言ってくれているし、そのシアナのためにも近々ある剣術大会に集中しないといけないのはわかっている。
「わかってる、けど────」
やっぱり、どうしたってシアナと一緒にお風呂に入ったことなんて一度眠ったぐらいじゃ全然脳裏から離れない……!
相手が従者とは言っても女の子とお風呂に入ったのなんて初めてだったのに、シアナの大人びた体つきが視界に映ったり、体を洗ってもらう時にたくさん触れられて、一緒にお風呂に入った時は肩と肩が触れそうなほど近くになったり、最後には何も間に挟まずに直接肌を触れ合わせる形で────
「っ……!」
僕は、自らの顔が熱を帯びて来たことを理解して、すぐに首を横に振って、どうにか冷静になろうとした────それを貴族学校に到着するまでの間、僕は何度も繰り返した。
◇フローレンスside◇
フローレンスが貴族学校の講義室の席に座っていると、自らの隣の席のルクスが登校してきて、フローレンスの横を通った。
「おはようございます、ルクス様」
その際、フローレンスはいつも通りルクスに挨拶した────が。
「お、おはようございます、フローレンスさん」
ルクスの挨拶はどこかいつもよりも辿々しく、加えてルクスはどこか動きも緊張したような動きで席に座った。
────貴族学校入学して以来、私はずっとルクス様の隣の席ですが……このようなことは初めてですね。
そのことを疑問に思ったフローレンスは、ルクスに聞く。
「ルクス様、何かあられたのですか?」
「え、え!?ど、どうしてですか?」
ルクスの動揺した様子に加えて、ルクスの性格から考えればもし何も無ければ他人を心配させないために何も無いと即座に否定するであろうことから、フローレンスはルクスに何かがあったのだと確信しながらも、それを表情には一切出さずに言う。
「ルクス様の様子がいつもと少し違いましたので、もしや何かがあったのでは無いかと思ったのです」
「そ、それは、その……」
ルクスは、少しだけ顔を赤くしてその答えを言い淀んでいる様子だった。
「ルクス様……?」
ますますルクスの様子を疑問に思ったフローレンスがルクスの名前を呼ぶと、ルクスは口を開いた。
「昨日、その、シアナと……」
「シアナさんと……?シアナさんと何かがあったのですか?」
「……き、昨日の夜────す、すみません!これ以上は恥ずかしいので言えないです!!本当にごめんなさい!!」
そう言うと、ルクスは自らの顔を隠すように机にうつ伏せとなった。
────昨日の夜、お顔の赤いルクス様、恥ずかしい……メイド、第三王女様、手段を選ばない方……
「っ!!」
それらの情報から考えた末に、フローレンスはある答えに辿り着いた。
────第三王女様……あなたはとうとう、その偽りの身で、純真なルクス様の身と心を侵犯し、穢したのですか……もし、そうだとするのであれば。
フローレンスは、自らの細剣の柄の部分を力強く握り、表情を冷たいものへと変化させて心の中で強く言った。
────私は、本当にあなたのことを許すことができません。
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