第140話 お風呂

 僕が感じた違和感をそのまま口にすると、シアナは僕から顔を離して慌てた様子で言った。


「ご、ご主人様の気のせいだと思われますよ!」

「そうだよね……ごめんね、突然顔を近づけて慌てさせちゃって」

「い、いえ!お気になさらないでください!」


 シアナもこう言っていることだし、僕はひとまずこの違和感のことを気のせいとして片付けることにした。

 それから、初めて二人でお風呂に入るということもあってどこか緊張感のある沈黙が流れると、シアナが僕たちの斜め前に手を向けて言った。


「ではご主人様、早速ご主人様のお体を洗わせていただきたく思いますので、あちらへ移動していただいてもよろしいでしょうか?」

「あぁ、うん、ありが────え?」


 僕は、シアナにお礼を言いかけたところでシアナの言葉に疑問を持った。

 僕の体を、洗わせていただきたく……?

 つまり、シアナが僕の体を洗ってくれる────ということだと認識した瞬間、僕は大きな声で言った。


「そ、そういうのは大人の人たちがすることだからダメだよ!」

「そのようなことはありません、確かに私とご主人様の年齢がかけ離れていればあまり良い印象にはならないかもしれませんが、私とご主人様は同い年なのですから……それに、メイドとしてご主人様にお仕えできることがあるのでしたら、それを行いたいのです!」


 女の子に体を洗ってもらうなんて、例え相手が従者のシアナだったとしてもとても恥ずかしい────けど、今まで僕のことを誰よりも近くで支えて来てくれたシアナが相手だからこそ、こういったことができれば、また僕たちの信頼関係というものが、今でもとてもあるけど今まで以上に深くなっていくのかもしれない。

 そう考えた僕がシアナの提案に頷くと、シアナは嬉しそうな表情をして僕のことを体を洗う場所まで連れてきた。

 僕がその場に座ると、シアナは僕の後ろに回った。


「ではご主人様、これよりご主人様のお体を洗わせていただきますね」

「う、うん」


 そう言うと、シアナは石鹸を手に取った……そして、前を向いている僕に向けて僕の後ろに居るシアナがどこか恥ずかしそうな声音で言った。


「ご主人様……私は今手に持っているタオルでご主人様のお体を洗わせていただきますので、その……タオルが無ければ体を隠すものがありませんので、ご主人様がお望みになるのであれば振り向いていただいても構いませんが────」

「ふ、振り向かないよ!僕、一応目閉じてるから、シアナは安心して!!」


 そう言った直後、僕は力強く目を閉じた。


「わ、私は別に嫌と言うわけでは……いえ、そういうことでしたら、遠慮なくご主人様のお体を洗わせていただきます」


 そう言うと、シアナは早速石鹸で泡立てられたタオルによって僕の体を洗い始めてくれた。



◇シアナside◇

 シアナは、一番最初にルクスの背中を優しく丁寧に洗いながら心の中で呟く。

 ────ルクスくんの背中、かっこいいわ……というか、ルクスくんの肌に直接触れられるなんて……普段は可愛いらしいところがたくさんあるルクスくんだけれど、本当にかっこいいのよね……今すぐ抱きしめたいぐらいだけれど、服も何も着ていない状態でルクスくんのことを抱きしめたりするのは、ルクスくんには……というか、ハッキリ言って私だって色々とルクスくんへの愛情を我慢できるかわからなくなってしまうから、それは我慢しないといけないわね。

 そう心の中で呟きながらも、シアナはルクスに聞く。


「ご主人様、お加減はいかがですか?」

「と……とても良いよ!」

「それは良かったです」


 ────緊張しているルクスくんも可愛いわ……あぁ、ルクスくん。

 そんなことを思いながらも、次に右腕、左腕とルクスの体をとても優しく丁寧に洗っていく。

 ────このルクスくんの体の一部一部全てが愛らしいわ……このまま全てを洗ってしまいたいのは山々だけれど、ルクスくんの緊張度合いを考えるともし私が前も洗うと言ったら大変なことになってしまいそうね……引き際は弁えないといけないわ。


「ではご主人様、後ろや腕は一通り洗いましたが、前方はどういたしますか?」

「あ、ありがとう!前は自分で洗うよ!」

「わかりました……では、私もあちらで体を洗って来ますね」

「う、うん!」


 シアナは、このままルクスの体を洗いたい願望、そしてルクスに自らの体を洗って欲しいという願望を全力で抑えてそう言うと、別の場所で体を洗った。



◇ルクスside◇

 僕とシアナがそれぞれ別のところで体を洗い終えると、僕とシアナは二人で一緒にお風呂に浸かっていた。


「疲れがとれますね、ご主人様」

「そ、そうだね、シアナ」


 僕が、タオルとお湯によって体はほとんど隠れているものの、それでも大人の女の人らしさを感じる体つきを隠しきれていないシアナの姿に緊張しながらそう答えると、シアナは少し間を空けてから言った。


「ご主人様の方に、近付いてもよろしいですか?」

「え?えっと……うん、いいよ」

「ありがとうございます」


 僕がそう返事をすると、シアナはあと少しで肩と肩が触れそうなほど僕との距離を縮めてきた。

 それから、二人で静かにお風呂の時間を過ごしていると、僕はシアナに言った。


「お風呂に入ってからずっとこんな感じでごめんね……なんていうか、今まではずっとシアナのことを可愛いくて優しい従者だっていう風に思ってたんだけど……改めて、シアナが女の子なんだってことがわかって、そんなシアナと一緒にお風呂に入ってるって思うとどうしても緊張しちゃって」

「構いませんよ……私も、改めてご主人様が魅力的な男性だと深く認識することができました」

「魅力的……なのかな」


 僕が、思わずそう弱音をこぼしてしまうと、シアナは僕の目を見て真っ直ぐ言ってくれた。


「魅力的です!ご主人様が魅力的で無いわけがありません!」

「シアナはいつも、僕のことをそう言ってくれるね……僕は、そんなシアナのことを────」


 そう言いかけたところで、僕は口を閉ざした。

 僕は、そんな……シアナのことを?

 ……どう思って────そう思考しようとした瞬間、シアナは僕のことを抱きしめてきて言った。


「もちろんです!世界中の全員が否定したとしても、私だけはご主人様のことを敬い、支え続けま────」


 シアナに抱きしめられた瞬間、僕の体には今までに無いほどの衝撃が走った……シアナに抱きしめられたことによって、僕の体とシアナの体が密着、それもシアナは両手を使って僕のことを抱きしめているから、間には何も無く直接シアナの体、主にシアナのとても大きな胸元が僕の体に触れて、その大きさや弾力のようなものを瞬時に感じて────同時に、僕はお風呂に居るというだけでも体温が高いのに、それに続いて先ほどから続いている緊張状態や、シアナに体を洗ってもらったこと、そして今シアナから直接肌を触れ合う形で抱きしめられたことによって、僕の意識はその場で途絶えてしまった。

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