第136話 立場
◇ルクスside◇
「ご主人様、本日もお疲れのようですね……」
貴族学校から帰ってくると、シアナがそう言って僕に冷えたタオルを渡してくれたため、僕はそれを受け取って首元に当てながら返事をした。
「ありがとう、シアナ……うん、最近は剣術大会に向けて剣の練習をしてるからね、疲れるけど楽しいよ」
「それは良かったです……ですが、毎日のようにその調子で練習をしているとご体調を崩しかねません、そろそろ休まれてはいかがですか?」
「ううん、全然大丈夫だよ、確かに体調の変化っていうのは自分では気付くことが難しいけど、僕の練習相手のフローレンスさんが僕のことをよく見てくれてて、適切なタイミングで休憩を挟んでくれたり、これ以上練習を続けたら後日に影響が出そうな時には切り上げてくれたりするんだ」
フローレンスさんは自分で体調管理ができる人だから僕がフローレンスさんの体調に気を遣う必要は無いと言ってくれたけど、僕も何かの形でフローレンスさんの力になりたいな。
改めてフローレンスさんに対して感謝の念と何かを返したいという気持ちが僕の中に湧き上がっていると、目を見開いたシアナが言った。
「ご、ご主人様……ここ最近毎日のように剣の練習をしている相手というのは、フローリア・フローレンスさんお一人、なのですか?」
「うん、そうだよ」
僕がそう言うと、シアナはさらに驚いた様子だったけど、僕は続けて言う。
「フローレンスさんは本当に優しい人で、僕が練習をしたいって言ったらいつでも付き合ってくれるんだ……それに甘えたらいけないっていうのはわかってるんだけど、つい甘えちゃって最近は授業が終わった後とか、学校の時間が終わった後もちょっとだけ練習に付き合ってもらったりしてるんだ……だから最近は少しだけ帰りが遅くなっちゃっててごめんね」
「それは、構いませんが……」
そう言ったシアナだったけど、何故か少し唇を尖らせていた……どうしたんだろう、やっぱり帰りが少し遅くなっちゃってるから、そのことで思うところがあるのかな……僕がそんなことを考えていると、シアナが全く僕の頭の中には無かったことを聞いてきた。
「どうして、ご主人様はフローレンス様とお二人で練習をしているのですか?もう少し人数が居た方が剣術の練習も捗ると思います!」
「あぁ、それは確かに僕も最初は思ったんだけど、そもそも全員が剣術大会に出るってわけじゃないこととか、人によって剣術の練度の違いとかがあって、それを考えるとこのまま気も許せてしっかり練習もし合える僕たち二人だけの方が良いと思うってフローレンスさんが言ってくれて、僕もそれに納得できたから二人で練習してるんだ……実際、フローレンスさんと二人だからこそ楽しく練習できてるって部分もあると思うよ」
「二人……そう、なのですね……すみませんご主人様!少々失礼します!」
そう言うと、シアナは僕の部屋を後にした。
……シアナの様子が少し変だったから、次に顔を合わせた時も様子がおかしかったら、ちゃんと主人としてシアナに話を聞いてみよう。
◇シアナside◇
「あの女……!貴族学校では私が好きに動けないとわかった上で、堂々と二人きりでルクスくんと剣の練習を……!」
シアナの自室に戻ったシアナがそう怒りの声を上げると、シアナの目の前に居る黒のフードの服を着てはいるが、その黒のフードは外しているバイオレットがシアナに聞いた。
「お嬢様にはロッドエル様とフローレンス様が剣術の練習をしているということを一度お伝えしていたはずですが、今更何をそんなにお怒りになられているのですか?」
「まさか練習相手があれからずっとあの女だなんて思っていなかったのよ!フローレンスならルクスくんの剣の練習相手は務まるだろうから問題は無いのかもしれないけれど、それにしたって剣は人によって違うのだから臨機応変に対応するために複数人と練習するのが基本でしょう!?私も、レザミリアーナ姉様だってそうやって練習してきているのだから!!」
「なるほど、それでお怒りになられているのですね」
シアナの心情を理解することができたバイオレットが納得したように小さく頷くと、シアナは言った。
「あ〜!あの女が微笑んでいる表情が脳裏に張り付くわ!きっと私が居ない間ルクスくんと二人で居ることに悦びを覚えているのよ!」
「悦びを覚えているかどうかはわかりませんが、お嬢様には無い同じ学校の学友という立場を利用した、賢い立ち回りだと言えるでしょう」
「あの女のことを褒めてどうするのよ!けれど……あの女が自らの立ち位置を最大限利用してくるというのなら、私だって最大限利用させてもらうことにするわ」
「メイドという立場を利用すればできることは様々でしょうが、一体何をお考えなのですか?」
バイオレットがそう聞くと、シアナは大きな声で言った。
「私は今日────ルクスくんとお風呂に入るわ!!」
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