第122話 手紙
────しばらく言い合いを行っていたシアナとバイオレットだったが、話は平行線になるばかりで一向にどちらが姉らしくどちらが妹らしいのかの結論が出ないため、二人は一度その言い合いを切り上げることにすると、シアナが言った。
「今からルクスくんのことを第三王女フェリシアーナとして豪華客船へ誘いに行くわ」
「……今から、ですか?仮にも第三王女フェリシアーナ様としてロッドエル様に会うのですから、事前に────」
バイオレットがそう言いかけた時、シアナは椅子に座ると机と向き合って筆を取り、手紙に文字を書き記した。
それをみたバイオレットは「なるほど、そういうことですか」と言うと、先ほどの続きを言うのをやめた。
そして、手紙に書くべきことを書き記したシアナは、その手紙を持って椅子から立ち上がるとバイオレットに言う。
「行ってくるわ」
シアナがそう言うと、バイオレットはシアナに向けて頭を下げて言った。
「行ってらっしゃいませ、お嬢様」
その声を後ろに聞きながら、シアナは自室のドアを開けると、廊下に出てルクスの部屋のドア前へ移動するとドアをノックした。
「ご主人様、少しよろしいでしょうか」
シアナがそう言うと、いつも通り部屋の中から「うん、いいよ」というルクスの優しい声が聞こえてきたため、シアナはルクスの部屋へ入ると椅子に座って勉強をしていたルクスに近づいて言う。
「ご主人様、お勉強のお邪魔をしてしまい申し訳ありません」
「ううん、気にしなくていいよ……僕に何か用事かな?」
相変わらず優しい声音、優しい表情でそう言うルクスに対して、シアナは一枚の手紙を見せながら言う。
「ご主人様が貴族学校で学問を学ばれている最中、ロッドエル伯爵家の屋敷にこのような手紙が届いたのです」
そう言うと、シアナは今持っている一枚の手紙をルクスに渡した。
そこに記されているのは────
『ルクスくんへ ルクスくん、少し久しぶりね、元気よく過ごせているかしら 今日こうして手紙を綴らせてもらっているのは、あと約一週間後に行われる豪華客船パーティーにルクスくんのことを誘おうと思ってのことよ 突然こんな誘いをされても困ると思うけれど、引き受けてくれると嬉しいわ フェリシアーナより』
という文章だった。
それを読んだルクスは、驚いたように言った。
「え!?フェ、フェリシアーナ様からのお誘い!?」
「それはとても良いお話ですね!」
主人に届いた手紙を従者が勝手に見てはいけないという鉄則があるため、シアナは今その情報を知ったかのようにそうリアクションすると、ルクスは頷きながらも少し動揺しながら言った。
「うん、もちろん嬉しい話……だけど、ちょっと困ったな」
────困った……?ルクスくんの性格を考えると、豪華客船であることに引け目を感じているのかしら……
そう予測したシアナは、ルクスに向けて言う。
「フェリシアーナ様の方からお誘いいただいているので、場所が豪華客船であるということなどはお気になさらずとも良いと思いますよ!」
ルクスの考えを予測し、そのルクスの考えが変わる方向へ誘導しようとしたシアナだったが、それでもルクスは動揺の色を消さずに言う。
「もちろん、僕なんかが豪華客船に誘っていただけるなんて、それも十分困ったっていうか、恐縮すべきことなんだけど……実は────別の人からも、豪華客船に一緒に行こうって誘われてるんだ」
シアナは、そのルクスの発言に素直に驚愕する。
────ルクスくんのことを、私でない誰かがもう豪華客船パーティーに誘っている……?……豪華客船パーティーに参加、それも元々参加予定の無かったルクスくんのことを誘える人間なんて、限り限られているはずだけれど……
そう考えた直後、シアナの頭には一人の人物の顔が浮かび、ルクスに聞く。
「そうだったのですね、どなたに誘われたのですか?」
シアナがそう聞くと、ルクスはそれに答えた。
「エリナさんっていう人だよ」
「エリナ、さん……その方の容姿の特徴をお教えいただいてもよろしいですか?」
そして、ルクスからエリナと呼ばれた人物の容姿を聞き……シアナは心の中で呟いた。
────ルクスくんと接点の無いはずのエリザリーナ姉様がどうルクスくんに近づいたのか不思議だったけれど、そういうことだったのね。
シアナはエリザリーナに関する情報を掴めたことに対して少し口角を上げて言う。
「教えていただきありがとうございます、ご主人様」
「ううん、シアナも会う事が会ったら話してみてね、明るくて優しい人だからシアナもきっと話しやすいと思うよ」
ルクスは優しい表情でそう言った……ルクスが他の女性を褒めている、それもエリザリーナのことを褒めているのを聞いたシアナは思わず嫉妬してしまいそうになったが、それを抑えて頷く。
すると、ルクスは少し間を空けてから続けて言った。
「……お二人のどちらの誘いに乗るかで少し悩んだけど、フェリシアーナ様には悪いけど先に誘ってもらったエリナさんと一緒に行く方が礼儀も通ってるよね」
「……え?」
────まずいわ……このままだと、エリザリーナ姉様がルクスくんのことを……こうなったら、二人で豪華客船パーティーへ参加するという望みは無くして妥協案を打つべきね。
二兎追うものは一兎も得ず、それなら一兎を逃すことでもう一兎を確実に得に行くことにしたシアナは、ルクスが机の上に置いた手紙を手に取ると、ルクスに見えないところでその手紙の裏に高速で文章を付け加えた……そして、シアナはその手紙の裏をルクスに見せながら言う。
「ご主人様、こちらの手紙の裏面に『もうすでに先約がある場合は、この誘いは忘れてくれて結構よ ただ、豪華客船内で会ったときはまたゆっくりお話ししましょう』と書いてあるようです!」
「え?ほ、本当だ!」
その文面を見たルクスは、そう声を上げると続けて言った。
「良かった……これなら、せっかく僕のことを誘ってくれたフェリシアーナ様の気持ちに悲しい答えを返さなくても良いね……後でちゃんと豪華客船で会った時のことも考えて手紙を返しておかないと」
そう言うと、ルクスは早速手紙を取り出してペンを取った。
────ルクスくん……ルクスくんは本当に、どれだけ……
シアナは、ルクスの優しさに思わずルクスのことを抱きしめたくなってしまい────そのまま、椅子に座っているルクスのことを後ろから抱きしめた。
「シ、シアナ?どうしたの?」
「……ご主人様のことを、抱きしめたくなったのです」
「……そう、それなら、シアナの気が済むまで僕のことを抱きしめて良いからね」
「……ありがとうございます」
その後、シアナの気が済むことは無かったが、しばらく時間が経ったところでシアナは「この続きは、豪華客船の上で第三王女フェリシアーナとして……」と心の中で自らに言い聞かせながらルクスのことを抱きしめる手を離した────その一週間後……いよいよ、豪華客船パーティー当日となった。
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