第118話 一色

◇ルクスside◇

「え!?え?な、なんですか!?」


 今僕の乗っている走行中の馬車のドアが突然開かれたと思ったら、赤のフードを被った人物が僕のことを抱きしめてきたため、僕はとても驚いて僕のことを抱きしめてきた人物に対してそう問いかけた。


「あぁ、ルクスの体にルクスの声にルクスのリアクションだ~」


 すると、その人は僕に対する返答では無く、自分で何かを呟くような形で小さな声を発した……この体格、おそらく女性だ。

 それに、今小さな声で何を言っていたのかは聞こえなかったけど、なんとなく聞こえた声やこの赤のフード────


「もしかして、エリナさん……なんですか?」


 僕がそう聞くと、赤のフードを被った人物はフードを取って言った。


「正解!」


 そして、その言葉通り僕の予想は当たっていたようで、赤のフードを被った人物がフードを取った中からエリナさんの綺麗な顔が出てきた。


「やっぱり……突然だったので驚いてしまいました」

「ごめんね?どうしてもルクスに会いたくなっちゃって」

「そ、そう言っていただけるのは嬉しいんですけど、その……い、一度僕から離れてもらえませんか?」


 僕がそう言うと、エリナさんは僕のことを抱きしめたまま僕と顔を向か言わせて上目遣いで言った。


「ルクスは私に抱きしめられるの、迷惑?」


 迷惑……!?

 色々とどうすればいいのかわからなくて困ったりはするけど、迷惑と言うほどのことではないため、僕はエリナさんのことを傷つけないために首を横に振って言う。


「め、迷惑なんかじゃないので、それは気にしないでください!」


 僕がそう言うと、エリナさんは僕と目を合わせたまま小さく微笑んで言った。


「もう、そこはちゃんと迷惑って言わないと、もし私が本当に悪い女だったら何されちゃうかわからないよ?」


 悪い女の人……?

 よくわからないけど────


「エリナさんが悪い人じゃないことぐらい、僕は今までエリナさんと関わってきた中で十分知っているので、それは大丈夫だと思います」

「っ……!」


 よくわからないなりに、絶対に分かることを伝えると、エリナさんは頬を赤く染めながら大きな声で言った。


「離れてあげようと思ってたのに、抱きしめたくなっちゃうようなこと言わないでよ~!」

「え、え……?」


 僕がその言葉の意味をわからないでいると、それからエリナさんは少しの間だけ僕のことを抱きしめ続け……僕のことを抱きしめるのをやめると、口を開いて言った。


「私、近々豪華客船でピアノ弾く予定あるんだけど、良かったらルクスも私と一緒に豪華客船に行くっていう形で観に来てくれない?」

「……え?ご、豪華客船で、ピアノ!?」

「うん、なんか頼まれちゃって」


 エリナさんは軽くそう言ったけど、僕からしたらとんでもないことだった……豪華客船は、公爵家の人がたくさん居たり、他国の貴族の人なんかも集まる本当にすごい場所で、僕は幼い頃に一度だけしか乗ったことがない。

 そして、何より豪華客船のピアノ弾きを頼まれるエリナさんは、一体どれだけすごい人なんだろう。

 ……それはそれとして。


「誘ってもらえるのは嬉しいんですけど、僕なんかが豪華客船になんて行っても、他のお客さんの迷惑になると思います……」

「ならないよ!そんなことになったら、私がルクスの代わりに怒ってあげるから安心して!!」

「で、でも────」

「私はルクスが観に来てくれるだけでいっぱいやる気出るから!お願い!」


 そう言って、エリナさんは僕の右手を両手で握って来た。

 ……ここまでお願いされたら、断ろうにも断れない。


「わかりました、そういうことならエリナさんの演奏を観に行かせていただきます」

「本当!?やった~!」


 嬉しそうにそう言うと、エリナさんは僕の手から自らの手を離して両手を上げて喜んで見せた……そして、続けて言う。


「私、この後で仕事あるんだけど、ルクスが応援してくれたらそっちの仕事ももっとやる気出ると思うな~」

「もちろん応援します!頑張ってください!」

「っ~!ありがと、ルクス!」


 そう言うと、エリナさんは馬車のドアを開いた。


「エ、エリナさん!?もしかして、このまま飛び降りるつもりですか!?」

「うん、走行中って言っても高さそんなに無いから平気!じゃあね、ルクス……応援してくれて本当にありがと!豪華客船で私がピアノ弾く日とかは手紙で送るから確認してね~!」


 そう言って、エリナさんは馬車から飛び降り────ようとしたけど、僕はエリナさんの手首を掴む。


「っ!ルクス……?」

「万が一にもエリナさんが怪我をしたりしたら大変です、一度馬車を止めてもらうので少し待ってください」

「そんなに心配しなくても大丈夫だよ、私こう見えて結構運動神経とかも良い方────」

「ダメです、僕はエリナさんのことを大事に思っているので、エリナさんに少しでも傷付いて欲しくありません……だから、わかってください」


 僕が真剣にそう伝えると、エリナさんは目を見開いてから馬車から飛び降りようとするのをやめると、頬を赤く染めながら言った。


「ル、ルクスがそこまで言ってくれるなら、そうしよっかな」

「ありがとうございます!すぐ止めてもらうので、少し待ってくださいね」


 そう言うと、僕は今僕たちが乗っている馬車の御者さんに一度だけ止まるように伝えた……そして、エリナさんは馬車から降りると手を振りながら言った。


「じゃあまたね!ルクス」

「はい、また!」


 僕たちがそんなやり取りを交わしてから、馬車は再度進み始めた。

 朝からエリナさんと話すことになったのは衝撃的だったけど、豪華客船……僕は、また楽しみ一つ増えたことに、胸を躍らせていた。



◇エリザリーナside◇

 ルクスを乗せた馬車が見えなくなるまで見送ったエリザリーナは、歩き出しながら先ほどのルクスのことを考えていた。


「何、さっきのあのルクス……普段は優しくて穏やかな感じなのに、私が危ないかもってあんなに真剣になってくれて、私のこと、大事に思ってくれて……」


 エリザリーナは、ルクスに痛みは無いまでもしっかりと掴まれた手首に自らの手を添えながら続けて呟く。


「ルクスって、あんなに手大きいんだ……それはそうだよね、男の子で、剣の鍛錬もちゃんとしてるんだし……さっきの顔、かっこよかった……それに、私の仕事応援してくれたり、あと豪華客船も一緒に行くことになって……え?どうしよう、私……」


 ────ルクス、かっこいい。


「もう、本当に……」


 ────ルクス、優しい。

 ────ルクス、大好き。


「ルクスのことしか……」


 ────ルクス、守ってあげたい。

 ────ルクス、一緒に居たい。

 ────ルクス、婚約したい。


「考えれない……」


 甘い声でそう呟いたエリザリーナは、その後馬車に乗って王城に到着するまでの間、頬を赤く染めてルクスのことを考え続け────その瞬間、エリザリーナの脳内はルクス一色になった。

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