第112話 レミナ
「それでは、僕が実際にパンを食べるところを見せながらパンの食べ方を説明しますね」
「あぁ、頼む」
最初にそう前置きを置いた僕に対して、ワインレッドの髪の女性がそう言ってくれたため、僕はパンを手に持って言った。
「さっきも説明した通りですが、まず小麦でできている部分をこうして手で持ちます」
僕が隣に座っているワインレッドの髪の女性に、実際にパンを持っているところを見せながらそう説明すると、ワインレッドの髪の女性は僕のパンを持っている手を見ながら慣れない様子でパンを手に持った。
「こ、こうか?」
「そうです、そしてこのまま口を近づけて食べます」
そう言うと、僕はそのパンを食べて喉に通した。
「……私も食してみようと思うが、何かおかしなところがあったら遠慮なく教えて欲しい」
「わかりました!」
僕がそう返事をすると、ワインレッドの髪の女性は目の前のパンを見ながら、慣れない手つきで少しずつそのパンに顔を近づけていく。
そして、小さく口を開けるとそのパンの一部を食べた。
「……」
そのパンを喉に通すと、僕の方を向いて言った。
「……これで合っているか?」
不安そうにそう聞いてくるワインレッドの髪の女性に対して、僕はハッキリと答える。
「はい、合ってます!」
「ほ、本当か?」
「本当です!もうこれで、パンの食べ方に悩むことは無いと思いますよ!」
僕がそう伝えると、ワインレッドの髪の女性は少し安堵した様子で言った。
「そうか……ならば良かった」
「せっかくなので、このまま一緒に食べましょう」
「そうさせてもらおう」
それから、二人でパンを半分以上一緒に食べていると、ワインレッドの髪の女性は言った。
「初めて食べたが、パンとは美味しいものだな」
「はい!とっても美味しいです!」
そして、二人でパンを食べ終えると、ワインレッドの髪の女性は言った。
「君には本当に感謝してもし切れない」
「い、いえ!ただパンの食べ方をお教えしただけなので、大したことでは……」
「君にとっては大したことではないのかもしれないが、私からすれば未知の知識が増えたのだ、それに対して感謝をしないなど人道に反する……そうだ、君の名前を聞かせてもらえるか?」
「ルクス・ロッドエルと言います」
「ロッドエルか……覚えておこう」
元々、この人の名前を聞くつもりは無かったけど、僕は僕の名前を聞かれた流れでなんとなく名前を聞いてみることにした。
「あなたのお名前はなんていうんですか?」
僕がそう聞くと、ワインレッドの髪の女性は少し間を空けてから言った。
「レミナと呼んでくれればいい」
「わかりました!」
「……ところで、君はこの国の人間か?」
ワインレッドの髪の女性、レミナさんにそう聞かれた僕は、首を横に振って言う。
「違います、今は少し旅行に来ていて」
「そうか、私も職務でこの国へ来ている身で、明日には本国へ帰らねばならないが……君も旅行中ということは、時間に制限があるのか?」
「はい、僕も明日には帰ることになると思います、けど……今は特に忙しくないので、なんとなく街を見て回っていたんです」
「そうか……君さえよければ、もう少し私に付き合ってくれないか?」
「……え?」
レミナさんからの突然の申し出に、僕が少し困惑していると、レミナさんは少しだけ頬を赤く染めて言った。
「少し恥ずかしいのだが、私は……あまり物を知らなくてな、勉学や職務に関することであればその場で求められる最善の行動を取ることができる自信があるが、反対に今までそれら以外のことをしてこなかったために、それら以外の知識がおそらく平均的な人間と比べて大きく劣っている……そして、実は今から洋服店に行こうと思っているのだが、私は服についての知識も無いのだ……だから、君に少し服選びを協力してほしい」
今まで真面目に取り組むべきことに取り組んできた結果、それ以外の知識が少ない……それを聞いてどう感じるかは人によって違うと思うけど、僕は本当にレミナさんは真面目で、実直な人なんだなと感じた。
そんな人に協力できることがあるなら────
「僕も洋服にそこまで詳しいわけでは無いですが、レミナさんに似合っているかどうかぐらいはお伝えできると思うので、それでも良ければ協力させてください」
「ありがとう、ロッドエル……君は優しいな」
「と、とんでもないです!」
「謙遜することは無い、君のその格好と他国へ旅行に来ているということを合わせて考えると、おそらく君は貴族だろう?」
「はい、そうです」
「貴族で君のような優しさを持っている人間は珍しい……それに」
レミナさんは僕の右手を取ると、その右手のひらを見て言った。
「先ほどパンを食べる際に君の手を見て感じ、今改めて見て確信したが……君はどうやら、剣の鍛錬もしっかりとこなしているようだ」
「見ただけでそんなことがわかるんですか?」
「私は剣術の方もある程度学んでいる……ある一定の段階を超えれば、見ただけでもある程度努力量や純粋な力量などがわかるようになる」
その言葉を聞いて、僕はレミナさんの手に視線を送って思ったことをそのまま口に出して言う。
「そう言われてレミナさんの手を見てみましたけど、綺麗でしなやかな女性の手という印象だけで、とても剣を扱っている人の手とは思えません」
「っ……!」
僕がそう伝えると、レミナさんは僕から顔を逸らしてベンチから立ち上がって言った。
「……私の手を綺麗などと言っている間は、君もまだまだ鍛錬が足りないということだな……少し無駄話をしすぎた、そろそろ洋服店へ向かおう」
「わかりました!」
僕もレミナさんと同様にベンチから立ち上がると、そのままレミナさんと一緒にこの街にあるという洋服店へと向かった。
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