第111話 パン

 ────他国旅行二日目。

 昨日はフローレンスさんやシアナと一緒にこのカティスウェア帝国の大通りを中心に見て回ったけど、僕は今日昼間から一人で、それも大通りではない街の部分を歩いてみることにした。


「シアナとアクセサリー店に行った時は少しトラブルもあったけど、その後は何事も無く楽しく大通りを見て回れて、本当に楽しかったな……」


 昨日のことを思い出して楽しい気分になりながらそんなことを呟くと、僕は昨日までの商売が盛んな大通りから外れて通常の街までやって来た。


「やっぱり、建築物がどれも綺麗ですごい……」


 大通りと比べて人がかなり少ないから、周りの建物の綺麗さがより鮮明に見えて、僕は思わずそう声を漏らした。

 そして、大通りで無いと言ってもお店はいくつかあるみたいだ。


「とても良い香りがする、あのお店からかな」


 僕は、ひとまず良い香りが香って来たお店に入ってみることにした────その店内には、たくさんのパンが並べられている。

 あれはパン屋さんのパンの香りだったんだ。

 それは確かに良い香りにな────


「……」


 僕は、その店内を見渡していると、僕ともう一人だけ居るお客さん────そのお客さんに、思わず目を奪われた。

 艶のある長いワインレッドの髪に、切れ長のある赤い瞳、通った鼻筋、唇の艶。

 信じられないほど整っていて綺麗な顔立ちに加えて体も引き締まっていて、女性としてとても魅力的な人だった。

 そんなにも綺麗なワインレッドの髪の女性は、ある一つのパンのことを鋭い眼光で見つめていた。

 ……とても高そうな服を着てるけど、この国の貴族の人なのかな?雰囲気だけでもとても綺麗で、凛々しい感じの人だ。

 でも、どうしてパンのことを鋭い眼光で見ているんだろう。

 僕がそんなことを考えていると、そのワインレッドの髪の女性は僕の視線に気付いたようで、僕の方に足を進めてきた。

 も、もしかして、少しの間見つめてしまっていたから怒られるのかな?

 僕がそう考えている間に、そのワインレッドの髪の女性は僕の目の前までやって来た────何を言われても、とりあえず一番最初に謝ろう。

 僕がそう思っていると、ワインレッドの髪の女性は言った。


「すまない、少しいいか?」

「ごめんなさ────え?」


 僕は謝りかけたところで、ワインレッドの髪の女性の言葉が僕の予想とは全然違ったことに少し困惑してしまった……けど、すぐに間を空けずに言う。


「はい……どうかしましたか?」

「あぁ……悪いが、私についてきてくれ」


 そう言うと、ワインレッドの髪の女性は元居た場所に戻って行った。

 ……僕はよくわからなかったけど、ひとまず言われた通りついていく。

 すると、そこにあったのはパンに野菜と調味料をサンドしたパンだった。

 そして、それを前にしてワインレッドの髪の女性は言った。


「私はこのパンという食べ物はどう食べれば良いのかわからないのだが、君はわかるか?」

「……え?」


 このパンって……目の前にあるこのパンのことで合ってる、よね。

 僕は、どうしてそんなことを聞かれたのかわからなかったけど、ひとまずそれに答えることにした。


「野菜の部分でなく、小麦でできたパンの部分を手で持って食べるのが通常の食べ方だと思います」

「手で……?ナイフやフォークは使わないのか?」

「パンをナイフやフォークを使って食べることは、ほとんど無いと思います」

「そ……そうか」


 ワインレッドの髪の女性は、僕から視線を逸らしてそう言った。

 きっと、パンを食べたことが無い人なのかな……それでもパンの食べ方を知らない人っていうのはとても珍しいと思うけど、目の前で困っている人が居るのにその人のことを見放すわけにはいかない。


「あの、良ければ僕が実際にパンを食べているところをお見せしましょうか?」


 僕がそう提案すると、ワインレッドの髪の女性は僕に視線を戻して言った。


「良いのか?」

「はい!」

「礼を言おう……その礼と言ってはなんだが、これで君の好きなパンを買ってくるといい」


 そう言うと、ワインレッドの髪の女性は僕の方にお金を差し出してきた────けど、その額はパンを買うために用意する額では無く、高い服を上から下まで一式揃えるときに用意するような額だった。

 僕はそんな額を受け取れないし、そもそもお金を払ってもらおうなんて思っていなかったため、その金額を見て少し動揺しながらも手を横に振りながら言った。


「い、いえいえ!確かにパンは普通の食べ物と比べたら高価なものですけど、それほどのお金が必要な食べ物では無いですし、何より僕はお礼を受け取るためにさっきの提案をしたわけではないので、本当に大丈夫です」

「そういうわけにはいかない、前払いは契約時の鉄則だ、受け取ってくれないか?」

「これは契約とかじゃないですから!とにかく、本当に大丈夫なので!!」

「……そうか」


 ワインレッドの髪の女性は納得がいっていない様子だったけど、ひとまずその大金を懐に納めた。

 そして、僕はワインレッドの髪の女性と一緒にそのパンを購入すると、近くにあった噴水の見えるベンチで一緒にパンを食べることにした。

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