第110話 目
顔を青ざめた太った体型の男性が口を閉ざすと、シアナは変わらず無機質な声で言う。
「良い判断ね、なら早速今から私のする問いに答えてもらうわ……最も、無駄な問答をするつもりは無いから、少しでも命を引き延ばしたいなら嘘偽りなく答えることね」
シアナがそう前置きすると、太った体型の男性は顔を青ざめたまま頷いた。
すると、シアナは続けて言う。
「じゃあ聞かせてもらうけれど、どうして私に話しかけてきたのかしら」
もし自分のことを第三王女フェリシア―ナだと見抜いた上で話しかけてきたのであれば、どうして自らの正体を知っているのか、もしくは正体を知った上で話しかけてきたのだとすれば、それはどんな要件なのかを知っておく必要があるため、自分の正体が見抜かれている可能性はほとんど無いと思いながらもシアナは念のためにそう聞いた。
すると、太った体型の男性が答えた。
「良い女だと思ったからだ」
正体が見抜かれているわけではないとわかったものの、その回答はシアナにとって落胆に値するものだった。
「なぁ、なんでお前みたいなのがあの坊主のメイドなんてしてるんだ?もし雇い先が他に無いってんなら、俺がいくらでも金を────ひっ……!」
シアナはその発言を聞いて、虚ろな目のまま太った体型の男性の首元から剣を離すと、致命傷にはならない別の体の部位へ剣を振り下ろそうとした────が、短剣を抜いたバイオレットが、そのシアナの剣の刃を自らの短剣で受け止めて言った。
「お嬢様、どうか冷静になられてください、その部位では致命傷にはなりませんが、過剰な痛みによるショックで意識を失ってしまう可能性があります……このような方が相手の場合、普段ならそれでも良かったかもしれませんが、今は一刻も早くルクス様の元へ戻らねばらなない状況です……ですから、もしその行為を行うのであれば首元で行ってください」
「……」
バイオレットにそう諭されたシアナは、剣を振り下ろそうとするのをやめてそのまま太った体型の男性の首元に剣を添えて言った。
「次に私の許可なく口を開いたら命を奪うと言ったはずよね?」
その目を見て今すぐに命を奪われると思った太った体型の男性は、少しでも自らの命が奪われない可能性を高めるために口を開いて言う。
「ま、待て!俺は公爵家の人間なんだ、だから、この辺り一帯をある程度は自由にできる……だから、な?俺のことを────」
「そんなくだらない話よりも、あなたにはもう一つだけ聞きたいことがあるのよ」
シアナがそう言うと、太った体型の男性は次のシアナの言葉を待った。
すると、シアナはすぐに言う。
「どうして、あなたは彼のことを殴ったのかしら」
「……あいつが、邪魔だったからだ」
太った体型の男性がそう答えた後、シアナは間を空けずに聞く。
「明らかにあなたよりも武力のある彼があなたに抵抗を示さなかったのに、どうしてそんな人間のことをあなたは一方的に攻撃できるのかしら」
「あぁ……?あいつが俺に攻撃してこなかったのは、俺が公爵の人間だって知ってたからだろ、要は当たり前の自己保身だ」
「……そう、あなたの目には、彼の優しさすら映らないのね」
その問答の果てに、シアナは無感情にそう呟いた。
もはや、そこには落胆や呆れといったものもなく、文字通りの無感情。
次に、シアナはバイオレットへ話しかける。
「ねぇ、バイオレット……もしこの場にあの女が居たら、今から私たちがしようとしていることを止めたかしら?」
あの女────フローレンスならシアナたちのことを止めたのか。
そう聞かれたバイオレットは、頷いて答える。
「止めたと思われます、それはロッドエル様の望まれる形では無い、と」
「ルクスくんの優しさすら目に映らず、優しいルクスくんのことを一方的に攻撃し続ける……そんな人間を生かすことに、なんの意味があるのかしら」
「フローレンス様にとっては、命以前にロッドエル様の望まれる形がロッドエル様のことをお守りするのが最優先なのだと思われます」
「本当に理解できない思考ね……優しいルクスくんの価値観を悪人にまで適用していたら、そもそもルクスくんのことを悪人から守ることすらできないわ、ルクスくんには悪人に対処するという考えなんて無いもの……あの女のやり方だと、絶対にルクスくんを守り切ることはできないわ」
そう言い切ると、シアナは再度太った体型の男性に視線を送った。
「もう結構よ……何か言い残すことはあるかしら」
「い、言い残す……!?ま、待て、そうだな、財産でも土地でも食べ物でも、好きなものを────」
シアナは、命乞いをする太った体型の男性のことを斬り伏せた。
「最後までくだらなかったわね……バイオレット、処理しておきなさい」
「かしこまりました、お嬢様」
他国での処理方法は本国とは少し異なるが、事前にそういったこともあらかじめ決めていたため、バイオレットは全く動揺することなくそう返事をした。
「じゃあ、私はルクスくんのところへ戻るわね」
「はい、お嬢様……私も処理が終わり次第、すぐそちらへ向かいます」
「えぇ」
そう会話をすると、シアナはすぐに路地裏から出てルクスの居るアクセサリー店へ足を進める。
────フローレンス、この世には、ルクスくんの優しさすら目に映らない愚か者も居るのよ……もし、そんな愚か者に対しても慈悲をかけて命を奪わないというのは、ルクスくんのことよりもその愚か者の命を優先しているということ……それは、本当にルクスくんのことを愛していると言えるのかしら……いずれ、あなたとは決着をつけないといけないわね。
シアナは、フローレンスとの決着の予感を感じながらも、すぐに別のことを考えていた。
────はぁ、ルクスくん、なんて優しいのかしら……あんな愚か者にも怒りを覚えず、私のことを庇い店のことまで考えていたなんて……ルクスくん、これからもずっと、私が傍でルクスくんのことを守ってあげるわね。
ルクスのことを考えていると、いつの間にか虚ろな目で無くなっていたシアナは、そのままルクスの居るアクセサリー店へと戻って行った。
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