第105話 謝罪
「……クソッ、あんなガキに振り回されやがって」
そう言って、路地へ入った男性────近くで見ると少し目つきの悪い男性は、路地にあった木箱を蹴った。
────言葉遣い、品性、態度、発言意図、何もかもが私とは合わない方ですね……ルクス様のことをそのように扱っているという時点で怒りが湧いていますが、もう少しだけ様子を見させていただきましょうか。
「運良く貴族に生まれただけの温室育ちのガキに金渡されたぐらいで、手のひら変えて俺のことハブりやがって……どうせ、あいつらはまた商売に失敗するだけだろ」
そんなことをぶつぶつと呟きながら路地の奥にある路地裏へ歩いていった目つきの悪い男性は、何かを思いついたように足を止めて言った。
「そうだ、あのガキにもっと金を貰えるよう頼んでみるか……商売なんてするより、あのガキに噓泣きでもしてみせて金貰う方がよっぽど楽だぜ、今は旅行中だとか言っていたが、旅行が終わった後にでももらえるよう泣きついてみるか」
そう言って、目つきの悪い男性は路地裏に響く高笑いをした。
「隣に上等な女も連れてたな……あいつもあのガキと同じぐらいの年齢なんだろうが、あの女は顔が良くて喋り方も大人びてて、体も良かったな……あのガキみたいな名ばかりの貴族じゃなくて、ああいうのが本物の貴族様ってわけか……あの女口説き落として、あのガキから金だけじゃなくて女も奪って────」
「私に用事があるのでしたら、今この場で伺いますよ」
「ぁっ!?」
フローレンスが後ろから声をかけると、目つきの悪い男性は後ろを振り向いた途端に驚愕のあまり腰を抜かした。
「お、お、お前!あのガキの女!」
「ルクス様の女性、ですか……そう仰っていただけるのは幸福なことではありますが────あなたにはまず、様々なことを悔い改めていただかなくてはなりません」
「あ、あぁ……?」
フローレンスの言葉の意味を理解できていない目つきの悪い男性に、フローレンスは言う。
「あなたは先ほど、ルクス様のお優しきお心を利用してお金を奪おうといった発言をしていましたね」
フローレンスがそう言うと、目つきの悪い男性は立ち上がりながら言う。
「あぁ、聞かれてたのか……言ったが、それがなんだってんだ?」
「あなたにはそれを────」
「やっぱりバカの近くに居るやつはバカなんだな!この距離じゃ剣を抜くのも間に合わねえし、こんな路地裏には人も来ない!女のくせにこんなところで俺と二人になったことを、俺が今からお前に後悔させてやるよ!」
そう言うと、目つきの悪い男性はフローレンスの両肩に掴みかかろうと腕を伸ばした……が、フローレンスは後ろへ体を回転させながらその両腕を蹴ると、綺麗に着地して細剣を抜き、目には見えないほどの速さで目つきの悪い男性の首元に細剣を添えた。
「け、剣……!?い、いつの間に────」
「申し訳ございません、あまりに汚らしい手で触れられそうになってしまいましたので、つい蹴り上げてしまいました……ですが、これは正当防衛というものでしょう」
「おま────」
「私の元へ突進してくる勇気があるのでしたら止めはしませんが……状況をよく理解なされてからその行動を取ることをおすすめいたします」
フローレンスがそう言うと、目つきの悪い男性は首元に添えられている細剣を見て顔を青ざめた……そして、動こうとするのをやめた。
「とても賢い判断です」
そう言った直後────フローレンスは、冷たい笑みを浮かべながら目つきの悪い男性に言う。
「では、早速ですがルクス様に謝罪していただきましょうか……今から、ルクス様を侮辱した発言全てをあなたに謝罪していただきます」
「わ……わかった、ガキ────じゃなくて、ロ、ロッドエルさんのことをガキって呼んだことを謝る、悪かった、これでいいか?」
「よくできました、他にはありませんか?」
「……金を騙し取ろうとしたこと、それに、女……あんたのことを奪おうとしたこと、全部謝る!許してくれ!!」
大きな声でそう言うと、目つきの悪い男性は地面に頭をつけて、フローレンスへ土下座をして見せた。
フローレンスは、それを見て言う。
「わかりました、許しましょう」
フローレンスがそう言った直後、少し間を空けてから目つきの悪い男性は頭を上げて口を開いた。
「あ、ありが────」
「と、ルクス様なら仰っていたでしょう……が、残念ながら、私はそのような三文芝居には全く興味がありません、私はあなたが優しきルクス様のことを利用しようとしたことへの心からの謝罪を望んでいるのです」
「っ……!」
図星を突かれたことを表すように、目つきの悪い男性は表情を歪めた。
「ですので、あなたにはこれからルクス様への謝罪の言葉を一時の間も無く繰り返し述べていただきます」
「い、一時の、間も無く……!?」
「はい……最も、あなたが心よりルクス様へ謝罪の心を抱いたと私が判断すれば、それはもう辞めても構いません……ですがルクス様へ謝罪の心を抱かねば、永遠にこのままです、先ほどもお見せしたように、私は少なくともあなたのお考えでしたら簡単に読み取ることができますので、私に演技などは通じないと考えることです」
それから少し間を空けると────心の底からルクスに謝罪をすればこの状況を脱することができると分かり、目つきの悪い男性は先ほどまでとは全く違う気迫で、再度地面に頭をつけて言った。
「ロッドエルさんの優しさに付け込むようなことを考えてすみませんでした、ロッドエルさんから金を奪おうとしてすみませんでした、ロッドエルさんのことを騙そうとして────」
もはや、再度頭を地面につけてからの謝罪は、最初から心からのルクスへの謝罪だった……それは、この状況を脱するためという考えと、ルクスへの謝罪の心が混同し、手段であったはずのルクスへの謝罪が、本心でそう思い込むようになったからであり────それは、フローレンスの思い通りだった。
それから、目つきの悪い男性は五分間に渡ってルクスへの謝罪の言葉を述べた……五分とは、通常生活していれば何十時間とあるうちの刹那にすぎないが、目つきの悪い男性にはそれが永遠の時間にも感じられた。
「ロッドエルさんのことを貶してしまってすみませ────」
フローレンスは、目つきの悪い男性が完全にルクスへの謝罪の心で染まったことを確認すると、微笑んでいった。
「もう十分です、ありがとうございました」
「っ……!」
そう言われた目つきの悪い男性は、勢いよく頭を上げてフローレンスの顔を見て言う。
「も、もう良いんですか……?」
「もちろんです……そうでした、訂正しておきますが、ルクス様はとても努力なされている方なので、その辺りの誤解も正してください」
「わかりました!ロッドエルさんのことを努力してないなどと勘違いしていて、すみませんでした!」
「結構です、本当でしたらルクス様の努力についても深くお教えして差し上げたいところですが、私はそろそろ行かねばなりません……ですので、こちらの紙にサインなされてください」
そう言うと、フローレンスは一枚の紙を目つきの悪い男性に渡した。
「これは……」
「そこに書いてある文章の通り、今後一切悪いことをしないという誓約書です……先ほどあなたは、あなた方の中う心人物と思われる方が罪に問われてしまうことはやめ、正当な商売で売り上げを上げてルクス様に恩返しなされると言っていたことに賛同の声を上げていましたね、この場でそれを形として記すだけです……ルクス様への恩返しは強要するものではありませんのでそこには書いていませんが、今後一切悪いことをしないということ、これだけは守っていただきます」
「いえ!ロッドエルさんに対し最低なことを考えてしまっていたことをロッドエルさんに直接謝るためにも、俺はロッドエルさんに恩返しをします!!」
そう言ってその誓約書にサインした目つきの悪い男性のことを見て、フローレンスは微笑んだ。
そして、その誓約書を受け取ると、フローレンスは言った。
「では、これからのあなたのご健闘、心より楽しみにしております」
「はい!仲間たちに謝って、ロッドエルさんに恩返しするためにも精一杯頑張ります!!」
そんなやり取りを最後に、フローレンスはその路地裏を後にして、ルクスの元へ戻ることにした。
────第三王女様、ルクス様の優しさという綺麗なものがあれば、手を血で染めることなど不要なのです……やはり、あなたとはいずれ、決着をつけさせていただかなくてはならないようですね。
いずれ来る、フェリシア―ナとの決着……それがいつになるのかはまだわからない……フローレンスはそんな予感を感じながらも、次に別のことを考えていた。
────それにしても、ルクス様は本当にお優しい方です、今日で今まで以上にそのお優しさを感じることができました……ルクス様、あなたのことを、いつまでもお傍で支え続けさせてください。
フローレンスは、ルクスのことを考えながらルクスの元へと戻って行った。
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