第104話 婚約者

◇シアナside◇

 カティスウェア帝国、王城へと向かう王族用の白い馬車に乗っているシアナ、バイオレット、レザミリアーナはその馬車の窓から街並みを見ていた。


「経済の中心と言われているだけあって、この国はとても商業が発展していますね」


 そう声に出したシアナに、レザミリアーナは頷いて言う。


「あぁ、商業に強いということは、その他の面にもそれ相応に強いということだ……最も、この国には我が国には無い問題点もある」

「それは?」

「一言で言えば国の中での内乱だ、貴族同士の争いや、貴族で無くとも商いを懸けた争い、他にも数えればキリが無いほどだ……どの国でも、基本的には往々としてそういったことはあるものだが、この国は経済の中心というだけあって特にそれが激しい」

「我が国も経済がかなり発展している方ですが、そういったことがほとんど起きないのはエリザリーナ姉様のおかげ、ということですね」

「そういうことだ……能力は認めているが、もう少し聞き分けを覚えて欲しいものだ」


 レザミリアーナは、姉としての切実な願いを今この場には居ないエリザリーナへ向けて吐露した。

 そして、続けてシアナの方を向いて言う。


「聞き分けと言えばフェリシア―ナ、少し前に百を超える回数、お父様に伯爵家の男性と婚約したいと言いに行ったそうだな」

「はい」

「百という回数をお父様に断られても尚、生涯を共にしたいと思える男性なのか?」

「はい、今はまだお父様に認めていただけませんが、いずれ必ず私は彼と婚約します」


 力強くそう言い放ったシアナのことを見て、レザミリアーナは少し間を空けてから言った。


「お前にそこまで言わせる男性が現れたとは、少々私も驚いたな……だが、そういった男性を見つけられたというのは、とても良いことなのだろう」

「……レザミリアーナ姉様は、まだ婚約者をお決めになられないんですか?」


 レザミリアーナの年齢は、エリザリーナの二つ上の十九で、次には二十になる。

 いつまでに婚約者を決めないという規定は特に無いものの、王族としてはそろそろ婚約者が居た方が安心と言える。


「私は、少なくともこれから先しばらくは仕事で婚約者を探す余裕などは無い……国内の公爵貴族や他国の王族から婚約の申し出をもらってはいるが、どうも私はそういったことに疎いようでな、生涯を共にすると考えた場合にどの男性を選ぶべきか、など私には全くわからない」


 そんなレザミリアーナの言葉に対し、シアナは頭に浮かんだことをそのまま言葉として返事をした。


「愛し支えたいと思える男性が居れば、その方がレザミリアーナ姉様の生涯を共にするべき男性になると思いますよ」

「愛し支えたい、か……私がそういったことを思うのは、お前たち妹やお父様、お母様、それにもちろん常日頃フェリシア―ナのことを支えてくれているバイオレットや、その他の我ら王族のことを支えてくれている人間、そして我が国の民全てだ……だが、その愛し支えるというのは、おそらくフェリシア―ナの言った意味とは大きく異なるのだろう」


 それから少しの沈黙の後、レザミリアーナは再度馬車の窓から外の見て言った。


「そろそろ王城に到着する、お前たち二人に限りこのようなことはわざわざ言うまでもないことだと思うが、気を引き締めていくように」

「はい」

「承知しました」


 その後、三人を乗せた馬車はカティスウェア帝国の王城へと入っていき、馬車から降りた三人は、王城内へと足を進めて行った。



◇フローレンスside◇

 フローレンスは、人々の行き交う大通りの中を姿勢を低くしてとても速く走る……ルクスという守るべき対象が居ないフローレンスの走る速度は、ルクスと共に財布を盗んだ男性を追いかけた時よりも速いものとなっていた。

 向かう先は、五人の男性が歩いて行った方角。

 たくさんの人が居る大通りで、特定の五人を見つけることや、そもそも追いつくことは通常なら難しい。

 だが、フローレンスの速度と、おそらくその五人は五人で固まって、そして歩いて移動しており、さらに大通りには路地がある以外はある一定のところまで行かないと曲がり角が無いという状況のため、その五人に追いつき、その五人を見つけるのは少なくともフローレンスにとってはそう難しいものでは無い。

 案の定、少し走っているとフローレンスはその五人の男性の背中を見つけることに成功した。

 五人の男性は、立ち止まって話している。


「よし!じゃあお前ら!ロッドエルさんに頂いたこのお金でロッドエルさんに恩返しするためにも、今日から商売始めるぞ!!」


 ルクスの財布を盗んだ男性もとい、おそらくはその五人の内のリーダーと思われる人物がそう声を上げると、他の三人が「おおお!!」という声を上げた────が、一人は声を上げなかった。

 それを不思議に思ったリーダーらしき男性が、その声を上げなかった男性に話しかける。


「おい、どうした?」


 そう聞かれた声を上げなかった男性は言う。


「……なぁ、お前ら本当にあんなガキの言葉に乗せられてそんなにやる気出してんのか?」

「は……?」

「確かに金はもらったけど、あのガキの言ってた通り、これはそこまで多い額じゃない……少なくは無いが、商売で言えばギリギリのラインだろ」

「商売に失敗して最低なことをしちまってた俺たちに、ロッドエルさんが優しい気持ちでくれたチャンスに何言ってんだよ!」

「さんって、あんなの世間も知らないただのガキだろ?服装とかからして貴族なんだろうが、ただ貴族に生まれただけでどうせ努力も何もせずぬくぬく育って来たんだよ」

「お前────」


 手を出しそうになったリーダーらしき男性のことを、他の三人の男性が押さえる。

 すると、少ししてから三人の男性はリーダーらしき男性のことを押さえるのをやめ、リーダーらしき男性は落ち着いた様子で言った。


「わかった……それなら、ロッドエルさんのくれたお金を五分割した内の一割はお前にやるから、お前とはもうこれっきりだ」

「はぁ?お前、本気────」

「早く行け!」


 リーダーらしき男性は、今言い争っていた男性に強引にお金を渡すと、大きな声でそう言った。

 お金を渡された男性は納得が行っていない様子で、その場を去って行くと、一人路地へと入って行った。


「さて……私も少し、あの方にお話を伺うことと致しましょうか」


 そう呟くと、お金を渡され路地へ入って行った男性を追うように、フローレンスもその路地へと入って行った。

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