第102話 再認識

◇フローレンスside◇

 ────ルクス様のお財布を盗むとは……大方、ルクス様の振る舞いから他国旅行者、加えて服装から貴族の人間であることを見抜きルクス様をターゲットに選んだのでしょうが……私が居る限り、ルクス様にそのような非道を行う輩のことを逃がすつもりはありません。

 地の利は相手の男性にあり、相手は人の多いところと少ないところを熟知しているように大通りを進んでいき、そのまま路地の方へ曲がった。

 通常であれば、そんな相手に追いつくことは不可能────だが、フローレンスとルクスは日々剣術の練習などで体力を付けていたので、地の利は無くとも常に背中を追うことができていた。


「はぁ、はぁ、ここまで来れば────」

「人の多さを利用し自らの姿を眩ませようと考えたのでしょうが、それで追う者の姿まで確認できなくなっていれば意味がありません」

「っ……!?」


 フローレンスが、ルクスの財布を盗んだ男性にそう告げると、その男性は驚いた反応を見せた。


「お、お前ら、どうしてここに……!?」

「あなたが僕の財布を盗んだと聞いたので、あなたのことを追いかけてきました」

「……」


 ルクスの財布を盗んだ男性に動揺した様子はあるが、まだ追い込まれているといった表情では無かった。

 ────私たち二人のことを侮っているのか、もしくは何か策があるのか……状況から考えて、おそらく後者でしょうか。

 フローレンスは少し警戒心を高めたが、ルクスは全くそういったことを気にしたつもりは無く続けて言う。


「でも勘違いしないでください、僕はこのことを大きくするようなつもりは無いんです」


 ルクスがそう伝えると、ルクスの財布を盗んだ男性は口角を上げて言った。


「あぁ、お前にそんなことを言われるまでもなく、事を大きくなんてさせねぇよ!出番だお前ら!!」


 ルクスの財布を盗んだ男性がそう大きな声を上げると、路地の影から四人の男が姿を現した……その手には、得物が握られている。

 ────なるほど、これが策ですか……最近は第三王女様やピンクのフードを被った人物などと相対していたので、余計な警戒心を高めてしまったかもしれません。

 フローレンスがそう心の中で呟いていると、その目の前の光景を見たルクスは大きな声で言った。


「ま、待ってください!さっきも言いましたけど、僕は事を大きくするつもりは────」

「ルクス様、今はひとまず彼らの手にしているものを奪う方が良いと思います」


 この状況においても話せばどうにかなると考えているルクスに、フローレンスはそう言った……すると、ルクスは少し間を空けてから納得のいっていない表情で言う。


「……わかりました、でも、傷付けたりはしたくありません」

「はい、ルクス様ならそう言うと思っていましたので、当然傷付けたりは致しません」


 フローレンスがそう言うと同時に、ルクスとフローレンスは剣を抜いた。


「お前ら二人で俺たち五人に勝てるわけねえだろ!!」


 そう言いながら一斉に距離を縮めてきた五人の得物を────ルクスとフローレンスは、それぞれその手から剣で弾くようにして奪った。

 その直後、ルクスは剣を鞘に納めるとその五人に向けて慌てた様子で言う。


「け、怪我はありませんか?」


 もしこの場にルクスしか居なければ、この男性五人は剣を納めたルクスのことを五人で攻撃しようと企てていたかもしれないが、フローレンスはそれを抑止するためにまだ剣を抜いたままだったため、そういった行動を取るものは誰も居なかった。

 ────自分に危害を加えようとしてきた存在のことを即座に心配するとは……ルクス様あなたは本当に、どれだけお優しい方なのでしょうか。

 フローレンスが、もはや自らでも何度目かわからないほどルクスに惚れ直していると、五人の男性の内の一人が言った。


「……あぁ」


 先ほどまでは会話に応じるつもりなどなかったと思われるが、この状況では会話に応じるしかない。

 そう返事が返ってきたルクスは、安堵した表情で言う。


「良かったです……もう一度言いますけど、僕はこのことを大きくするつもりは無いんです、ただ財布を返してもらえればそれ以上は何もする気はありません」

「……」


 どうすべきかと困惑し固まっている五人の男性を見て、フローレンスは言う。


「あなた方は、この地で商売に失敗し、財源を失ってしまった方々なのでしょうか?」

「っ……」


 今のフローレンスの言葉が正解であることを示すように、一人の男性が苦い表情をした。


「なるほど、やはりそうなのですね」

「やはり……?」


 フローレンスの言葉に困惑を覚えた様子のルクスがそう聞くと、フローレンスは応える。


「先ほどお伝えしようと思っていたことなのですが、この国は比較的安全な国であることは間違いありません……ですが、経済国ということもあり、商売に失敗してしまった方々も多く、それらの人たちの数はこのカティスウェア帝国の全国民と比べればとても少ないものですが、一定数そういった財源に困っている方たちも居るのです」

「そうだったんですね……」


 ルクスは悲しそうな表情でそう言うと、五人の男性の方に向けて言った。


「……僕は旅行に来てる身なので全て、というわけにはいきませんが、今後こういったことをしないと約束してくださるのであれば、その財布に入っているお金の半分を皆さんにお渡しします」

「っ……!?」


 そのルクスの言葉に、五人の男性は驚いた表情を見せた……そして、それに驚いていたのは、その五人の男性だけでなく、フローレンスも同様だった。

 ────ルクス様なら有り得る話だとは思いましたが、まさか本当にそれを実行なされるとは……

 フローレンスは、間近でルクスの優しさを見て、ルクスのことを自らが愛し守るべき存在だと再認識しながらも────同時に、危ういとも再認識した。

 ────第三王女様、あなたはこのルクス様の危うさを無くすために、自らの手を血で染めているのでしょうか……例えそうだとしても、私はやはりあなたのやり方に賛同することはできません……私は、ルクス様のお望みになられる形で、ルクス様のことをお守りしてみせます。

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