第99話 冷戦状態

◇ルクスside◇

 僕が自室で勉強をしていると、部屋のドアがノックされ、一つの声が聞こえてきた。


「ご主人様、用事の方が終わり、ただいま戻りました」

「っ!シアナ!」


 僕は、その声が聞けて嬉しくなり、すぐにドアを開けるとそこに居たシアナに向けて言った。


「おかえり、シアナ、夜遅くまでって言ってたからもっと遅くなるかと思ったけど、思ってたより早くて安心したよ」

「余計なご心配をおかけしてしまい、申し訳ありません」

「ううん、余計なんかじゃないよ、僕にとってはそれだけシアナのことが大事だからね」

「ご主人様……!本当にありがとうございます!」


 そう言った後、シアナは少し間を空けてから言った。


「ご主人様、私は今帰った直後でまだ色々なことをしないとなりませんので、一度自室へ戻ってもよろしいでしょうか……?」

「うん、帰ってきたことを教えてくれてありがとう、シアナ」

「そのようなこと、お気になさらないでください!では、失礼します!」


 シアナは、僕に頭を下げると廊下を歩いて自室へと戻って行った。

 シアナが何事も無く帰ってきてくれたことに安堵すると、僕はそろそろ眠る準備をすることにした。



◇シアナside◇

「あぁ〜!ルクスくんが優しくてかっこよくて本当に素敵だわ〜!はぁ、愛してるわ、ルクスくん……この愛を表現するために、またルクスくんとデートに行って、二人で綺麗な夜景を見ながら食事をしたいわ……けれど、シアナとしての状態だとそれができないのが歯痒いわね、あぁ〜!ルクスくん、ルクスくん……!」


 シアナの部屋で、頬を赤く染めて一人そんなことを呟いているシアナのことを見ながら、バイオレットは言った。


「お嬢様は定期的にそういったことをなさらないといけない病を患っているのでしょうか」


 冷静なバイオレットにそう指摘されたシアナは、頬を赤らめるのをやめて一度咳払いをすると、落ち着いた様子で言った。


「し、仕方ないでしょう、本当なら一日中ルクスくんに愛を伝えたいのに、今はまだルクスくんにこの愛を伝えることができないのだから……あなただって、口には出していないだけで心の中では私と似たような感じになっているんじゃ無いかしら?」

「……そのようなことはありません」

「今の間は何かしら」

「なんでもありません」

「目が泳いでいるわよ?」

「……少なくとも、お嬢様ほどではありません」

「なら、少しは私と似たような感じということね」

「……」


 その後少しの間沈黙したバイオレットのことを見て、シアナは一度大きなため息を吐いてから言った。


「こんなふざけた話をしている場合じゃないわ、私は明日早朝からフローレンス公爵家へ赴かないといけないのだから」

「フローレンス様にロッドエル様のことを一時的にお預けするため、ですね」

「本当に気が乗らないわ、三日後までに何か別の案を思いついているといいけれど、ひとまずできるだけ早くフローレンスの都合を確認しておかないといけないことは間違いないわ」

「そうですね」


 仮に、フローレンスが三日後に用事があるとなれば、この案は使えなくなる。

 そのため、できるだけ早くフローレンスにこの話をしに行くのはシアナにとって必須事項だった。

 ────翌日の早朝。

 まだ日の昇っていない時間から起きたシアナは、フェリシアーナとして一人フローレンス公爵家へ向かう馬車へ乗った。

 今回は何か荒事をする予定では無いため、バイオレットはルクスの護衛のために屋敷に残している。

 シアナがフローレンス公爵家へ到着した頃には日も昇り始めていたが、シアナは特にそのことを気にせずにフローレンス公爵家の門の前までやって来た。

 すると、そこに居る門兵二人が驚いた様子で言う。


「だ、第三王女フェリシアーナ様!?」

「きょ、今日来られるとは聞いていませんが、何用でしょうか……?」


 そんな二人の門兵に対し、シアナは第三王女フェリシアーナとして落ち着いている様子で言う。


「少しフローリア・フローレンスに話があるの、門を開けてくれるかしら」

「しょ、少々お待ちいただけないでしょうか、門を開けるには事前に話が届いているかフローレンス公爵家の方々の許可が必要でして……」


 シアナの様子を窺いながらそう聞いてくる門兵に対して、シアナは言った。


「わかったわ、なら話を通してくれるかしら」

「は、はい!」


 そう言うと、門兵の一人が慌ただしくフローレンス公爵家の屋敷の中へ入って行った。

 そして────少しだけ時間が経つと。


「お、お連れしました!」


 という門兵の声とともに、門兵とその人物────フローリア・フローレンスが、シアナの居る門の前に姿を現した。


「ご苦労ね」

「はっ!」


 そう言うと、門兵二人はそれぞれ自らの定位置に戻った。

 そして、普段通り少し微笑んだ表情をしているフローレンスがシアナのことを見て言う。


「門兵の方が慌ただしくやって来て、突然第三王女様から私にお話があるとお聞きした時は耳を疑いましたが、事実だったのですね」

「えぇ、そうよ……あなたと長話をする気はないから、手短に伝えさせてらもうわね」


 そう前置きをすると、シアナは続けて言った。


「単刀直入に言えば、三日後から最低一日、長くても三日の間ルクスくんと二人で私の指定する国へ行って欲しいのよ」

「……あの第三王女様が私とルクス様を二人にすることを許されるのですか?」

「私だってしたくてするわけじゃないわ、けれど、三日後から始まる私の他国交渉を行なっている間、ルクスくんと他国へ行って、その地でもルクスくんの安全を守ってくれる存在が必要なのよ」

「なるほど……詳細は分かりませんが、大体の事情は理解することができました」


 シアナが、そのフローレンスの飲み込みの早さに感心を抱いていると、フローレンスが続けて言った。


「ですが、第三王女様はお優しいですね」

「何がかしら」


 シアナがそう聞くと、フローレンスは先ほどまでよりも少し口角を上げて言った。


「私に、初めてルクス様と他国へ行った女性という記念をくださるとは」

「勘違いしないでくれるかしら、あなたはあくまでもルクスくんの身の安全のためにルクスくんの傍に居るだけよ」

「それは第三王女様の捉え方です、私は存分にルクス様とのお時間を堪能させていただきたいと思っていますよ」


 ────この女……エリザリーナ姉様はエリザリーナ姉様で厄介だけれど、やっぱりこの女はこの女で厄介だわ。


「……」


 少なくとも他国交渉をしている間は、ルクスくんと私は絶対に離れないといけない────けれど。

 シアナは、今ふと思いついたことを、他国へ行く当日に実行することに決めると、フローレンスに言った。


「なら、あなたには私の名前を出さずにルクスくんのことをその他国へ行くよう誘ってもらうわ」

「はい、わかりました」


 その後、シアナはその他国についての情報を手短に話した。


「────こんなところよ、何かわからないところはあったかしら」

「いえ、問題ありません、三日後がとても楽しみになりました」

「……そう、それなら私は失礼するわ」


 微笑んでいるフローレンスに対してそう言い、馬車に乗ろうとフローレンスに背を向けたシアナに対し、フローレンスは言った。


「第三王女様、今の所は冷戦状態となっていますが、第三王女様がお考えを変えられない限り、私たちはいずれまた衝突することになります」

「それは私からも同じ言葉を伝えさせてもらうわ、あなたが意見を変えるまで私たちの対立は続くわよ」

「わかってはいたことですが、まだお考えは変わられていないようですね……私は以前ルクス様とお話しをさせていただいたことで、もはやこの信念に間違いは無いと確信しています……第三王女様はいかがなのですか?これからもルクス様の優しさを裏切り、手を血で染め続けるという考えに、間違いは無いと言い切れるのですか?」


 そう聞いて来たフローレンスに対し、シアナは振り返ってフローレンスと目を合わせながら言った。


「当然よ、優しいルクスくんの血を流さないためなら、私はこれからもルクスくんに害を為そうとする愚か者の血でこの手を染め続けるわ」


 それだけ言い残すと、シアナは馬車の方に視線を戻し、そのまま馬車に乗るとフローレンス公爵家の門の前から去り、ロッドエル伯爵家へ帰った。



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