第98話 選択

 向かい合ってから少しだけ静かな時間が流れると、エリザリーナが言った。


「────で?フェリシアーナは続きする気なの?」

「……」


 続き、それはつまりシアナとエリザリーナの命のやり取りの続き。

 先ほどは、本気でエリザリーナの命を奪うつもりで居たシアナだったが、それは元々レザミリアーナが居ないという前提で建てた計画であったことや、レザミリアーナが介入してきたことで流れが変わり少し落ち着きを取り戻したことによって、そのエリザリーナの問いに少し間を空けてから答えた。


「いいえ、少なくとも今この場で続きをしようとは考えていないわ」

「良かった〜!じゃあ安心だね!」


 そのシアナとエリザリーナの発言により、緊張の張り詰めていた雰囲気は少し緩んだ。

 そして、シアナが先ほどのエリザリーナとレザミリアーナの会話を思い出しながら言う。


「さっきは、エリザリーナ姉様に助けられたわ」

「助けられた……?あ〜!私の悪戯ってことにしてあげたこと?可愛い妹の間違いを庇ってあげるのは姉として当然でしょ?……なんてね、私だってあんな夜遅くに兵士数十人を使って荒事をしようとしてたなんてバレたらレザミリアーナ姉様から怒られるに決まってるし、そもそもフェリシアーナと争ってるなんてバレただけでもレザミリアーナ姉様に怒られちゃうから、それを避けるためにしただけ」

「……だとしても、私も助けられたことには代わりないから、そのことにはお礼を言うわ」


 シアナが素直にそう言うと、エリザリーナは少し間を空けてから言った。


「フェリシアーナにお礼なんて言われるとなんかむず痒いね〜、それにしても!フェリシアーナの婚約したい相手がルクスだったなんて、流石の私も驚いちゃったよ〜」

「私も驚いたわ、エリザリーナ姉様の恋焦がれている相手がルクスくんだったなんてね……エリザリーナ姉様、私はエリザリーナ姉様と争いたいと思っているわけじゃ無いのよ、ルクスくんから手を引いてくれるのであれば、私はエリザリーナ姉様に害を成さないと約束するわ」


 シアナとエリザリーナの性格が合わないのは事実だが、それでも当然、シアナは積極的に実の姉でもありこの国の調停も行っているエリザリーナと争いたいと思っているわけではない。

 だからこそ、争わなくても良い道を提示した……すると、エリザリーナが言う。


「じゃあ私も同じ言葉で返すけど、フェリシアーナもルクスから手を引いてよ、もし手を引いてくれたら、私が将来有望で顔もカッコよくて性格も良いフェリシアーナの婚約相手を私が見つけてあげる!私は少なくとも国内でなら一番顔が効くと思うから、これってフェリシアーナにとっても良い話じゃない?」

「冗談でしょう、ルクスくんに代わる男性なんて居るはずが無いわ」


 シアナが即答すると、そんなシアナの回答を予測していたのか、エリザリーナが言った。


「だよね〜、フェリシアーナがそう思ってるように、私も同じ意見……だから、ルクスから手を引くなんてできないよ」


 そう言った後、続けてエリザリーナはシアナとバイオレットから距離を取って言う。


「まぁ、でもどのみち今日は引き上げるしか無いから、話はまた別の機会にでもしよっか」


 一度話の流れを切ったエリザリーナに合わせて、フェリシアーナもエリザリーナに対して普段通りの対応を行う。


「……そうですね、エリザリーナ姉様」


 そんなシアナのことを見て少し口角を上げた後、エリザリーナは明るい表情で言った。

「うん!じゃあね〜!あ、兵士のみんなももう帰っていいよ〜!」

「はっ!」


 エリザリーナがシアナやバイオレット、部下の兵士たちにそう言って手を振りながらこの王城のエントランスを去ると、次第にエリザリーナの部下たちもこの場を去っていき、気づけば王城のエントランスにはシアナとバイオレットだけが残されていた。

 そして、シアナが言う。


「今回は、少し感情的になってしまったわね」


 エリザリーナが、自分の想い人であるルクスに、自分と同じように惹かれているという事実に、エリザリーナが今後どのような手段でルクスを自分のものにしようとしてくるかわからない。

 それらの事実は、シアナのことを感情的にさせてしまうには十分に過ぎるものだった。


「不覚ながら、私もです」


 バイオレットは、自らの役目を果たせなかったことに少し気分を沈めているようだった。


「色々と反省点の多い計画だったけれど、ともかく今考えないといけないのは三日後の他国干渉で私が他国へ行くまでに、ルクスくんのことをどうエリザリーナ姉様から遠ざけるかよ」

「そうですね」


 次の議題に話を移らせた二人は、一度ロッドエル伯爵家へ向けた馬車に乗ると、バイオレットが口を開いたことで話を再開させた。


「私が本国に残りロッドエル様の身の回りに目を光らせる、というのはいかがでしょうか?」

「ダメね、そんなことはエリザリーナ姉様も簡単に予測できることでしょうから、あなたの主人である私が不在なら、第二王女のエリザリーナ姉様にはいくらでも手の打ちようがあるわ……もっと根本的に遠ざけないといけないのよ」

「根本的に、ですか」

「えぇ……」


 それから少しの沈黙が生まれた。

 シアナは、王族交流会以外では王族でも権力の届きづらい貴族学校でシアナが不在の間だけイベントを開催させエリザリーナの手をルクスに届きにくくするといったことや、シアナ不在の間だけルクスの住居地を変えてもらうといったことなどを思考したが、三日で行うにはどれも難しく、かつ確実性に欠けるものばかりだった。

 そんな沈黙を破り、バイオレットが言った。


「でしたら、ロッドエル様のことを他国交渉へ赴く国へ共に連れて行くというのはいかがですか?」


 確かに、ルクスのことをそもそも他国へ連れて行けば、いくら国内では全てを自由にできるエリザリーナが相手だったとしてもルクスに手を出すことはできない。

 実現できれば最善の策と言える。


「良い案ね、けれど……ルクスくんを他国へ連れて行く手段が無いわ、私と一緒に連れて行くにしても、そうなればレザミリアーナ姉様が不審に思うはずよ……別行動でバイオレットがルクスくんのことを連れて行くにしても同様ね」


 もし後からシアナとバイオレットが別々に他国へ赴いていたとなれば、シアナの侍女であるバイオレットがどうしてシアナと別々に他国へ赴いているのかと不審に思われるだろう。

 シアナがそう言うと、バイオレットが言った。


「私やお嬢様が、ではなく────第三者に任せるのです」

「……第三者?」

「はい、当然、全く信用ならない人物にロッドエル様のことをお預けするわけにはいきません……ですので、ロッドエル様に危害を加える危険性が無く、他国へ赴いてもその状況に合わせて問題に対処できるほど優れた人物というのが最低条件です」

「そんな都合の良い人物────」


 そう言いかけたところで、シアナの脳裏に一人の人物の顔が浮かんだ。

 そして、それと同時に言う。


「あなた、まさか……」

「はい、ルクス様の身の回りでその条件を満たす人物は、ただ一人だと思われます」


 その人物であれば、ルクスに危害を加えることはなく、他国で何かが起きたとしても臨機応変に問題に対処できるだろう。

 だが────


「ルクスくんとあの女のことを二人にするというの!?」

「国に関わる交渉に関する話を一度受けてしまった以上、お嬢様が他国交渉へ赴かなければなら無いのは決定しています……つまり────」

「エリザリーナ姉様かあの女のどちらになら、一時的にだとしてもルクスくんのことを安心して任せられるか、ということね」

「その通りです」


 これは、ルクスに対する独占欲の強いシアナには思い浮かばない案だ。

 そして、シアナの心情的には実行したく無いこと────それでも。


「エリザリーナ姉様にルクスくんのことを好きにされるよりは……」


 そんな考えのもと、シアナはその選択肢について熟考し、その熟考の末にその選択の結果を口に出して言った。


「わかったわ……私が他国交渉をしている間だけ────ルクスくんのことを、フローレンスに任せましょう」

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