第96話 命
◇シアナside◇
────私の命が奪われたら、その瞬間にフェリシアーナとバイオレットの命も奪って……?
シアナは、いつでも命を奪える目の前の存在、エリザリーナから先ほどまででは考えられない言葉が出て、少し動揺した。
「エリザリーナ姉様、自らの命が惜しいからと言ってそのようなエリザリーナ姉様らしくもない発言をするなんて、往生際が悪いんじゃ無いかしら……そんな虚言によって、私の考えが変わるとでも思っているの?」
実の姉、長年近くで見て来たからこそ、先ほどのエリザリーナの言葉が嘘や命乞いの類によるもので無いことはシアナにはわかっている。
だが、その上でエリザリーナの思考を探るためにシアナはそう聞いた────が。
「そう思うなら、バイオレットに私の命を奪うよう命じたら良いんじゃない?そうなった場合、フェリシアーナもバイオレットも命を奪われることになるけどね」
「……」
エリザリーナの部下として練兵され、しっかりと武装された兵士たち数十人。
その数十人を相手に、シアナとバイオレットの二人のみで戦うのは分が悪い。
「エリザリーナ姉様はそれで良いのかしら、その発言は、今までエリザリーナ姉様の行ってきた調停を全て無意味にすることになるわよ」
第二王女と第三王女、それもこの国の王女はそれぞれに役割があり、一人でも欠ければ国への損失は計り知れない。
それが二人同時に居なくなるとなれば尚のこと。
だが、エリザリーナは虚な目で妖しく微笑んで言った。
「今までの調停なんて、どうでもいいよ……私はそう思えるほど、大事な男の子に出会えたから……悔いがあるとしたら、最後にあの子ともう一度話したかったってことぐらいかな」
そんなエリザリーナの言葉を聞いて、シアナは以前エリザリーナが似たようなことを言っていたことを思い出した。
「────私の一生をかけて幸せにしてあげたいと思える男の子に出会えたからね〜!」
────あのエリザリーナ姉様がこの命の境目でも話したいと思うほどに、エリザリーナ姉様にとって魅力的な男性が居るのね……とても想像できないわ。
だが、シアナはそのことを踏まえた上で疑問点が出て来たため、そのことを聞くことにした。
「エリザリーナ姉様にもそれほど大事だと思える存在が現れたのであれば、どうして私の恋愛に関与しないという話を破ったのかしら?」
「あぁ、やっぱり破ったってその話ね……それに関して一つ言うとね、フェリシアーナは勘違いしてるよ」
「……勘違い?」
「うん、その前に一つ聞きたいんだけど、フェリシアーナが婚約したいって思ってる相手は伯爵家のルクス・ロッドエルだよね?」
エリザリーナからルクスの名が出て少し感情を動かしてしまいそうになったが、王族交流会でルクスとエリザリーナが接触していることはもうわかっていたため、すぐに動きそうになった感情を落ち着けて言う。
「そうよ……それがわかっているから、エリザリーナ姉様は私とルクスくんの恋路を邪魔するためにルクスくんに関与したんじゃ無いかしら?」
「ううん、違うよ……私は本当に、フェリシアーナの恋愛に関与するつもりなんて無かった────ただ、本当にどこまでも噛み合わないっていうか、本当運が無いよね」
「運……?何を────」
そこまで言いかけて、シアナはあることに気が付いて言葉を止めた。
────エリザリーナ姉様────魅力的な男性────大事────王族交流会────関与────相手────接触────恋路────運────ルクスくん?
シアナは、今気付いたことに驚きながらも、その正否を確かめるために聞く。
「エリザリーナ姉様も……ルクスくんのことを、好きだと言うの?」
シアナのその問いに対して────エリザリーナは何も言葉を返さず、ただ頷いて見せた。
「っ……!」
そのことに、シアナは愕然とした。
この世界、もっと狭く定義してもこの国には、数えきれないほどの男性が居る。
そんな中で、今まで婚約したいと思う相手の居なかったエリザリーナの好きな相手が、自分と同じルクス────そのことに、シアナは一瞬固まってしまった。
今このようなことをしているのは、エリザリーナが自分の恋愛に関与しないと言って来たのを破ったから……だからこそこうしている────が、つまりそれらは完全な誤解で、ただ……文字通り、二人の好きな相手が重なってしまっただけ。
「……お嬢様、どうなされますか?」
一瞬固まっていたシアナに、バイオレットがそう呼びかけたことによってシアナは一度冷静さを取り戻す。
「……」
エリザリーナが意図的に恋愛に関与しないという言葉を破ったわけでないのなら、もはやこうしている理由は無い────と思いそうになったが、シアナは考えを改めず言う。
「予定通り、エリザリーナ姉様の命はここで奪うわ……エリザリーナ姉様には悪いけれど、私のルクスくんに恋焦がれてしまったのが運の尽きよ」
「へぇ、でも、私の考えも変わらないよ……私の命を奪うなら、フェリシアーナとバイオレットの命も奪うからね」
そう言われたシアナは、一度目を閉じてルクスのことを思い浮かべてから、再度口を開いて言う。
「私は絶対に、ルクスくんの元に行かないといけないのよ……だから、この場で命を奪われるわけにはいかないわね」
「フェリシアーナが引いてくれれば、私もフェリシアーナとバイオレットの命を奪うつもりは無いよ……フェリシアーナとルクスがどんな関係かはわからないけど、ルクスのためを思うならここは命を大事にするべきなんじゃないの?」
「いいえ……ルクスくんのためを思うからこそ、私がルクスくんのことを幸せにしてあげるためにも、ここでエリザリーナ姉様の命を奪わないといけないのよ」
そう言うと、続けてシアナはバイオレットに向けて口を開いて言った。
「バイオレット、エリザリーナ姉様の────」
バイオレットにエリザリーナの命を奪うように命じようとした時、王城のエントランスの入り口側からある一声が響いた。
「エリザリーナ、フェリシアーナ、この場所で一体何をしている」
「っ……!?」
「……」
その声を聞いたシアナは目を大きく見開き、エリザリーナは少し驚いた様子だった。
王城のエントランスを取り囲んでいる兵士が、その声の人物のため道を作ると、その声の人物はエリザリーナとシアナの前へやって来た。
その人物は、艶のある長いワインレッドの髪を靡かせ、切れ長のある赤い瞳に鋭い眼光、通った鼻筋に唇の艶、それらの整った顔立ちからは凛々しさが伝わってきて、その引き締まった体や女性として魅力的なスタイル、ボディラインからは実直さが窺えるようだった。
そんな人物のことを目で捉えたシアナは、小さな声でその人物の名前を呟いた。
「────レザミリアーナ姉様……」
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