第95話 相手

◇エリザリーナside◇

「私に、消えてもらう?」


 そう聞き返しながらも、エリザリーナはフェリシアーナが言葉だけでなく、本当に自分の命を奪うことに対して何の躊躇もしない決断を下したことを肌で感じ取っていた。


「えぇ……実の姉を手にかけないといけないなんて、本当に残念よ」


 どうしてフェリシアーナが様々なマイナス要素を加味しても自らの命を奪う決断を下しているのか、エリザリーナには全く理解することができない。

 フェリシアーナらしくない、全く理論的で無い行動。

 それはつまり、普段は理論的な行動をしているフェリシアーナのことをそうさせてしまうほどに、エリザリーナがフェリシアーナの怒りの琴線に触れてしまったということ。

 が、そもそもエリザリーナにはどうしてフェリシアーナが自分に怒りを抱いているのかも、もはやわからなくなっていた。

 ────さっきまでは、王族交流会でルクスにバイオレットのことを関与させる計画を私が途中で邪魔しちゃったからフェリシアーナは怒ってるんだと思ってたけど……そんなことで私の命を奪うほどの決断なんてできないはず……だとしたら。

 エリザリーナは、自分の命がいつ終わってもおかしくないこの状況でもはや遠慮は必要無いと考えて言った。


「ねぇ、フェリシアーナ……さっき、私が何かを破ったって言ったけど、私の命が無くなるにしても最後にその理由ぐらいは教えてくれないかな?実の姉への供養だと思って」

「供養なんてできないわ、エリザリーナ姉様は、私にとって一番許せないことをしてしまったのよ……恨むなら、度の過ぎた自らの悪戯心を恨みなさい」

「……悪戯?」


 やはり、エリザリーナにはフェリシアーナの言葉の意味がわからない。

 どうやら、フェリシアーナはエリザリーナが悪戯心によって行ったことで怒っているようだが────エリザリーナには思い当たるものが無かった。

 確かにエリザリーナは、子供の頃から王族というにはあまりにも遊び心や悪戯心が旺盛で、フェリシアーナにも悪戯をしてきたことはあった……が、それはあくまでも姉妹の範疇を超えないもので、ましてや最近はルクスに夢中でフェリシアーナに悪戯をした覚えもない。


「ねぇ、その悪戯って何の────」

「第二王女エリザリーナ様、申し訳ありませんが今のあなたは私にとってただの標的です……そして、今までの経験上、標的が命を握られた状況で口を開く時というのは妄言か命乞いだと決まっておりますので、少々静かにしていただけますでしょうか」


 エリザリーナの体を拘束してきているバイオレットは、落ち着いた声音でそう言うと短刀の角度を変えて、本当に一つの動作でエリザリーナの命を確実に奪うことのできるようにした。

 これ以上喋れば命を奪う、という警告と取ることもできる。

 ────そう、今回こんなことになってるのは、あのバイオレットも感情的になってるから。

 フェリシアーナが仮に暴走したとしても、今までならバイオレットという常に冷静に、客観的にフェリシアーナのことを見てそれを抑止する存在が居た。

 だからこそ、今まで────暴走?


「……」


 ────そういえば、ここ最近でフェリシアーナが暴走したことって言えば……確か、婚約したい相手が居るとか言って、お父様に百回以上も婚約のお願いをした時だったっけ……しかも伯爵家の男、もっと他に良い男から婚約の申請も来てるのにどうしてそんなに執着するんだろうって思ってたけど、今だったらその気持ちもわかるかな。

 人を魅了する美貌に国を一つ調停できるほどの能力、頭脳、そしてエリザリーナは相手が不快な気分にならないように完全に相手の感情を誘導して話すことができるため、そんな一緒に過ごしていて楽しいと感じさせられるエリザリーナに婚約の話を持ってくる者は数えきれないほど居る……それでも、今となってはもはやルクスとの婚約以外は考えられない。

 ルクスと婚約したい気持ちはあるが、エリザリーナはフェリシアーナなほど感情によって行動まで暴走することは無い……あくまでもルクスと確実に婚約するためにはどうすれば良いのか、それだけを考えて冷静に動いている。

 ────そう考えると、最後はフェリシアーナに奪われるこの命だけど、私とフェリシアーナも伯爵家の男に恋したっていう点では同じだし、案外似てるところもあったのかな。

 そんなことを心の中で呟いた次の瞬間、エリザリーナの脳裏にある違和感が過った。

 ────伯爵家の、男?

 エリザリーナの思考が加速する。

 ────婚約────百回以上────悪党────男────王族交流会────バイオレット────フェリシアーナ────破った────恋愛────関与────伯爵家────フェリシアーナの婚約したい相手は────ルクス?


「っ……!」


 その名前が頭に浮かんだ時、エリザリーナは今自らの命がフェリシアーナとバイオレットに握られているという今の状況以上に衝撃を受けた。

 そして、同時に思う。

 ────もし今の私の推測が正しければ、私が居なくなった後、フェリシアーナはルクスとと……

 その推測が正しく無い可能性もあるが、万が一にも正しい可能性……その可能性の先にある未来を想像したエリザリーナは、再度虚な目と無機質な声をして言った。


「ねぇ、フェリシアーナ……私が、万が一自分の命が奪われる時のことも想像しないでこの場に来たと思う?」

「……どういうことかしら」


 フェリシアーナは、エリザリーナの雰囲気が変わったことに気づき、少し警戒するような表情でそう言った。

 そして、エリザリーナは言う。


「もし万が一、この場で命のやり取りが行われることになっても、私は勝者と敗者を作ろうと思ってた……どちらかが勝って、どちらかが負ける……そうしてちゃんと勝者を作れば、最悪どっちが居なくなったとしてもこの国はまとまりを保てるから……でも、ちょっと事情が変わったよ」


 エリザリーナの命が奪われることは、きっと今からエリザリーナが何を言おうと変わらないだろう。

 だが────自分の得られなかったルクスとの幸せをフェリシアーナが得る未来、それだけは……絶対に認められなかった。

 だから────


「私の部下には予め伝えてた、だけど実行するかどうかは私の判断を仰ぐように言ってた計画────その通りに、もし私の命が奪われたら、その瞬間にフェリシアーナとバイオレットの命も奪って」


 エリザリーナは、王城のエントランスを取り囲んでいる自らの部下たちにそう伝えた。

 ────全ては、ルクスの幸せのために。

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