第87話 一線
────エリザリーナ姉様と、二人で話した……?王族交流会という場で二人になるためには、私がルクスくんのことを二階に誘ったこと、そして詳細までは知らないけれどバイオレットがルクスくんと二人きりになれるようにしたように、どんな方法にしても意図的に二人になれる状況を作らないと二人にはなれないはずよね。
「……」
シアナは、さらに注意深くこれからのルクスの話に耳を傾けることにして聞いた。
「エリザリーナ様とは、どのようなお話をなされたのですか?」
シアナがルクスにそう問いかけると、ルクスは変わらず優しい口調で続ける。
「そうだね、どんな話って言っても、そんなに大した話はしてないよ……話をして、エリザリーナ様が優しい人だってわかって嬉しかったよ」
────エリザリーナ姉様が、優しい……?
シアナの知っているエリザリーナと言えば、計算し尽くされた話し方や表情、仕草などで自らの思う通りに相手を誘導していく……そして、王族としてはどこか気が緩んでいて、暇があればイタズラをしてきたりする人物だ。
少なくとも、そんな情報しかないエリザリーナのことを、シアナは優しいと感じたことはない。
「……どうしてエリザリーナ様のことを優しいと思われたのですか?」
シアナは、ルクスがエリザリーナの話術によってエリザリーナのことを優しいと認識させられている可能性を考慮してそう聞くと、ルクスは優しい表情で言った。
「発言からとても優しい人だってわかったっていうのもあるけど、何より……一つ一つの言葉に、温かくて優しいものが含まれていたような気がするんだ」
────エリザリーナ姉様、ルクスくんに自分のことを優しいと思わせるように誘導したのね……ルクスくんにそんなことをするなんて、エリザリーナ姉様の妹というのが恥ずかしくなるわね。
ルクスのことを誘導し、優しいと思い込ませるなど、シアナにとっては許し難いこと……だが、エリザリーナは調停のためにも基本的に貴族と接するときは自らの行う調停の都合の良いようにその相手の貴族のことを誘導しなければならない。
そのため、少し気にかかるところはあるにしても職業病だと考えればそれにもなんとか頷くことができる。
そう思っていたのも束の間、シアナは次のルクスの言葉で文字通り衝撃を受けた。
「でも、エリザリーナ様に突然抱きしめられたことは少しだけ驚いたかな、エリザリーナ様にとっては挨拶のようなものなのかもしれないけど、僕は女の人に抱きしめられたりすることはあまり無いから」
あまりの衝撃に、シアナは少しの間言葉を失った。
────エリザリーナ姉様に、抱きしめられた……?
当然、ルクスがこのことで嘘を吐く理由は一つも無いし、そもそもルクスは基本的に嘘を吐いたりはしない。
となれば、エリザリーナがルクスのことを抱きしめたという話は本当ということになる……が。
────エリザリーナ姉様は、ずっと自分に見合う男が居ないからって、ちゃんと一線は踏まえていたはずよ。
話術、表情、仕草などで誘導をすることはあっても、その先のボディタッチを使用することは今まで一度も無かった。
そのことはシアナが、実際にエリザリーナが調停をしているところを見ている時もそうであり、エリザリーナが今までエリザリーナが会ってきた男の中でエリザリーナに見合う男が居ないと言っていたことからも間違いない。
となると、可能性は一つ。
────エリザリーナ姉様は、私の恋愛に関与しないと言っていたけれど、あれは嘘で私にバレないように私のことを探り続け、私の想い人がルクスくんであることを見破ったということだわ。
エリザリーナは、シアナからルクスのことを奪うために、自分のことをルクスに優しいと思わせて、抱きしめることでルクスに自分のことを印象付けさせた。
そう考えると、全ての辻褄が合う。
────今までエリザリーナ姉様がどんなことをしていても基本的には見過ごして来たけれど、私にとって一番許し難い一線をいよいよ超えてきたのね。
そう考え、思わず目を虚にしそうになったシアナだったが────
「シアナ?どうかしたの?」
ルクスに声をかけられたことで、ひとまず今はエリザリーナへの怒りを抑えることにして、内心ではエリザリーナに怒りを抱いていることを隠すようにして言った。
「な、なんでもありません!そうだったんですね!」
その後は、普段通り楽しくルクスと雑談をして過ごすと、ルクスとシアナはそれぞれの自室へ入った。
「────バイオレット」
自室に入ったシアナがすぐにバイオレットの名前を呼ぶと、王族交流会の時のドレス姿からいつも通りの黒のフードに着替え終えていたバイオレットが姿を現した。
「こちらに」
姿を現したバイオレットがそう言うと、シアナは虚な目で言い放った。
「────今日から、エリザリーナ姉様を処罰するために計画を立てるわよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます