第86話 お詫び
────ダンス会場二階に到着すると、フローレンスさんが階段近くで一人立っていた。
僕は、すぐにフローレンスさんの前まで行くと、すぐに大きな声で頭を下げて言う。
「ごめんなさい!フローレンスさん!」
僕がそう言うと、フローレンスさんは優しい声音で言った。
「少々遅れただけのことで、私は気にしたり致しませんよ、どうかお顔をお上げください」
そう言ってくれたフローレンスさんの言葉に甘えさせてもらい、僕は顔を上げる。
フローレンスさんは、本当にとても優しい人だ。
でも、少々ってことは僕が思っているよりも時間が経っていなかったんだろうか。
そう思いこのダンス会場に置いてあるとても豪華な時計に目を通すと────王族交流会開始時間から、四十分ほどが経過していた。
フローレンスさんとあの約束をしたのが、王族交流会が始まってすぐだったから────
「二十分……!?」
僕は、自分が二十分も遅れてしまってい」たことを認識すると、再度フローレンスさんに頭を下げて言った。
「本当にごめんなさい!」
「ですから、私はその程度のこと気にしたりしませんので、ルクス様もお気になさらないでください」
そう言ってくれたフローレンスさんに、僕は頭を上げると同時に言う。
「でも!このままだと僕の気が済みません!何か別の形でお詫びをさせていただけないですか?」
「お詫び、と言われましても、特に思い当たるものは────」
そう言いかけた時、フローレンスさんは一度言葉を止めた。
そして、再度口を開いて言う。
「……お詫び、というものは、どのようなことでも構わないのですか?」
「はい!僕にできることなら、どんなことでも良いです!」
僕がそう言うと、フローレンスさんは言った。
「でしたら────どこかの休日で、よろしければ私と二人きりで街へ出かけませんか?」
「そ……そんなことで良いんですか?」
「はい、私にとってはこれ以上無いほどに望ましいものです」
本当にそんなことがお詫びでも良いのかな、というかフローレンスさんと出かけることは僕にとってお詫びというより楽しみになることだからお詫びとして成立しているのかなと思ってしまうけど、当のフローレンスさんがそれを望んでいると言ってくれているのにそのことを否定するようなことはできない。
「わかりました、フローレンスさんがそれが良いと言ってくださるならそれをお詫びにします」
「ありがとうございます」
フローレンスさんは、優しく微笑んでくれると、ルクス様は一階の方を見ながら言った。
「見てください、ルクス様……この場には交流を楽しむ方や食事を楽しむ方、そして音楽を楽しむ方から踊りを楽しむ方が居ます」
僕は、そんなフローレンスさんと同じように一階の方に目を向ける。
「そうですね……楽しい感じの雰囲気で、とても好きです」
「私もそう思います、ルクス様にはこういった明るい雰囲気がとてもお似合いです……そして、そういった場で楽しまれているルクス様のことを、私はこの先ずっと見ていきたいと考えています」
「……ずっと、ですか?」
「はい……今はまだ実現していませんが、ルクス様の婚約者として────そして、ルクス様の妻として」
「つ、妻……!?」
フローレンスさんからそんな単語が出てきた僕は、思わず後退りしながらそう大きな声を出すと、フローレンスさんはそんな僕の方に微笑みながら距離を縮めて来て言った。
「はい、私とルクス様が婚約すれば、いずれ私はルクス様の妻に、そしてルクス様は私の夫ということになります」
「そ、それは、そう、ですけど……ぼ、僕、フローレンスさんと婚約なんて、やっぱりできないです!」
「私に不満があれば、どのようなことでも仰ってください」
「フ、フローレンスさんに不満はありません!むしろ、僕の方がまだまだ足りないぐらいですから……それは置いておくとしても、フローレンスさんと婚約したら僕は将来的にフローレンス公爵家を領主として継ぐことになるってことですよね?」
「そうなります」
「伯爵家の領主ですら今必死に勉強してる最中の僕が、公爵家、それもフローレンス公爵家の領主なんて……」
「何を仰られているのですか、ルクス様なら国王────」
そう言いかけた時、フローレンスさんは一度口を閉じた。
そして、少し間を空けてから言った。
「ルクス様なら、フローレンス公爵家の領主など容易に務まると思われますよ」
さっきの間は少し気になったけど、そう言われた僕はすぐに返事をする。
「よ、容易になんて絶対無理です!」
「ふふ、まだ貴族学校に入学してからまだ二ヶ月……ルクス様と婚約する日を待ちきれません」
「フ、フローレンスさん!恥ずかしいですから……!」
……お父さんにこの貴族学校の中で婚約者を探すよう言われたから、いずれは婚約したいと思える人を見つけないといけない。
見つけないといけないのはわかってる、けど……爵位がどうとか、力足らずかどうかとか以前に、女の人とそういう話をしたり関係になったりするのが恥ずかしいよ……!
僕はそんなことを思いながらも、それから第二回王族交流会が終わるまでの間、フローレンスさんと他愛もない話をして過ごした。
◇シアナside◇
第二回王族交流会が終わり、ルクスが屋敷に帰ってくると、シアナはすぐにルクスのことを出迎えた。
「おかえりなさいませ!ご主人様!」
「ただいま、シアナ」
「本日の王族交流会はいかがでしたか?」
もしもルクスに近づく女性や、もしくはルクスに何か危険が及ぶようなことになっている可能性があるなら、シアナはそれに対処しなくてはならない。
その情報を得るためにもシアナがそう聞くと、そんなシアナの思惑など全く知らないルクスがいつも通り優しい表情と声音で言った。
「とても楽しかったよ、第三王女フェリシアーナ様の侍女のバイオレットさんと二人でお話できたり」
────バイオレット、ちゃんとルクスくんと時間を過ごせたのね……どの程度距離を縮めたのか気になるけれど、今はルクスくんの話を聞くのが先決ね。
シアナは、続けてルクスの話に耳を傾ける。
「あとは、フローレンスさんともたくさん話したかな」
────あの女、相変わらずルクスくんにベタベタと……許せないけれど、あの女ならルクスくんが嫌がるようなことはしないと思うからあまり深くは考えなくて良いわね。
そして、次にルクスから出た言葉を聞いて、シアナは思わず自らの耳を疑った。
「そんなことがあった王族交流会だったけど、やっぱり一番印象的だったのは第二王女エリザリーナ様と二人で話せたことだと思うよ」
そのルクスの言葉に、シアナは思わず目を見開いた。
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