第85話 恋の障壁
────エリザリーナ様は、僕のことを抱きしめるのをやめると、この部屋のドアノブに手を掛けて言った。
「たくさん話せて楽しかったよ、ルクス……本当ならもっと話していたかったけど、今日は王族交流会だからそろそろ会場に戻るね」
エリザリーナ様にそう言われた僕は、すぐに椅子から降りて立ち上がるとエリザリーナ様の方を向き、頭を下げて言った。
「はい!エリザリーナ様、今日はお話できて本当に楽しかったです!ありがとうございました!」
「私もだよ、ルクス……またね」
そう言ってもらえた僕が嬉しくて思わず顔を上げると、エリザリーナ様はそんな僕と目を合わせて僕の方に微笑みかけてくれるとこの部屋を後にした。
「あの人が、この国の第二王女エリザリーナ様……」
とても接しやすい人だったけど、その反面王族の人としての威厳や、この国を調停している話術と洞察力などの能力もしっかりと兼ね備えている。
あの人が第二王女様、そして……フェリシアーナ様の姉。
全然雰囲気は違ったけど、フェリシアーナ様もエリザリーナ様もやっぱり独特の威厳のようなものを持っていた。
「……お二人とも、本当にとても優しい人だったな」
あのお二人が王女として居てくれるのなら、この国の未来はきっととても良い方向に進むはずだ。
でも、全てを王族の人に任せるんじゃなくて、ちゃんと僕も貴族としてできることをしないといけない……そのためには、もっともっと頑張らないと。
「……第一王女様はどんな感じの人なんだろう」
第三王女フェリシアーナ様と、第二王女エリザリーナ様と直接お会いして言葉を交わすことができたからこそ、少し気にかかること。
確か、とても大人びていて凛々しく、学力も高くて剣術もでき、経済の流通から他国との政治交渉までしてる人……僕がフェリシアーナ様やエリザリーナ様と言葉を交わすことができたのは本当に奇跡のようなものだから、第一王女様と言葉を交わす機会があるかはわからないけど、いつか来るかもしれないその時を、僕はとても楽しみにしていた。
◇エリザリーナside◇
ルクスの居た個室から王族交流会の行われているダンス会場へ向かうまでの廊下を歩いている道中。
────あぁ、どうしてルクスと話すとこんなに少し話しただけで幸せな気持ちになれるの?たくさん嬉しいこと言ってくれたなぁ……本当、あの優しくてかっこよくて可愛いルクスが変なトラブルごとに巻き込まれないように、今後はさらに調停に身を入れないと!
エリザリーナは、先ほどのルクスとの会話を思い出し、とても気持ちを高めていた……が、同時に思うこともあった。
────それにしても、ルクスのことを個室に連れ込むような女が、王族関係者の中に居るなんてね。
ルクスは連れ込まれたとは言っていなかったが、ルクスの性格から考えて王族交流会中に誰かを個室に誘うということは考えづらく、逆に個室に誘われたのであればそれはそれで断らないと考えられるるのと、先ほどのルクスの雰囲気からエリザリーナはルクスがその女性のことを個室に誘ったのではなく、ルクスがその女性に個室に誘われたのだと確信していた。
────隠し事なんてできないルクスに口止めまでするってことは、よっぽど正体を知られたく無いのかな?あのままルクスのこと問い詰めたら名前も聞けたと思うけど、それだとルクスが自分を責めちゃいそうだから、私はそんなことはしない……ちゃんとこの手で、ルクスのことを個室に誘った王族関係者を見つけ出してあげる。
ルクスとの将来を考える身である以上、恋の障壁となる存在が現れることもエリザリーナにとっては想定内。
────ルクスのことを、どこの女ともしれない奴なんかに絶対誑かさせない……ルクスのことは私が幸せにして、私がルクスと幸せになる。
その思いを胸に、エリザリーナは今日の王族交流会を終えた後から、早速今日この王族交流会に参加している王族関係者の中からルクスと関わりのある可能性のある人物を割り出し始めることに決めた。
◇バイオレットside◇
バイオレットは、ルクスと話している最中に部屋の外から自分とルクスの居る個室に誰かの気配が近づいてきていることを感じると、すぐにルートとして用意していた部屋からの脱出ルートを使って部屋から出た。
ルクスのことを自らの指定した個室に連れてきたのも、事前の調べであの個室には脱出ルートがあると調べたついていたからだ。
本当ならもう少し部屋に残り、ルクスと個室に近づいてきた謎の人物の会話内容を盗み聞きたかったが、気配が気取られる可能性も考慮してバイオレットはその選択をしなかった。
「ロッドエル様は、私が居たということを秘密にしてくださっているでしょうか」
もちろん、この発言はルクスが自分の伝えたことを反故にすると思っているわけではない。
だが、ルクスの性格を考えれば隠し事などできる性格ではわかっているからこその言葉だ。
「ロッドエル様に隠し事をさせてしまうような状況にしてしまった私のミスです、ロッドエル様が私のことを内密にできていなかったとしても、受け入れる他ありません……ロッドエル様がそのことを重荷と感じてしまうぐらいなら、いっそのこと公になされた方が良いですね」
バイオレットは、今回生まれた懸念点を振り返るのは一度やめて、ルクスと話した時間について思い出す。
「私の淹れた紅茶が一番好きだと仰ってくださり、加えてまたもこのような私のことを綺麗だと仰ってくださいました……私の紅茶をとても美味しそうに飲んでくださるロッドエル様に、毎日紅茶を淹れて差し上げたいと思うこの気持ちや、ロッドエル様にもっと綺麗だと仰っていただきたいと思う気持ち、そしてロッドエル様に求められたいと思ってしまう気持ち……それらの気持ちと、お嬢様とロッドエル様の幸せを願う気持ちに、私はどう折り合いをつければ良いのでしょうか?」
ルクスと出会ってから、次から次に新しい疑問が自分の頭に浮かんでくる────が、ルクスに恋愛感情を抱いているバイオレットは、そのことすらもとても楽しいことのように感じられた。
◇ルクスside◇
エリザリーナ様があの部屋を後にして少しした時────僕は、とても急いで王族交流会の会場であるダンス会場に向かっていた。
バイオレットさんやエリザリーナ様と話していて思わず忘れてしまっていた約束を思い出したからだ。
その約束とは────フローレンスさんと、二十分後にダンス会場二階で待ち合わせるという約束のことだ。
あれからどれぐらい経ったんだろう、バイオレットさんと話して、エリザリーナ様と話して……正確な時間はわからないけど、今はとにかく急いでダンス会場二階に向かうしかない!
僕は、申し訳なさを抱きながら足を進めて、ダンス会場二階へ向かった。
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