第78話 願望
◇シアナside◇
「────あぁ、ルクスくん、ルクスくん……」
シアナは、ロッドエル伯爵家のシアナの自室で、先ほどルクスからプレゼントされた服を抱きしめながらルクスの名前を呟いていた。
そんなシアナのことを見ながら、同じくシアナの自室に居るバイオレットが言った。
「当然と言えば当然ですが、とても上機嫌ですね」
「当然中の当然ね!私にとって、ルクスくんからのプレゼントはどんな高級食、立派な建物、高価な宝石よりも価値のあるもので、それをさっき感謝の言葉と一緒にルクスくんから渡されたのだから……今思いただけでも涙が流れてきそうになるわ……あぁ、ルクスくん……」
シアナは、その服をルクスに見立ててとても優しく抱きしめていた。
そして、それをしばらく続けていると、シアナは言った。
「この洋服は、私にとって国宝という扱いすら物足りないぐらいに価値のある物なのだけれど、どこに保管しようかしら」
「……ロッドエル様からプレゼントされた服の保管場所、ですか」
「えぇ、最初は王城の宝物庫に保管しようと思っていたのだけれど、もしお姉様たちに見つかった場合面倒なことになるからその案は無しね」
シアナからすれば国宝以上の物だったとしても、他の人物から見ればただの服……そんなものが宝物庫にあれば違和感しか無く、そこから怪しまれてシアナの周辺を調べられるという事態にもなりかねないため、デメリットが大きい。
シアナがどうしたものかと考えていると、バイオレットが言った。
「私は、通常のお洋服と同様に、この部屋のクローゼットで保管するということで良いと思います」
「……私の話を聞いていなかったの?この洋服は、私にとってこの世のどんな物よりも価値がある物なのよ?それを通常の洋服と同じ扱いになんてできるはずがないわ」
「それは重々承知しています……ですが、ロッドエル様は、きっとそのお洋服をお嬢様に着て欲しくて選んだはずです」
「っ……!」
バイオレットにそう言われたシアナは、目を見開いたがバイオレットは加えて言う。
「なので、私は保管するのではなく、通常のお洋服と同様に普段から着用する方が良いと考えます」
バイオレットの言葉を聞いて少し間を開けると、シアナは言った。
「そうね、ルクスくんからプレゼントされたものを常に身に付けられるというのは、とても幸せなことだわ……あなたが居なかったら、危うくルクスくんからもらった大事なものを大切に扱うことだけに意識が向いてしまって、そこにある幸せを見逃すところだったわね……感謝するわ」
シアナがバイオレットに優しく微笑んでそう言うと、バイオレットは言った。
「感謝などなさらないでください、私はお嬢様の望みのためにご提案をさせていただいただけです────と、今までの私ならそう思っていたと思いますし、現に今の私もそう考えていますが、もし私に感謝をしてくださるというのであれば、一つお嬢様にお願いがあります」
バイオレットがそう伝えると、シアナは先ほどまで浮かれていた様子を一気に無くして、真剣な顔つきで言った。
「────この私にそんな取引を持ち掛けてくるなんて、良い度胸ねバイオレット」
シアナから真剣な顔つきでそう言われれば、公爵家の貴族ですら怯んでしまう者も多いが、誰よりも近くでシアナのことをずっと見てきたバイオレットは全く同様した様子無く言う。
「取引などと言うつもりはありません、お嬢様が承諾してくださるのも断るのも自由です」
「聞くだけ聞いてあげるわ、何かしら?」
シアナが、バイオレットから取引を持ち掛けられるという今までに無いことに驚きながらも少し楽しんでいると、バイオレットは真剣な顔つきで言った。
「私も────ロッドエル様と、お時間を過ごさせていただきたいです」
「……え?」
真剣な顔つきから、一体どのような要求をされるのかと考えていたシアナだったが、バイオレットから出た言葉はシアナの予想していたものとは全く違うものだった……が、ルクスによって変化したバイオレットからなら出てもおかしくない言葉だとシアナが考え直していると、バイオレットは自らの発言の補足をするように言う。
「お嬢様に、私の立場にもなってみて欲しいのです……恋愛感情を抱いてしまった殿方が、昼は貴族学校、そして夜はロッドエル伯爵家の屋敷で自ら以外の女性と楽しく過ごしており、挙げ句の果てに休日にはデート……そして、それら全てをただ第三者として見るしかない立場────もし、お嬢様が私の立場であれば、その女性たちに対してどう思いますか?」
そう聞かれると、シアナは即答した。
「殺意を抱くわね」
「……当然、私はお嬢様たちに殺意と呼べるほどのものを抱いてはいませんが、そろそろ私もロッドエル様と過ごさせていただくお時間をいただきたいのです」
「ルクスくんと過ごす時間を得て、あなたは何をしたいのかしら」
「ロッドエル様と過ごせるのでしたらどのようなことでも構いません」
普段はほとんどシアナに願望を口になどしない、バイオレットの願望。
それだけ、ルクスに対する思いが強いということ。
シアナは、改めて目の前に居るバイオレットが、以前とは比べ物にならないほど変わったのだと実感する。
────本当に、あなたが恋愛感情を抱いたのがルクスくんだったということだけが私にとっては複雑だけれど、あなたが幸せを見つけられたというのは何よりね。
そう心の中で呟き口角を上げると、シアナは言った。
「わかったわ……ルクスくんのことを想ってるあなたからしてみれば、今は相当ストレスを感じてもおかしくない日々を送っているでしょうから、今度ルクスくんと二人で時間を過ごせる時間を作ってあげるわ」
その言葉を聞いたバイオレットは、シアナに頭を下げて言った。
「ありがとうございます、お嬢様」
「気にしなくていいわよ」
そして────顔を上げたバイオレットは、ルクスと二人で過ごす時間を想像して、思わず少しだけ口角を上げていた。
────本当に、変わったのね……バイオレット。
シアナは、そんなバイオレットのことを見て複雑な気持ちを抱きながらも、やはり嬉しく感じた。
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