第74話 処理

「ク、クソッ!この俺たちが、こんな隠遁生活を送らされる羽目になるとはな……!」

「それもこれも、あの仮面を被った変な女のせいだ!」


 エリザリーナが視界に入れた三人は、テーブルを囲んでそんな話をしていた。

 エリザリーナが静かに入ったからか、もしくは来客が来たことに気づけないほどに精神的に追い詰められているのか、どちらにしても三人の男子生徒はエリザリーナが建物内へ入ってきたことに気づいていなかった……エリザリーナは仮面を被った変な女という言葉が気になったが、その直後に一人の男子生徒が言う。


「あとは、あいつだ……あの、伯爵家のルクス・ロッドエルに手を出さなかったら良かったんだ」


 意中の相手の名前が出たことで、エリザリーナはその三人の会話に先ほどよりも集中して耳を傾ける。


「確かに、あいつに手を出してから色々と狂い始めたか……」


 二人の男子生徒がそう話し合う中、一人の男子生徒が大きな声で言った。


「おい!お前ら何言ってるんだよ!爵位を剥奪されたからって、侯爵家のプライドまで忘れたんじゃねえだろうな!?」

「ゾ、ゾルマ……」

「あんな間の抜けた伯爵家のやつに負けたなんて、侯爵家の恥も良いところだ!だから、あの時あいつに手を出したことに間違いはねえ!間違ったのは……俺たちがあいつに負けちまったことだけだ」

「そ、そう、だよな」


 ゾルマ・ゾルダンの言葉を聞き、二人は納得するように頷いた。

 その会話を聞いて、エリザリーナは、自らが調停できているのは国内の争いを無くすことと商売の正当性に関わることだけであり、細かい貴族の闇を無くすことはできていないことに己の力不足を感じていた。

 国内の貴族間の争いを無くすという、ほとんどの国で為せていないことを為せているとしても、それでエリザリーナにとって一番大切なルクスが危険な目に遭うのであれば今のエリザリーナにとっては意味の無いことだ。

 だが……今やるべきことは明白だったため、エリザリーナはその三人の男子生徒へ近づいていく。


「とりあえず、今は建て直す時だ……爵位が無くなろうと、俺たちの────」

「ねぇ、もう聞き疲れちゃったから、そろそろ処理しても良いよね」


 ゾルマ・ゾルダンの言葉を遮るように、エリザリーナは三人の男子生徒へ向けてそう言うと、三人の男子生徒は急いでエリザリーナの方を向いた。

 そして、ゾルマ・ゾルダンが慌てた様子で言う。


「だ、誰だお前!?」

「これから処理する相手に名乗る名前は持ってないよ」

「しょ、処理だと!?」


 無機質な声でそう告げたエリザリーナに対して、ゾルマ・ゾルダン含む三人の男子生徒は動揺の色を見せた。


「ど、どうして俺たちが処理されないといけないんだ!?」

「本当なら言葉も交わしたくないけど、教えてあげるよ……君たち三人が最低なことをしたから、以上」

「さ、最低なこと……?不正のことなら、俺たちはもう貴族学校を退学処分と、爵位剥奪に────」

「君たち程度が不正したって、私にとっては些細なことだからどうでもいいよ……それよりも、ただ頭と努力が足りなかったから負けただけなのに、それを逆恨みしてルクスのことを酷い目に遭わせようとしてたよね、ルクスが剣術もできる子だったから良かったけど、苦手だったら……ううん、関係ないよね────君たちはルクスのことを怪我をさせる、もしくはそれ以上のことを考えたりしてただろうから、それだけで処理をする理由には十分」


 エリザリーナがそう言うと、一人の男子生徒が口を開いた。


「ル、ルクスだと……?またあいつ────」

「黙っててくれる?」


 エリザリーナはそう言うと、目に追えないほどの速度で矢を放ち、その一人の男子生徒のことを容赦無く処理した。

 そして、無機質な声で続けて言う。


「これで一人静かになったね、君たちみたいな存在にルクスの名前を呼ばれるだけで、ルクスが穢されちゃう感じがして不快だったんだよね……なんて、ルクスが君たちなんかに穢されるわけないし、穢させもしないけど」


 その光景を見たゾルマ・ゾルダンともう一人の男子生徒は怯えたような表情になったが、ゾルマ・ゾルダンはそれを隠すように大きな声で言った。


「お、お前……!自分が何したかわかって────」

「君たちこそ、自分が何をしたかわかってるの?」


 その言葉の圧力に、ゾルマ・ゾルダンは何も言えずに怯えたように口を閉じると、エリザリーナは続けて言った。


「君たちは、私に今まで感じたことのない、とても大切なものをくれた存在のことを傷つけようとしたんだよ……もしかしたら、そのせいであのルクスの明るくて優しくて、見ているだけで幸せになれる笑顔で奪われてたかもしれない……君たちはそんなルクスのことを傷つけようとして、君たちのために問題を大きくしなかったルクスに手を出そうとしたことを正当化してる……そんな君たちに何をしたって、問題にならないよ」

「ふ、ふざけんなよ……どいつもこいつも、ルクスルクスって、あんなやつただの間抜け────」


 動揺、恐怖、怒りによって、本来ならエリザリーナのことを刺激しない言葉選びをしなければならない状況のゾルマ・ゾルダンが、判断能力を失って慌ててそう言うと、エリザリーナはもう一人の男子生徒も矢で処理した。


「ひっ……!」


 ゾルマ・ゾルダンの表情は完全に恐怖に歪められ、腰が抜けて立てなくなり体勢を崩した。

 そして、そんなゾルマ・ゾルダンに、エリザリーナは弓を構える。


「さっきの二人は一発で処理してあげたけど……君には、少し苦しんでもらおうかな」

「なっ……!」

「ルクスに手を出したんだから、当然でしょ?」


 そして、エリザリーナはゾルマ・ゾルダンの矢を放てば一発で処理が完了する場所────ではない、別の場所に狙いを定めた。

 ……その瞬間、先ほどの青髪の舞踏会用の仮面を被った人物の言葉を思い出す。


「大切な方のことを思うなら、その方の意を尊重すべきではないのですか?」


 その言葉を思い出したエリザリーナは、小さな声で呟く。


「確かに、そうかもしれないね……ルクスならきっと、ここで苦しませたりしない────どんなに嫌な奴だったとしても、最後は……」


 ルクスの意に応えるとしても、だからと言ってそれによってルクスが危険な目に遭うのであればそのルクスの意には応えられない……だから、この処理を止めることはない。

 ────それでも……大好きなルクスのためにすることなら、その方法ぐらいはルクスの意に沿わないとね。

 エリザリーナは、狙いを矢を放てば一発でゾルマ・ゾルダンの処理が完了する場所へ変えると……矢を放った。

 そこには、ピンクのフードを被ったエリザリーナと、三人の男子生徒の亡骸が残されていた。

 エリザリーナは、そんな亡骸を見ることもせずに、目に光を戻して明るい声音で言った。


「ルクス、これでもう大丈夫だから、これからもたくさん私と幸せな時間を過ごそうね!」

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