第72話 感情

「……処理、とは?」

「平たくいえば命を奪うってことかな」

「……三人の男子生徒の件に関しては、貴族学校を退学処分と爵位剥奪ということで国の制度で決定が下されています」


 この場に居るということは当然それらのことは理解していると思われるため、こんなことを説明しても効果が薄いことはわかっていながらも、フローレンスはそう説明した。

 すると、ピンクのフードを被った人物は言う。


「それはそうなんだけど、その決定だけじゃちょっと物足りないんだよね」

「あなたの感情ではなく、この場が国という場である以上は国の制度に従うべきです」

「へぇ……でも、やっぱりそういうわけにはいかないかな────私はその三人の男子生徒に、大切な人を危うく傷付けられそうになったから」


 その気持ちはフローレンスにも理解できる。

 実際、フローレンスもルクスに危害を加えようとした三人の男子生徒のことは許せず、だからこそ不正を発覚させて退学処分と爵位剥奪にまで追い込んだ。


「その気持ちはわかります……が、でしたら少し考えてみてください、あなたが大切に思っている人が、もし今あなたがしようとしていることを知ればどう思われるのでしょうか?あなたの大切な人は、あなたが自らのためにその手を血で染めることを本当に望んでいるのですか?」

「望まないんじゃないかな」

「そう思っているのであれば────」

「望む望まないの話じゃないよ」


 ピンクのフードを被った人物は落ち着いた声音でそう言うと、続けて言った。


「その私の大切な人が望んでいても望んでなくても、私はその大切な人のためになることをしようとしてるだけだから」


 そう言われた瞬間、フローレンスはフェリシアーナの言葉が頭に浮かんだ。


「ルクスくんの無事という一点においてはルクスくんがどんなことを思おうと関係がないのよ……ルクスくんの無事を完全に確保して、ルクスくんがずっとあのまま楽しそうに幸せに居てくれるなら、私はいくらでもこの手を血で染めるわ」


 そのフェリシアーナの言葉と目の前のピンクのフードを被った人物の言葉が重なり、フローレンスは先ほどよりも少し語気を強めて言った。


「大切な方のことを思うなら、その方の意を尊重すべきではないのですか?」

「違うよ、大切な人の意を尊重して大切な人を失ったら本末転倒だからね」

「ですが────」

「ねぇ、さっき面白いこと言ってたよね……この場が国という場である以上は、国の制度に従うべきって」

「……それが、どうかなされたのですか?」


 フローレンスがそう聞くと、ピンクのフードを被った人物は言葉に重みを乗せて言った。


「────その国を守ってるのも、今私がしようとしてるみたいに手を血で染めてる人なんだよ?君はそれでも、自分にとって大切な存在のために自分の手を血で染めることを否定するの?」


 その言葉には、まるでそれらの人物を身近に見てきたと思わせるほどの重みが含まれていた。

 ────この方は、一体……例え貴族だとしても、並大抵の貴族ではこのような重みある言葉を発することはできないはずですが……

 そう思いながらも、フローレンスは言う。


「確かに、そういったことがあることを否定はしません……事実、それらのことは暗黙の了解として受け入れられているのでしょう────ですが、今あなたが行おうとしている行為は感情によるものです」

「それの何がいけないの?」


 ピンクのフードを被った人物はそう言うと、続けてどこか優しい声音で話し始めた。


「私は今まで、心の底から感情を突き動かされたことなんてなくて、きっとこの先もそんなことは無いと思ってた────でも、そんな私の心を動かしてくれる存在がようやく現れてくれたの……この感情も、私にとって大切な存在のあの子も、全部が私にとって大切で守りたいもの────君は、それを否定するの?」


 その最後の一言は、とても暗い声音だった。

 フローレンスは、少し間を空けてから言う。


「……否定などするつもりはありません、ただそれは自らの内に秘めておくものだと────」

「君が何を言っても、私がこれからすることは変わらないよ……だから、そこどいてくれる?」


 ……フローレンスは、このピンクのフードを被った人物に対して納得できる部分はあった。

 言っていることは理解できるし、そうしたくなる気持ちもわかる────が。

 フローレンスは、剣を抜いて構えるとピンクのフードを被った人物に対して言った。


「私は、その方のことを本当に大切だと思っているのであれば、自らの感情よりもその大切な方のことを尊重すべきだと考えます────そして、私の今行っている行動もそれ故なのです……ですから、ここをどくわけにはいきません」


 フローレンスがそう言うと、ピンクのフードを被った人物は元の声音に戻って言った。


「困ったなぁ、私が処理したいのはその建物に居る三人の男子生徒だけで、例えその邪魔をしてくるとしても君みたいな良い子に危害を加えたりはしたくないんだけど」

「争いたくないというのは同感ですが……ここを通りたいと言うのであれば、先にあなたの言う処理というものを私にして頂かなくてはなりません……もっとも、私は無抵抗にそのようなことをされるつもりはありませんが」


 フローレンスがそう言うと、ピンクのフードを被った人物は言った。


「……残念だけど、君には大人しくしててもらわないといけないみたいだね」

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