第67話 芸当

◇ルクスside◇

 エリナさんと食事をしてから家に帰ってきた僕は、いつも通り自室で勉強していた。

 そして、数十分ほど勉強していると────僕の部屋のドアがノックされた。


「ご主人様!少しよろしいでしょうか!」


 シアナの声が大きい、もしかしたら緊急の要件なのかな。


「うん、いいよ」


 僕がそう言うと、シアナは僕の部屋のドアを開けて隣までやって来た。

 そういえば、今日家に帰った時シアナは屋敷に居なかったから、もしかしたら今からシアナが話したいことっていうのはそのことと関係があるのかな……なんて思いながら隣に来てくれたシアナの方を向くと、シアナは僕に聞いてきた。


「ご主人様!本日、何かありませんでしたか!?」

「……え?」


 本日……何か?

 僕は、シアナの質問の仕方からもシアナがかなり気持ちに余裕が無いことを感じるも、その質問だけではどう答えれば良いのかわからないためもう少し詳細を聞いてみることにした。


「えっと……何かっていうのは、いつのことかな?貴族学校でのこと?」


 僕がそう聞くと、シアナは首を横に振って言う。


「いえ!貴族学校を出た後のことです!」


 貴族学校を出た後……つまり、僕が街に出た時のことを言っているのかな。

 でも、どうしてシアナがそんなことを聞いてくるんだろう……もしかして、今日シアナも街に出てて、僕のことを見かけたのかな?

 それで……そうだ、もしかしたら僕がエリナさん、つまりシアナから見たら赤のフードを被った人と歩いているのを見て、心配させてしまっているのかもしれない。

 そのことを確認するために、僕はシアナに聞く。


「もしかして、シアナは今日街に出てたの?」


 それから、シアナは少し間を空けて答えた。


「……はい!そこで、ご主人様がフードで身を隠した方と隣を歩いて居ましたので、もし何かトラブルに巻き込まれているのであればお力になりたいと思ったのです!」


 やっぱりそういうことだ……でも、だとしたらそのシアナの心配はすぐに無くしてあげないといけない。


「だとしたら心配しないで、僕はトラブルに巻き込まれたわけじゃなくて、ただあの人と食事をしただけなんだ」

「どうして、知らない方とお食事をしたんですか?」

「完全に知らない人ってわけじゃ無いんだ、前にたまたま洋服店で話したことがあって、今日も会えたからって食事に誘ってもらったんだ」

「……でしたら、お食事をしただけで、それ以外は何もなされていないのですよね?」

「それ以外……?うん、何もしてないよ」


 シアナが何を気にしているのかわからないけど、僕とエリナさんは本当に食事をしただけだからそのまま答えておこう。

 これでシアナの心配も無くなった────と考えた僕だったけど、シアナの表情に晴れた様子は無かった。

 ……シアナのことを心配させてしまったのは僕が悪いけど、どうにかしてシアナの心配を晴らしてあげたいな。


「……ご主人様、良ければその方の名前や容姿などを────」

「そうだ!シアナ!僕とシアナが二人で街に出かける今週の休日まで、あと数日だよ!」

「っ……!」


 僕は、これからシアナと楽しい話をすることで、シアナの心配を無くしてあげることにした……ううん、そうじゃなくても、これは僕がシアナと話したいことだ。


「僕、シアナと行きたいところがいっぱいあるんだ」

「そ、そう、ですか……ですが、今は赤のフードの人物についての情報を────」

「シアナは?どこか僕と行きたいところはない?」

「そ、それは、その……」


 僕が楽しい感情を抱きながらシアナのことを見ていると、シアナはどこか心配を隠しきれていなかった表情から一転して、とても楽しそうな表情になって言った。


「あります!私も、ご主人様と行きたいところがたくさんあります!」

「本当に!?どこに行きたいの?」

「まずは────」


 それから、僕とシアナは次の休日シアナと二人で出かけるときに、どこへ出かけに行くのかを楽しく話し合った。

 ────やっぱり、楽しそうにしているシアナを見るのが、僕は本当に好きみたいだ。



◇バイオレットside◇

「……赤のフードを被った人物の情報をロッドエル様から聞き出すからと、私にロッドエル様との話を聞くよう指示されたお嬢様とのお話を、こうも簡単にお二人で外出する時のお話へ変更させてしまうとは……このような芸当は、きっと第一王女様にも第二王女様にもそう簡単にはできないでしょう」


 そう呟きながらも、次の休日にどこへ行くかを楽しそうに話し合っている二人を見て────バイオレットは、素直に羨ましいと思った。


「私も、ロッドエル様と、あのように……本当に、不思議なものです……女として生き、求められる人生などとっくに捨てたはずですが────ロッドエル様のことを見ていると、いつの間にかそれらのことで頭が埋め尽くされてしまいます……仮に私がドレスなどを着てみたら、ロッドエル様はどのようなお顔をなさるのでしょうか?……私がドレスなど着たところで、お嬢様や第二王女様、フローレンス様のように似合うことは無いと思いますが、それでも……少しは、綺麗だと、思ってくださるのでしょうか……」


 ────今の言葉が、本当に自分の口から出た言葉なのかと思いながら、バイオレットは恥ずかしさを感じ頬を赤く染めながら首を横に振った。

 そして、自らの放った綺麗という言葉と同時に自分の手を視界に映したバイオレットは、自らの右手に左手を添えて呟く。


「この血で染められた手を、ロッドエル様は綺麗だと……仰ってくださったのですね……」


 バイオレットは、ルクスに会うまでは嫌悪していた自らの手に────とても優しく大切に触れた。

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