第66話 同一人物

 警告と受け取れるようなことを告げてきたエリザリーナに対して、シアナは言った。


「そのような警告などなさらなくても、私はエリザリーナ姉様の恋路の邪魔などしませんのでどうかご安心ください」


 そのシアナの言葉を聞いたエリザリーナは、虚な目をやめて目に光を戻して笑いながら言った。


「だよね〜!邪魔とまではいかなくても、てっきりバイオレットのことでも使って私のことを探りに来るかなって考えちゃったけど、私の早合点だったよ〜」

「はい、エリザリーナ姉様の早合点です」


 シアナは、図星を突かれてしまったことに全く動揺を見せることなく、表面上は本当にエリザリーナの早合点に思えてしまうようにそう返事をする。

 その後、エリザリーナは落ち着いた様子で言う。


「あの子のためにもこの国の調停は今まで通り続けるから安心して良いよ────って、これも早合点かな〜?」

「……はい、私はそのような心配などしていませんよ」

「あはは〜!だよね〜」


 目の前で笑っているエリザリーナに対して────シアナは、やはり油断ならないと感じた。

 エリザリーナの洞察力は高く、まるで心を見透かされているような感覚に陥る。

 シアナが今まで以上にエリザリーナの洞察力を評価していると、続けてエリザリーナは思い出したように言った。


「あ!ねぇねぇフェリシアーナ、貴族学校の資料ってまだ書庫にある?」

「……あると思いますけど、どうして貴族学校の資料を?」


 さっきのエリザリーナのシアナの恋愛事情には関与しないという発言が嘘で実はもう自分とルクスの関係性を見抜いていて、そのルクスに何かをするつもりで貴族学校の資料を探ろうとしているのではないか……だとしたら、早急に手を打たないといけない────そう考えて聞いたシアナだったが、エリザリーナはシアナが今考えていたこととは全く違う答えを出した。


「ほら、貴族学校の王族交流会だよ、入学式と一回目の王族交流会はフェリシアーナが行ってくれたけど、三回も連続でフェリシアーナが行ってたら私とかお姉様の印象が悪くなっちゃうでしょ?でも、お姉さまは相変わらず他国の人との契約とかで忙しそうだから、次は私が行こうかなって……で、せっかく行くなら情報を知っておきたいでしょ?」


 ……王族交流会は、シアナがフェリシアーナとしてルクスと会うことのできるとても貴重な機会の一つ。

 できることであれば手放したくない────が、ここでエリザリーナの言葉を否定して次も自分が行くと言えばエリザリーナから見てフェリシアーナの行動は間違いなく不審に移るだろう。

 貴族学校に固執しているのではないか、どうしてそこまで固執しているのか────もしかしたら、フェリシアーナが以前婚約したいと言っていた人物は、貴族学校に居るのではないか。

 そんなことになれば間違いなくシアナの今後の計画に支障を来すため、それらを天秤にかけた結果シアナは頷いて答えた。


「なるほど、とても賢い選択だと思います」

「ありがとう〜!それにしても……フェリシアーナ、今日は随分と大人しいね?前会った時はすっごく怖かったのに」

「あの時は、私の大好きな彼に何か危害を加えるようなことを言われたのでああいった対応をさせていただきましたが、私はあくまでもエリザリーナ姉様の妹ですから」

「じゃあ、もし仮に私が前と同じようなことを言ったら?」

「その時は────」


 シアナは、先ほどのエリザリーナ同様虚な目をして言った。


「以前も伝えたけれど、容赦しないわ」

「怖〜い!でも、もし私もあの子に何か危害を加えられそうになったら同じことを思うと思うから、どっちにしてももしそうなった時は第二王女と第三王女の内戦になっちゃうね〜!もう〜!私が今までこの国の調停をしてきた意味無くなっちゃうよ〜!」

「関係ないわね、彼さえ無事なら私はそれで良いわ」

「前だったら、男なんていくらでも居るのに一人の男に執着するなんて馬鹿みたいって思ってたけど────」


 エリザリーナは、今のシアナと同じように虚な目をして言った。


「今は私も同感、あの子さえ居てくれるなら国なんてどうでもいいよ」

「珍しく意見が合ったわね」

「そうだね」


 それからしばらくの間互いを見つめ合うと、二人はそれぞれ虚な目をやめて、シアナが言った。


「ではエリザリーナ姉様、私はこれで失礼します」

「うん!私も〜!シアナもバイオレットも、またね〜!」


 そう言われたシアナとバイオレットがエリザリーナに頭を下げると、エリザリーナは歩き出して行った────が、その途中でシアナの方に振り返って言った。


「そうそうフェリシアーナ、フェリシアーナが王城に男連れ込んだことは黙っといてあげるから、その時は私に合わせてね」

「……はい、わかりました」


 シアナからその返事を聞いたエリザリーナは、笑顔になると今度こそこの場から歩き去ってしまった。


「……あの日は最大限そのことがバレないように気を遣ったつもりだけれど、やっぱり王城っていう場所であるかぎり第三王女の私では限界があるわね」

「そうかもしれませんね、それを差し引いても第二王女様の頭脳や洞察力は侮れません」

「えぇ……どうやら今は本当に私の恋愛事情に関与するつもりは無いようだけれど────エリザリーナ姉様の気が変わってルクスくんに何かしようとするかもしれないから、念の為に改めて対策は考えておくわよ」

「承知しました」


 その後、シアナとバイオレットは、馬車に乗ってロッドエル伯爵家へと向かった。

 ────第二王女エリザリーナと第三王女フェリシアーナ、二人の想い人が同一人物であるということを、この時の二人はまだ知る由も無かった。

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