第65話 警告

「食事……ルクスくんが、おそらく女だと推察できる身元不明の存在と、二人で食事をしたと言うのね?」


 シアナが足を止めてバイオレットにそう聞くと、バイオレットもシアナに合わせて足を止めて返事をする。


「はい、その通りです……その人物からは、ルクス様に対する敵意や殺意などは感じませんでしたので、私がルクス様の後をつけているのをバレることの方が今後に支障が出ると判断し、そのお二人のお食事を許してしまいました」


 バイオレットからの突然の報告に驚愕して思わず怒りを感じそうになったシアナだったが、頭を冷静にして言った。


「……二人は、どこのお店で食事をしていたのかしら?」


 その店についての情報を知れば、その客層から赤のフードを被った人物の正体に近づけるかも知れない。

 そう考えたシアナがバイオレットにそう聞くと、バイオレットは感服するように言った。


「流石お嬢様です、とても良い目の付け所ですね」


 そして、バイオレットは続けてその店名をシアナに伝えた。

 すると、シアナは少し間を空けてから言った。


「赤のフードを被った人物は、間違いなく貴族ね……公爵、最低でも侯爵ぐらいじゃないとあの高級店を普段使いなんてできないわ」


 ルクスが高級店をわざわざ提案するとは考えづらいため、消去法で赤のフードを被った人物の身分を割り出すことができたシアナはそう結論づけた。

 そして、バイオレットは頷いて補足する。


「そうですね……時々王族の方々も使われているところですから、赤のフードを被った人物が貴族であることは間違い無いでしょう、それもかなりの地位の」

「えぇ……そうなると、フードを被っている理由も気になるわね」


 フードを被る理由というのは、基本的にはバイオレットのように人目につきたくないからというのが大きな理由。

 だが、その割に赤のフードを被った人物は堂々と街に出て、堂々とルクスと食事をしている。

 そのシアナの疑問に対して、バイオレットは答えた。


「普段街を歩いていると騒ぎになるほど有名な方なのかもしれませんね」

「そんな存在は、それぞれの土地を治めている領主か王族ぐらいだけれど、領主や王族がわざわざフードを被って街に出るとは考えづらいわ、自らの治めている土地で身元がバレてはいけない理由なんて無いはずよ」

「そうですね……赤のフードを被った人物がどうして赤のフードを被っているのか、正確な身分はどのような身分なのか、どのような目的意図でロッドエル様に関与しているのか、考え出すとキリがありませんね」

「面倒な相手ということだけはわかったわ……だけれどその前に────あのお店って、個室があったわよね?」


 シアナがそう確認すると、バイオレットは頷いて答える。


「はい、基本的には契約を交わすときや密談を交わすとき、あとは……男女関係にある方々が使われる場所、でしょうか」


 バイオレットのその最後の言葉を聞いた瞬間に、シアナの中に焦燥感が生まれた。


「今まで疑問にばかり目を向けていたせいで気づかなかったけれど、正体不明の女とルクスくんが個室で二人きりなんて、よく考えたらかなりまずい状況なんじゃないかしら!?もしかしたら、ルクスくんがその女に何かされた可能性もあるわ!!」

「いえ、ロッドエル様の帰宅時のご様子を見る限りそのようなことは────」

「とにかくルクスくんに確認しに行くわ!早くロッドエル伯爵家の屋敷に帰るわよ!!」

「……承知しました」


 今のシアナにはどのような意見も意味が無いと判断したバイオレットは、そう言ってシアナに小さく頭を下げた。

 そして、二人が王城の廊下を進み、王城の入り口付近に近づいてきたところで────


「あ〜!フェリシアーナとバイオレットだ〜!」

「……エリザリーナ姉様」


 第二王女エリザリーナと出会した。

 シアナの気持ち的には、いち早くロッドエル伯爵家の屋敷に帰りルクスに今日のことを聞きたいところだったが、相手が相手なため無視をするわけにもいかず足を止めた。

 そして、シアナが足を止めたと同時に足を止めたバイオレットがエリザリーナに向けて言う。


「第二王女様、お元気そうで何よりです」

「うん!元気元気!私今までの人生で今が最高に幸せ〜!」


 その言葉が気に掛かったシアナは、エリザリーナに聞く。


「……何か、良いことでもあったのでしょうか」

「良いことなんてものじゃないよ〜!私の一生をかけて幸せにしてあげたいって思える男の子と出会えたからね〜!」

「そうですか」


 シアナにとっては、エリザリーナの恋愛事情など心底どうでも良かった。

 だが、次のエリザリーナの言葉には強く耳を傾けざるを得なかった。


「そうそう、あと、この間フェリシアーナにとって大事な男の子に何か危害を加えるようなこと匂わせちゃったでしょ?でも、もう私は本当にフェリシアーナのそういったことには関与しないから安心していいよ」


 エリザリーナのイタズラ心がそう簡単に変わることはないだろうと考えていたシアナは、エリザリーナに何かをされても大丈夫なように対策を立てていた……が、エリザリーナがここに来て少なくともフェリシアーナのそういったこと、つまり恋愛事情には関与しないと言ってきた。

 シアナは、少し間を空けてから言った。


「信じられませんね、エリザリーナ姉様は気まぐれですから」

「本当本当、もう他人の恋愛とかどうでも良くなったっていうか……今はどうしたらあの子が楽しく幸せになってくれるかしか頭に無いよ、あとどうしたら私のこと好きになってくれるのかなとか……今までこんなこと考えなくても勝手に好きになられてたから新鮮だけど、今は本当にそれが楽しいんだよね」

「……」


 シアナは楽しそうにそう語るエリザリーナのことを見て確信する────エリザリーナは、本当に変わったのだと。

 エリザリーナのことを姉妹として近くで見てきたシアナだからこそわかること……だが、もしエリザリーナがそれによって今まで行っていたこの国の調停をやめてしまえば、自分とルクスの今後にも少しトラブルが生じるかもしれない。

 ────一応、エリザリーナ姉様の周辺のことを調べたほうが良さそうね。

 そのことをアイコンタクトで伝えるためにバイオレットに視線を送ろうとした────そのとき、エリザリーナはバイオレットの方に視線を送ろうとしたシアナの目を虚な目で覗き込むようにしながら言った。


「でも……もし私とあの子の関係を邪魔したり、私にとって何か不快なことをしてきたり、ましてやあの子に何かしようとなんてして来たら……その時は、そんなことをしてきた相手のことを私の持てる力全てで対処するしか無いよね────例え、それが実の妹であったとしても」

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