第60話 苦手科目

◇シアナside◇

「ご主人様、本日はどこかへお出かけになられますか?」


 ルクスと一緒にフローレンス公爵家の屋敷に行った翌日の朝。

 シアナがルクスにそう聞くと、ルクスはいつも通り優しい声音で言った。


「今日は特に出かけたい用事も無いから、屋敷で過ごそうかな」


 それを聞いたシアナは、少し上擦った声で言う。


「そうですか……!でしたら、本日は一日ご主人様のお隣に控えさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「うん、いいよ……でも、今日は苦手科目を重点的に勉強するつもりだから、もしかしたらシアナにカッコ悪いところを見せちゃうかもしれないけど……」

「ご主人様がカッコ悪いなどということなどありません!ですが……ご主人様の苦手科目というのは?」


 ルクスは基本的に賢い。

 本人はあまり自覚していない、もしくは高いところを見すぎてしまっているせいで自らのことを過小評価しているが、その学力は間違いなく同年代の中でもトップクラスと言ってもいいほど……その証拠に、以前貴族学校で行われた学力試験では二位を獲得している。

 そして、ルクスは賢いだけでなく、剣術もしっかりと強い。

 そのことも、以前三人の男子生徒を相手に圧倒したことから証明されていて、普段でもルクスが何か苦手と感じているようなところをシアナはあまり見たことが無かったため、純粋な気持ちでそう聞くと、ルクスは少し間を空けてから言った。


「……戦術論っていう科目なんだ」

「……そうですか」


 それを聞いて、シアナは全て腑に落ちた。


「戦術論では、他国とか他の領土とかとの戦いになった時に、どれだけ自分の領地の民の人たちの犠牲を避けられるかっていうのが最重要されていて、そのことは僕も納得してるんだけど……そのための戦術の前提が、少数を犠牲に多数を助けるっていうものが多くて……頭ではそんなことできないってことはわかってるし、あくまでも想定の話だからこんなことを思っても仕方ないってわかってる……けど、どうしても犠牲をゼロにしたいって思っちゃって、勉強に身が入らないんだ」


 ルクスが口にしたものは、シアナがルクスから苦手科目を聞いた時に予測した通りのことだった。

 それを聞いたシアナは思う────優しいルクスくんに、味方にしろ敵にしろ人の命が無くなることを前提としている戦術論なんてできるわけが無いわね……私が絶対にルクスくんのことを戦術なんて必要な状況になんて陥らせないわ……だから、ルクスくんは安心して良いのよ……それにしても、本当にルクスくんはどれだけ優しいのかしら。

 改めてルクスの優しさを感じながら、シアナは口を開いて言う。


「ご主人様のお優しさ故ですね……でしたら、犠牲の出ない戦術論から学びましょう」

「そ、そんな戦術論があるの?」

「はい、少しだけ勉強したことがあります」

「犠牲の出ない戦術論……シアナ!それを僕に教えてもらうことはできるかな!?」


 目を輝かせてそう聞いてくるルクスに対して、シアナは笑顔で答えた。


「はい、喜んで」


 その後、シアナはルクスに犠牲の出ない戦術論を教えた────その途中。

 ルクスがその話をとても真剣に聞いていて、シアナはそんな真剣なルクスの顔に見惚れて危うく自分の話していることに危うく集中できなくなりそうになりながらも、どうにかルクスのためだと自分に言い聞かせてルクスに犠牲の出ない戦術論を一通り教えきることができた。


◇エリザリーナside◇

 エリザリーナは、昨日の夜決めた通りに、その翌日に赤のフードを被って街に出て来ていた。

 この日にルクスと会うことができなければ、縁が無かった割り切り、ルクスのことを忘れると決意して……だが。


「今日は休日だから街に来てると思ったのに、どこにも居ない……どこに居るの?ルクス……ルクス……」


 いつの間にか、エリザリーナはルクスのことを探すように歩き回っていて、時間は夕暮れ時となっていた。


「居なかったら忘れるって決めてたのに────できない……もう一度、もう一度……ルクスに、会いたい……会いたい……?違う、私はルクスに会いたいんじゃなくて、夢を終わらせたいだけ……本当に、そうなの?……そんなのどうでもいい、とにかく、私は────ルクスに会いたい……」


 そう願うも、ルクスは目の前に現れない。


「ルクス……」


 そろそろ暗くなってくる時間帯、これ以上一人でルクスのことを探して歩き回るわけにもいかないため、エリザリーナは王城へと帰った。

 ────そして、この日からエリザリーナは、毎日のように街に出て、ルクスのことを探すようになった。

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