第58話 我慢

◇シアナside◇

 シアナは、フローレンスがルクスに一緒に踊って欲しいとお願いしているのを見て、やはり殺意が湧いていた。

 ────この女……私の正体を分かった上で、そして私のルクスくんへの気持ちを知っている上で、さらに私がメイドとしての状態ではそれに異論を挟むことができないことも分かっている上で、私の目の前でこんなことをルクスくんに提案するなんて、やっぱり許し難いわ。

 そう思いながらフローレンスに殺気を向けていると、当然フローレンスはその殺気に気がついて一瞬だけシアナのことを見た。

 そして、そのフローレンスの視線は「第三王女様も以前ルクス様と踊られたのですから、私が踊らせていただいても問題無いですよね?」と語りかけてくるようで、微笑んでいることも相まってそのことはシアナのことをさらに不快にさせた。

 その次の瞬間に、フローレンスはルクスへ視線を戻した。

 二人の間にそんな事が起きていることなど露ほども知らない、ルクスが言った。


「僕と踊る……ですか?」

「はい、以前第三王女様とも踊られたということでしたので、私も是非ルクス様と踊らせていただきたいと思ったのです……正式に婚約させていただく前に、一度くらいは共に踊らせていただいた方がよろしいかと思いますので」

「フ、フローレンスさん……!」

「ふふっ」


 そのフローレンスの言葉に、ルクスは照れていたり恥ずかしがったりという感情を抱いていたが────シアナだけは違い、婚約という単語を聞いた次の瞬間には、目を虚にしてフローレンスのことを見ていた。


「では、行きましょうか」

「はい!」


 そして、ルクスとフローレンスはダンス会場に移動するために、立ち上がって客室から出て行こうとしていたため、シアナもその後について行き二人と一緒に客室から出た。

 二人はダンス会場に移動する道中、会話を交えながら歩いていた。


「フローレンスさんは、ダンスもお上手なんですか?」

「それほど上手ではありませんが、よろしければ共に踊らせていただいた後ルクス様のお口から感想をいただいてもよろしいでしょうか?」

「わかりました!」


 そんなことを話している二人のことを見て、シアナは相変わらずフローレンスに虚な目を向けていた。

 ────この女……ルクスくんのために何をすべきかもわかっていないくせに、私が何も手出しができない状況だからと言って調子に乗っているわね……

 いっそのこと、本当にフローレンスのことを────と考えそうになったシアナだったが、長い廊下の視界端に映ったバイオレットが、シアナに対して首を横に振った。

 ────冷静になってください、お嬢様……実際に声が聞こえたわけではないが、バイオレットと長い付き合いのシアナにはバイオレットの伝えたいことが一言一句違わずにわかる。


「わかってるわよ……今はまだ、我慢するわ」


 シアナは、自分にしか聞こえないほどの声音でそう小さく呟いたが、バイオレットにはシアナが落ち着きを取り戻した事がわかり、シアナの視界から姿を消した。


 ────フローレンスとはいずれ、雌雄を決するときが来るのでしょうね……その時までは、我慢するわ。

 シアナは自分に言い聞かせることで冷静さを取り戻そうとした────が、フローレンスが視界に映ると虚な目を向けてしまうことだけは、今のシアナにはどうすることもできなかった。


◇フローレンスside◇

 フローレンス公爵家のダンス会場に到着すると、ルクスが口を開いて言った。


「ダンス会場もすごいですね……王城のダンス会場も当然凄かったですけど、このダンス会場はフローレンスさんの家にしか出せないと思える凄さがあります!」


 フローレンス公爵家のダンス会場は、中央の床から端のに続く一つの模様となっていて、そのダンス会場に立っているだけで美術の世界に入る事ができたかのように感じられた。

 ダンス会場を褒めてもらえた事が嬉しかったフローレンスは、嬉しそうに微笑んで言う。


「ありがとうございます、私もこのダンス会場はとても気に入っているので、ルクス様にも気に入っていただけたのでしたら幸いです」


 そう言った後、フローレンスは姿勢を正してルクスに手を差し伸べて言った。


「では……ルクス様、私と共に踊ってくださいますか?」

「っ……!はい!」


 そして、ルクスがその手を取ると、二人は一緒にダンスを踊り始めた。

 フローレンスは、ルクスとダンスを踊っているこの瞬間、第三王女フェリシアーナのことを考えていなかった……今は、目の前で自分と一緒に踊っているルクスのこと、そのことで頭がいっぱいだった。

 ────あぁ、ルクス様……そのように眩しく、楽しそうに踊ってくださるなんて……可能ならば、この時が永遠に続いて欲しいと願います……あなたの綺麗さに、あなたの眩しさに、私は惹かれてしまったのです……ルクス様、心より愛しております。


 その後、二人は少しの間だけ楽しく一緒にダンスを踊った────



◇バイオレットside◇

 ダンス会場の、三人からは死角となる場所から、バイオレットはルクスとフローレンスがダンスを踊っているのを見ていた。

 そして、小さな声で呟く。


「お嬢様には冷静になるようにと合図を送りましたが、お嬢様に引き続きフローレンス様まで……私の方が我慢できるものかどうか、わかりませんね」


 そう呟いた後、バイオレットは続けて呟いた。


「ロッドエル様……次は、私と────」


 バイオレットはそのことを想像すると、楽しい気持ちになっていた。

 ────ロッドエル様のことを考えるだけで、こんなにも胸が高鳴ります。

 ルクスに恋心を抱いたあの日まで、感じたことの無かったもの……あの日以来の胸の高鳴り……バイオレットは、胸に手を当ててその鼓動の一つ一つを大切に思いながら感じ取っていた。

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