第56話 相違点

◇シアナside◇

 フローレンスからそう聞かれたシアナは、心の中で溜息を吐いて呆れてから言った。


「私の手が血に染められているのは、全てルクスくんを守るためよ────ルクスくんのために手を血で染めることすらできないあなたには、理解できない話かもしれないけれど」

「えぇ、理解しかねます……何故なら、ルクス様はそのようなことを望まれないからです、ルクス様であれば無為に命を奪うことを否定し、法に則った対処を望むはずです」


 シアナは、フローレンスの言うことは正しいと考える。

 確かにルクスなら、フローレンスの言う通り法に則った対処、もしくは法に則るほどのことで無かったとしてもできるだけ平和的解決を望み、少なくともシアナのように血の流れる方法は絶対に望まないだろう。

 それを理解した上で、シアナは口を開いて言う。


「それはルクスくんが優しいからよ、そんな優しいルクスくんの優しさに付け込もうとする悪党は必ず出てくるわ」

「であれば、その悪党を自らの手を血に染めても裁くと?第三王女様は、本当にルクス様がそのようなことを望んでいると思われているのですか?」


 真剣な表情でそう聞いてくるフローレンスに対し、シアナは心底呆れを抱いた。

 シアナは、フローレンスの実力は認めている……特定の分野においては自分より優れているところもあるだろうし、全体的に見てもおそらくそこまで大差があるわけではない────だが、ルクスを愛するということ、その一点においては、フローレンスは何も分かっていない。

 そう思いながら、シアナは口を開いて言う。


「普段の日常であれば、当然ルクスくんの望みが最優先なのは間違い無いわ……ルクスくんが何かを食べたいと言うのであればそれを調達、もしくは調理して、ルクスくんが欲しい物があるならそれをルクスくんへ渡す……だけれど────ルクスくんの無事という一点においては、ルクスくんの無事を確実に確保できる選択肢を選ぶだけよ、そこにルクスくんの望みは関係無いわ」

「いいえ、ルクス様のことを思うのであれば、ルクス様の無事という重要な点に置いてこそルクス様の意を尊重すべきです」


 そのフローレンスの言葉から、シアナは少し間を空けてから言う。


「ルクスくんは、例え自分に酷いことをしてきた相手にすら、自分に非があると悩んで、苦しむような優しい男の子なのよ?あなたは、そんなルクスくんに彼らを裁くことができると思っているのかしら?だとしたら、あなたはルクスくんのことを何も分かっていないわ」

「それはあなたです、そこまで分かっているにも関わらず、どうしてルクス様のことをお分かりにならないのですか?そのように優しく綺麗な方のために手を血で染めて、ルクス様が本当にお喜びになるとお思いなのですか?」

「さっきも言ったことだけれど、ルクスくんの無事という一点においてはルクスくんがどんなことを思おうと関係がないのよ……ルクスくんの無事を完全に確保して、ルクスくんがずっとあのまま楽しそうに幸せに居てくれるなら、私はいくらでもこの手を血で染めるわ」


 これ以上話しても堂々巡りになると考えたシアナは、続けて言った。


「もし、ルクスくんの無事という点でルクスくんの意に沿った行動を取って、もしルクスくんの無事が傷つけられたらあなたはどうするつもりなの?」

「そのようなことにはさせません、そのような事態になれば、私がルクス様のことをお守りしま────」

「あなたの話は全て確実性に欠けるのよ、そんな事態になってからルクスくんのことを守るために動いても遅いわ……ルクスくんの無事を思うなら、そんな事態になる前にその事態になる火種を完全に消さないといけないのよ、これは絶対だわ……そして、それができないあなたにルクスくんのことを愛する資格は無いのよ」


 そう告げたシアナに、フローレンスは一度眼を閉じてから再度目を見開いて言った。


「どうやら……私たちの間には、目に見えぬ大きな溝があるようですね」

「えぇ、あなたと私が分かり合えない、決定的な相違点だわ」

「でしたら、やはりあなたにはルクス様の元から去っていただくしかありません……今からあなたの正体を、ルクス様にお伝えします」


 それを聞いたシアナは、強い口調で言った。


「いいえ、あなたはそんなことできないわ────正確には、今はしないと言うべきかしら」

「……どうしてそう言い切れるのでしょうか?私がルクス様にシアナさんの正体が第三王女様だったと伝える可能性は、十分にあると思いますが」

「簡単よ、今そんなことをしてもあなたには何もメリットが無いもの……その情報だけでは、私のことをルクスくんから引き離すことはできないのだから」


 フローレンスにメイドとしてのシアナの正体がバレたのは、感情の制御をすることができなかった自分のミスだが、その情報だけでは自分のことをルクスから引き離すことはできない……最悪正体がバレてしまったとしても、それならそれで今後はフェリシアーナとしてまたルクスと関わっていけばいい。

 ルクスが精神的に混乱する可能性はあるが、フェリシアーナのことをルクスから引き離すことができず、ただルクスのことを混乱させるだけなど、フローレンスにとってはメリットどころかデメリットしか無い。

 フローレンスもそのことはわかっているため、そのシアナの言葉を聞いてから少しの間沈黙した。

 そして────


「本当に、あなたほどの頭脳がありながら、どうしてルクス様のことをお分かりにならないのか……理解に苦しみます」


 その言葉は、シアナの考えが正しかったという裏付けとなった。

 そして、シアナもそれに返事をする。


「それは私の言葉よ、その思考力と冷徹さがありながら、どうしてあなたはルクスくんのためにすべきことがわからないのかしら」

「今回お話をさせていただいてよくわかりました────第三王女様は、やはり王族としては素晴らしい才をお持ちです……が、ルクス様に相応しくはありません」

「今はこれ以上話しても意味が無いわね」

「えぇ、またいつかお話しさせていただく時には、第三王女様のお考えが変わっていられることを願っております────そして、私は可能な状況になれば容赦無く第三王女様のことをルクス様から引き離させていただきますので、そのことをお忘れなきように」


 そう言うと、フローレンスはルクスの居る客室の中へと入って行く。

 シアナはそのフローレンスの背中を冷たい目で見つめながら、フローレンスの後へ続いて客室へと入って行った。

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