第55話 選択肢
◇フローレンスside◇
シアナの正体が第三王女フェリシアーナだと指摘したフローレンスだったが、シアナは首を傾げて言う。
「第三王女、フェリシアーナ様……?すみませんが、フローレンス様が何を仰っているのか、私にはわかりません」
シアナの表情は、本当に困惑していてフローレンスが何を言っているのか理解できないといった表情だった……ほとんどの人間なら、こんな表情をされれば自分の発言の方を少し疑ってしまいたくなるだろう────だが、フローレンスはそうではなかった。
「お見事です、正体を指摘されてなお顔色一つ変え無いとは……その胆力で、今まであの純粋で心優しきルクス様のことを騙してきたのでしょうが────人を疑うということを知らないルクス様とは違い、私のことを騙すことはできません」
「……私が、ご主人様のことを騙す、ですか?」
「もう、ロッドエル伯爵家のメイドシアナを演じる必要は無いのです……今までも様々な違和感はありましたが、私は先ほどの殺気であなたが第三王女様だと確信したのですから」
「私が第三王女様など……そのようなはずが────」
「私は、あなたの正体を確認するために、わざとあなたの前でルクス様のことをお部屋に誘うような発言をしました……あなたは頭では殺気を出してはいけないと分かっていても、やはりルクス様への感情を抑えることはできなかったようですね」
「……」
ここまで突きつけてようやく観念したのか、もしくはこれ以上はぐらかしても時間の無駄だと判断したのか、シアナ────第三王女フェリシアーナは、一度溜息を吐いてから、目つきをロッドエル伯爵家のシアナの目から第三王女フェリシアーナの目つきへと変化させ、目つきだけでなくそれ以外の雰囲気なども一変させて冷たい表情で言った。
「流石ね、フローリア・フローレンス……あなたの能力面での優秀さだけは認めてあげるわ」
「ルクス様に褒められたとあれば心から喜ぶところですが、あなたから褒められても全く嬉しくありません……ですが、あなたがルクス様の傍に居られなくなることは、喜ばしいことですね」
「さっきもそんなことを言っていたけれど、私がルクスくんの傍に居られなくなることなんてないわ」
「いいえ、あなたはもうルクス様の傍には居られません……何故なら、私があなたの正体をルクス様に告げるからです」
それを聞いたフェリシアーナは、驚いた表情をしたりはせずにただただ冷たい表情を浮かべるだけだった。
そんなフェリシアーナに、フローレンスは言う。
「ですが、ルクス様の優しさを見習い、あなたのような人間にも選択肢を与えて差し上げたいと思います……あなたが、もう二度とルクス様に関与しないと書面に残した上でルクス様の元を去ってくださるのであれば、あなたの正体が第三王女フェリシアーナ様だったということは、ルクス様に告げないで差し上げます……当然、二度とルクス様に関与しないというのは、シアナさんとしてだけではなく、第三王女フェリシアーナ様としてもです」
「……私が断ると言ったらどうなるのかしら」
「その場合は、あなたの正体をルクス様にお伝えし、ルクス様に自分のことを偽っていたことを知られ、ルクス様があなたに失望した上で第三王女様にはルクス様の元から離れていただきます……ですがご安心ください、今後ルクス様のことは私がお守りいたしますから」
それを聞いたフェリシアーナは、小さく笑いながら言った。
「守ると言ったのかしら、あなたがルクスくんのことを?」
「はい」
「────無理ね、あなたにルクスくんのことを守ることはできないわ」
「……聞き捨てならないお言葉ですね」
「事実だわ……あなたは甘いのよ、先日の三人の男子生徒の件、退学処分と爵位剥奪になったそうね」
フェリシアーナがルクス周辺で起きたことを把握していることは想定内のため、フローレンスは特に驚かずに言う。
「えぇ、その通りです」
「でも、その程度じゃ甘いわ……もしその三人の男子生徒が、ルクスくんに逆恨みしてルクスくんに危害を加えたら、あなたはどうするつもりなのかしら?」
「私は、彼らがそのような気にならぬように、言葉によって精神に釘を打ちました」
「それが甘いと言っているのよ、命を奪わない限り、ルクスくんの身の安全は完全には確保されないわ」
「命を奪う、ですか────やはり、あなたには嫌悪感が絶えませんね」
そう告げた後、フローレンスは続けて言った。
「あなたは……その血に染められた手で、ルクス様のことを愛されるおつもりですか?」
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