第40話 宣告
馬車に乗ったフローレンスが向かったのは、ルクスと剣術で手合わせをしていた三人の男子生徒の中の、唯一ルクスと言葉を交わしていた男子生徒……ゾルマ・ゾルダンの屋敷前だった。
全員の屋敷を回る予定だが、やはり一番最初に向かうべきはあの三人の中でもリーダー格と思われるゾルマ・ゾルダンの屋敷だと思ったからだ。
ゾルマ・ゾルダンの屋敷前までやって来たフローレンスは────その屋敷を見て一つの瞬きもしない間に屋敷内への潜入口を見つけ、舞踏会用の仮面を付けるとその潜入口から屋敷内へ侵入した。
潜入口と言っても、本来は潜入のためにあるものではなく、避難時の脱出ようにあるものなため、外から見つけるのは容易なことではない。
では、どうしてフローレンスがこんなにも容易に脱出口もとい、潜入口を見つけられているのか。
それは────フローレンス家が建築を主としている家で、フローリア・フローレンスはそのフローレンス家の中でも凄まじい才を誇っているからだ。
フローリア・フローレンスは、王城などの国によって建造手段や建築意図が違うものでない建物の場合は、一目見ただけでその建物構造を完全に把握することができる……凄まじい才と、その才に負けないほどの努力を積み重ねた結果が、今のフローリア・フローレンスだ。
ということで、屋敷内に潜入したフローレンスは、ゾルマ・ゾルダンの居場所を見つけ、ゾルマ・ゾルダンの居る部屋の天井裏へと移動した。
「……予想外の誤算です」
ゾルマ・ゾルダンの居る天井裏へ移動したフローレンスは、そう呟いた。
予想外の誤算、それは────ゾルマ・ゾルダン以外の二人も、ゾルマ・ゾルダンと一緒に居たことだった。
「……誤算は誤算でも、嬉しい誤算ですが」
そう言いながら口角を上げると、フローレンスは天井裏から飛び降りる。
「とりあえず、あんな伯爵家のやつに負けたなんて噂が流れたら面倒なことになる、その前にあいつのことを────」
天井裏から飛び降りたフローレンスは、三人の男子生徒が居る部屋の床へ着地して言った。
「皆様、こんばんは……とても楽しそうなお話をしているようですね、是非私もそのお話にお招きください」
フローレンスがそう言うと、三人の男子生徒は驚いた反応をしながらその声の方を見た。
そして、フローレンスのことを見てゾルマ・ゾルダンが言う。
「か、仮面……?それよりも、だ、誰だお前!ここがどこかわかってんのか!?」
「えぇ、わかっています……いえ────ここがどこになるのかは、これからのあなた方の返答次第でしょうか……最も、ほとんど決定したようなものですが」
フローレンスがそう言うと、ゾルマ・ゾルダンでない男子生徒二人が言う。
「お前、状況がわかってねえのか?」
「そうだぜ、三対一で俺らに勝てるとでも思ってんのか?」
「本日、三対一で敗北なさったのに、まだ学習なされていないのですか?」
「てめ────」
男子生徒の一人がフローレンスに怒りの声をぶつけようとしたが、ゾルマ・ゾルダンがそれを止める。
「まぁ待て、この女が俺ら三人相手に勝てないとしても、もし俺らに何か恨みがあるんだとしたら俺らに奇襲して誰か一人に傷を与えることはできた……だが、それをしなかったってことは、この女は俺たちと戦いに来たってわけじゃないってことだ、そうなんだろ?」
「はい、その通りです……私はあなた方と戦いに来たのではありません、ただ一つだけお聞きしたいことがあるだけなのです」
「わ、わかった、答えてやる……なんだ?」
三対一という状況を強調した上で、話に応じたゾルマ・ゾルダンに対し、フローレンスはその浅はかさに呆れたが、それを口には出さず言う。
「はい、ルクス様についてどうお考えなのか、あなた方の考えをお聞きしたいのです」
「ルクス……?誰だよ、そいつ」
その発言に、思わず細剣を抜いてしまいそうになったフローレンスだったが、どうにかそれを抑えて言う。
「ルクス・ロッドエル様です」
「あぁ、あいつ確かそんな名前だったか……ロッドエルについてどう思うか、それを言うだけでいいのか?」
そう聞かれたフローレンスは、それに対して微笑みながら頷いた。
すると、ゾルマ・ゾルダンは表情を歪ませて言った。
「あんな間の抜けたようなやつが伯爵家なんて、この国の終わりも近いと思ったな……たまたま試験で良い結果を取って、たまたま俺らに木刀の模擬試合で勝ったからって調子に乗りやがって……あんな木刀のお遊びじゃこっちだってやる気になんねえんだよ、次は真剣であいつのことを切り刻んでやらねえとなぁ……そうだろ?お前ら」
ゾルマ・ゾルダンがそう言うと、二人の男子生徒はそれに呼応するように言う。
「あぁ……くくっ、路地裏とかで奇襲が良いんじゃねえか?」
「あんな間抜けならどこでも良さそうだけどな」
そう言って笑い声を上げた三人の男子生徒に、フローレンスは冷たい声音で聞く。
「それは……ルクス様の命を奪うおつもり、という解釈でよろしいのですか?」
そう聞かれたゾルマ・ゾルダンは、笑いながら答える。
「あぁ、あんな間抜けなやつなら、いっそのことそうした方がこの国のため────」
ゾルマ・ゾルダンが笑いながらそう続けようとした時、フローレンスは目に見えないほどの速さでゾルマ・ゾルダンの首元に添えた。
「ひっ……!」
自分の首元に細剣が添えられているのを見たゾルマ・ゾルダンは、顔を青ざめさせたがフローレンスはそんなことを気にせずに言う。
「怒りで危うく首を貫いてしまうところでしたが、きっとあの方はそのようなことを望まれませんよね……でしたら、やはりあの方がお認めになってくださる方法で対処することに致しましょうか」
フローレンスはそう呟くと、顔に恐怖を表している三人の男子生徒に告げた。
「明日、あなた方は今まで行ってきた数々の不正が明らかになって貴族学校はおろか、侯爵家の地位も剥奪されることになるでしょう」
「なっ……!?」
「どうぞ、ルクス様の優しさを無下にしたことを悔いて一生をお過ごしくださいませ」
「ま、待て────」
そう言い残してこの部屋から立ち去ろうとしたフローレンスのことを、ゾルマ・ゾルダンが止めようとしたが、フローレンスはゾルマ・ゾルダンの方を向いて冷たい笑みを向けながら言った。
「命があるだけ感謝なさってください……最初に、ここがどこかわかっているのかと、私にお聞きになりましたね……この場は今宣告の場となりましたが、私は今すぐにでもこの場を粛清の場としてもよろしいのですよ」
ルクスを侮辱されたことに対する怒りで、フローレンスが珍しく冷たい空気を放つと、三人の男子生徒は凍りついたように動けなくなり、背を向けて部屋を出ていくフローレンスのことを止めることは誰にもできなかった。
そして、フローレンス家の屋敷へ向かう馬車の中で、フローレンスは付けていた舞踏会用の仮面を取って呟く。
「ルクス様の優しさを理解できないだけでなく、ルクス様に牙を向けようとする人間が居るとは……」
フローレンスには、全く理解できないこと……そして、ルクスはそういった人間にすら優しさを発揮してしまう。
そして、その優しさのせいで悩まなくても良いことで悩んでしまう……それはとても見ていて苦しいもの────だが。
「ご安心ください……ルクス様のことは、私がお守り致します」
フローレンスは力強くそう誓い、フローレンス家の屋敷に戻ると明日もルクスと会えることを楽しみしながら眠った。
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