第34話 感情
◇フェリシアーナside◇
シアナは、フローリアのことを見ながら静かに怒りを覚えていた。
────何がこの約一ヶ月の間でルクスくんと仲良くなったよ、ルクスくんと全然会うことのできない私への皮肉のつもり?でも……やっぱり、この女を王族交流会の計画の警戒対象に入れておいて正解だったわ。
もしもフローリアのことを全く警戒せずにこの王族交流会の計画を立てていれば、シアナのルクスとフェリシアーナとして関係性を深める計画に支障をきたしていただろう。
「……」
シアナは、フローリアの真っ直ぐ自分の目を見てくる瞳を見ながら思う。
やはりフローリアは、ルクスと同じ明るい部分の人間というだけではなく、しっかりと暗い部分も持ち合わせている人間。
いざとなれば手段を選ばない────こちら側の人間。
────誰であろうと、私とルクスくんの関係を邪魔なんてさせないわ……ルクスくんの幸せを考えれば、この世で最もルクスくんのことを愛している私以外に、ルクスくんと結ばれてもいい人間なんていないのよ。
◇フローレンスside◇
フローレンスは、シアナのことを見ながらあることを確信していた。
────私の予想通り、第三王女様は、ルクス様のことを特別視しているようですね……私のことをルクス様のお友達と断定することで、私のことを威嚇……第三王女様らしくもない、やや感情的になっている部分が見て取れます。
フローレンスは考える、もし自分がルクスとの婚約を希望していることを伝えれば、シアナはどんな反応をするのか。
「……」
フローレンスは、シアナの真っ直ぐ自分の目を見てくる瞳を見ながら思う。
シアナからは、自分が嫌いな偽っている人間特有の雰囲気を感じる、と……そして同時に、そんな人間をルクスに近づけたくない、とも。
シアナはいざとなれば暗いことも平然と行う────王族の鏡。
────王族としてその才を発揮なされるのであればそれはご自由ですが、ルクス様のような綺麗な方の傍にあなたのような方を置くわけにはいきません……ルクス様の綺麗さは、私がお守りします。
◇ルクスside◇
……少しの間沈黙していた二人だったけど、先に口を開いたのはフローレンスさんの方だった。
「第三王女様、以前は名乗ることができなかったので改めて名乗らせていただきます……私は、公爵家のフローリア・フローレンスと申します」
フローレンスさんが穏やかな表情でそう名乗ると、フェリシアーナ様は落ち着いた表情で頷いて言う。
「知っているわ、あなたの家は主に農業と建築、衣類を生業としているのでしょう?」
「まあ、第三王女様が私のような矮小な存在を存じていらしたとは、恐縮です……それとも、私のことを存じているのには何か特別な理由があるのでしょうか?」
「どんなものを特別な理由と呼べば良いのかしら?」
そう聞かれたフローレンスさんは、一度僕に視線を送ってから少し沈黙すると、首を横に振って言った。
「いえ、出過ぎたことを申しました」
「そう」
その後、少しの間沈黙が生まれると、フローレンスさんが僕に言った。
「ルクス様、長い間私たちだけでフェリシアーナ様と会話していては、他の方がフェリシアーナ様と交流できないので、私たちはそろそろ他の場所へ行きませんか?」
全然フェリシアーナ様と話せてないからもっと話したい……けど、そんな欲張りを言ったらダメだ。
「そうですね……わかりました」
◇バイオレットside◇
ダンス会場二階の裏手から、黒のフードを被ったバイオレットが王族交流会に参加している人たちには見えないように潜んでいた。
今回のバイオレットの任務は、シアナとシアナ周辺のことを見張ることと、あと一つあった。
シアナのことを見るというのは、そのあと一つの役割を果たすためでもあった。
「遠目なのでわかり辛いですが、屋敷の自室に帰ったらお嬢様からフローレンス様への怒りのお言葉を長々と聞くことになりそうですね」
そんなことを呟きながらも、ルクス以外のことでは感情的にならないシアナが感情的になっているのを見られるのを、バイオレットは少しだけ嬉しいと感じていた。
「そろそろでしょうか……」
────バイオレットがそう呟いた直後、バイオレットの予想通り、シアナはバイオレットに対して視線を送った。
「フローレンス様は、間違いなく難敵……ですが、本日はお嬢様にロッドエル様のことを譲っていただきます」
一人そう呟いたバイオレットは、楽器を持った人物たちの前に立っている指揮者に合図を送り、ダンス会場はさっきまで流れていた音楽とは違う演奏で満たされた。
────そして、その直後、会場に居る王族関係者や生徒たちが、まるで全員で円を描くように動き始めた。
これは、事前に状況に応じてバイオレットが指揮者にどの演奏をするのかの合図を送り、その演奏に合わせて王族関係者にどう動けば良いのかまでを事前に指示していたからできたことである。
そう、バイオレットのもう一つの役割は、状況に合わせてシアナとルクスがこの王族交流会で二人きりになれるよう状況を作ること。
「王族交流会という舞台上、フェアではありませんが……お嬢様にとっての貴重な機会ですので、どうか邪魔はなさらないでください」
ルクスの後ろに立っていたフローリアがその円によってルクスから引き離されるのを見てから、バイオレットはシアナの方に視線を戻した。
◇フローレンスside◇
────数分前。
フローレンスがルクスに他の場所へ行こうと提案し、ルクスがそれに頷いたのを見て、シアナは言った。
「いいえ、他の人はみんなまだ他の王族関係者と交流しているみたいだから、私たちがこのまま交流していても問題ないわ」
「え……?」
ルクスはそのシアナの言葉に困惑したが、周りを見ると確かに他の生徒たちはまだ王族関係者と交流していたため、それに小さく頷いた。
が、フローレンスは言う。
「そういうわけにも参りません、他の方達は私たちが第三王女様と交流しているから気遣いをしてまだ第三王女様と交流なされようとしていないだけという可能性もあります」
「そんなことを考えていたら交流なんてできないわ」
フローレンスは、どうにかしてルクスのことをシアナから離したかったが、当然シアナはそれを許さない。
────そして、シアナが一瞬ルクスでもフローレンスでもないどこかへ視線を向けると、ルクスの後ろに立っていたフローレンスは隣から人が歩いていることに気づき咄嗟に横に足を進めたが、その反対からも人が来ていて、それを避けるためにさらに横に足を進める。
ルクスの背中が少しずつ離れていく。
「ルクス様……私は、あなたと────」
離れていくルクスの背中を見て────フローレンスは、生まれて初めて焦燥感を覚えた。
「この、感情は……」
フローレンスは、確かに今までもルクスに好意を抱いていた。
それは友情と呼ぶにはどこか物足りない好意……フローレンスはルクスに婚約したいと伝えていたが、その時の感情はまだ愛情と呼ぶにはどこか淡々としていて、落ち着きのある好意────だった。
そう……今この瞬間まではそうだった────が、今この瞬間、ルクスが自分から離れていく感覚を体験しながら、フローレンスはその好意が、ただの好意では無くなっていくのを感じた。
胸に手を当て、見えなくなっていくルクスの背中へ向けてその感情を言葉にする。
「ルクス様────私は、あなたを愛してしまったようです……今までもルクス様に抱いたことのない感情を抱いたことはあり、私はそれを愛情なのだと思っていました……が、それはあくまでも好意に過ぎなかったのですね……今抱いているこの感情が、この私だけの感情が、愛情────その方のお傍に居たいと願う気持ち……辞書で引くのとは全然感じ方が違い、人によって形から大きさまで違う私だけのもの……今はまだ届かないようですが、いつかルクス様にこの溢れ出そうなほどの愛情が伝うことを願います」
そう言葉にしたフローレンスの表情は、いつも通りとても優しく穏やかだったが────今までとは違い、愛情をも感じることのできる笑顔だった。
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