第7話 入学式前日の夜
貴族学校に通い始めるまで、あと一日。
あと一日と言っても、今はもう夜だから今から眠って起きたらもう入学式だ。
楽しみも不安もあるけど、やれることはやったからあとはその時が来るのを待つだけ。
天井のランプは灯さずにテーブルランプだけ灯し、ぼんやりと窓の外を眺めているといつもよりかなり小さくドアがノックされた。
「誰?」
僕がそう問いかけると、ドアの先からは聞き馴染みのある声が聞こえてきた。
「シアナです、ご主人様、起きていらっしゃいましたか……すみませんが、少しお時間よろしいですか?」
「うん、いいよ」
ノックが小さかったのは、僕がもし寝ていた場合に起こさないようにするためかな。
僕がシアナの気遣いを感じていると、シアナはゆっくりとドアを開けて僕の部屋に入ってきて、僕の座っている椅子の前まで来た。
「こんな遅い時間にシアナが僕の部屋に来るなんて珍しいよね、もしかしたら初めてじゃない?」
「時々、もう少し遅いご主人様が絶対にお眠りになられている時間に、ご主人様のお顔を拝見させていただくことがあります」
「そ、そんなことしてたの?」
僕が動揺しているのを見ると、シアナは小さく微笑んだ。
そして、窓の方を見ながら言う。
「本日も、ご主人様がお眠りになられているかと思いましたが……いえ、ご主人様がお眠りになられていることを私が望んでいるのであれば、いつも通りもう少し遅い時間に来れば良かっただけ……そうしなかったのは、きっと私がこうしてご主人様とお話させていただきたかったから、なんでしょうね」
「僕と……話したかった?それが、シアナが僕の部屋に来た理由?」
「はい……お話したかった、というよりはお傍に居たかったんです」
「僕の傍に……」
シアナが僕の部屋に来た理由を話すと、続けて僕の目を見て秘めていた言葉を話し始めた。
「ご主人様は明日から、貴族学校に入学なされるんですよね?」
「うん」
「そうなると、明日からはもう、こうしてご主人様とお話できる機会も減ってしまうかもしれません……つまり、私は……寂しい、んです」
形式上僕の従者であるシアナが、寂しいということを僕に言うにはかなりの強い気持ちがないと言えないはずだ。
つまり、それだけシアナは本当に今寂しがっている。
「シアナ……確かに明日から僕は貴族学校に通い始めるから、日中は話せることが少なくなるかもしれない……でも、その分夜にたくさん話せば良いし、きっと勉強面で僕だけじゃ難しいと感じる時もあるだろうから、シアナの手が空いてる時は、僕に力を貸して欲しい」
僕がそう言うと、シアナはその宝石のように綺麗な青の瞳を輝かせて言った。
「私の手は、ご主人様のためにあります!なので私の手が必要な時は遠慮なくいつでもおっしゃってください!」
「うん、ありがとう、シアナ……今日はもう遅いから、シアナも早く寝てね」
「はい!失礼します!」
そう言うと、シアナは僕に一礼して僕の部屋を出て行った。
どこか不安を抱いていた僕だったけど、シアナのおかげでそれも無くなって、心置きなく眠ることにした。
◇シアナside◇
自室に戻ったシアナは、さっきのルクスの言葉を思い出して口元を緩めていた。
そして、そんなシアナのことを見て、シアナの部屋で待機していた黒のフードを被った長身の少女は少し呆れた様子で聞く。
「お嬢様、ロッドエル様に何か嬉しいことでも言われたのですか?」
黒のフードを被った少女はシアナに部屋に待機するよう命じられていたため、いつもとは違いルクスの部屋で行われたルクスとシアナの会話内容を知らない。
「言われたっていうか、相変わらずルクスくんは優しいっていうか……はぁ、早くメイドとしてじゃなくて、フェリシアーナとしてルクスくんのことを愛してあげたいわ」
「そして、そのための第一歩となる明日の入学式は順調、ということでしたね」
「えぇ、この数日間メイドとしてルクスくんと距離を縮めることじゃなくて、明日の貴族学校の入学式で第三王女フェリシアーナとしてルクスくんと距離を縮めることに全ての神経を注いだわ」
メイドとして距離を縮めるのは今じゃなくてもこの先いくらでも機会はあるが、フェリシアーナとしてルクスと距離を縮められる機会は限られているため、シアナはこの数日間を全て明日の貴族学校の入学式のために使った。
「お嬢様がそこまで熱心にお考えになられたのでしたら、それが失敗することはないですね」
「そうね……もし失敗するとしたら、要因は一つだけよ」
「一つの要因……でしたら、そちらは私の方で対処させていただきます、その要因というのは?」
シアナは少し間を空けてから言った。
「……緊張よ」
「……はい?」
シアナの回答に困惑した黒のフードを被った少女に、シアナは慌てた様子で言う。
「だって、明日は第三王女フェリシアーナとしてルクスくんの前に出る、幼少期を除けば初めての機会なのよ!?しかも、王女として出るということは私はいつものメイド服じゃなくてきっと正装のドレス……ルクスくんにそんな姿を見られると思っただけで緊張するのに、しっかりと向かい合って話すってなったらきっと私は心臓の鼓動が落ち着かな────」
黒のフードを被った少女は、延々と緊張する理由を話し続けるシアナのことを見て一度ため息を吐きながらも、楽しそうなシアナのことを見てどこか微笑ましく思っていた。
────そして、貴族学校の入学式当日はやって来る。
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