第6話 大人気ない初配信前夜(6)

「‥‥‥と言っても元素の話か。どこから話せば良いんだ?」


「元素ってか魔力と龍脈からじゃない?アタシたちの時代でも知らない人間たくさんいたし」


 エリカは言いながらボードを回転させ準備万端だ。


「そうだな、俺だって分かっていないが。まず魔力はこの星そのもの、または虚月と龍月から生み出されると言われるが詳しいことは不明だ、逆にこの時代で判明しているか?」


「いえ全く。重力と近しいものですな」


 セバスチャンが質問に答えつつ出したその例えに納得したアスティマは「重力か、確かにな」と呟いた。


「その他、魔力は命あるものの精神からも生み出される。これは精錬魔力とも呼ばれるが精神に蓄積される融和魔力と一括りにするかどうかの議論が決着しておらず、正直俺は呼び分けは不要派だった。だが精神に魔力が蓄積しなくなった今も命から魔力は生まれ続けているとなると、呼び分けが正解かもな」


 この説明を受けてエイトやキスリラは相当に渋い顔をしたがエイトの「難しい話ですけどギリギリ理解できますね」との一言でアスティマは安心して続ける。


「さらに精錬魔力は体の貯蔵量を超えるとゆっくりと発散され、これを余剰魔力と呼ぶ。これら全てを一まとめに融和魔力と覚えてもあまり支障はない。精神から生まれたこの余剰魔力はどうやら少しだけ「重い」らしく徐々に龍脈に沈んでいく。また自身から生じた魔力による魔力酔いはあまり起こらない」


「生きてて自然と生まれる魔力で魔力酔いになったら、魔力が体に溜まらない今の人は問題なくても昔の人は大変ですモンねぇ‥‥‥ん?あまり、起こらない?」


 アスティマの話にエイトが疑問を呈する。


「一応、起こる。だから体調不良を感じたら魔法を使う習慣のある者はそれなりにいたぞ」


「うわぁ~それが魔法全盛期の日常の風景なんですね。時代の移り変わりを感じますねぇ」


 エイトが染み染みと言う。その間もエリカかが「これあんまり覚えなくても良いけど一応ね~」と言いながらせっせと魔力の解説を書き出していた。


~こんなにある魔力の種類~


魔力──魔法に使う未知のエネルギー、便利


血中魔力──血に溜まる魔力、消失

融和魔力──精神に溜まる魔力、消失

生体魔力──生命を形作る魔力、魔族に多し

浮遊魔力──空気中に漂う魔力の総称

循環魔力──龍脈を巡る魔力、無属性

放出魔力──魔法で発散された魔力、無属性

定着魔力──モノに宿る魔力

精錬魔力──精神が生み出す魔力

余剰魔力──生命から溢れて龍脈に沈む魔力


結論──ぜんぶ魔力と覚えてヨシ!!


「エリカ、ご苦労。では続けるが余剰魔力には追尾性があり、龍脈に沈んでも溶け合うことなく龍脈の流れに乗って執心する対象を追う。その性質は古くから祈祷や呪術に利用されエリー‥‥‥エレノアも俺を帰還させるためにこの仕組みを利用した」


「そういうことなんですね!正直アマリリス様のお話は雰囲気で聞いてました」


「呪いと聞くと恐ろしい気もしますね、生霊だとかそういう話も起こり得るように感じますし」


「ホントですね!!こわっ!!」


 レナ、エストリン、キスリラが思い思いの感想を述べていたがアスティマは頷きつつそのまま話を続ける。


「そして龍脈だが、これは血管のように星を巡っているものの目には見えない。また龍脈を流れる循環魔力は元素と結び付いていないが、そこに潜む余剰魔力は別だ。人の情熱を帯びていれば火の魔力、人に明かせぬ感情から生まれれば闇の魔力といった風に龍脈の中でも属性と独立性を保ちながら、似た性質の魔力同士で結びつく」


「この辺はあまり覚えなくても良いわね、もしかしたら役に立つ時が来るかもしれないから、何かあった時にうっすら思い出せれば」


 エリカが要点だけを板書しつつそう言う。確かに魔力などその危険性だけ認知していればあとは「何となくある便利なもの」程度の認識でも問題ない。


「次に龍脈そのものについての補足だ。龍というと火に関係がありそうだが龍が発見したからそう呼ばれているに過ぎない。それまでの知性体は単に魔力はその辺に漂っているものと考えていたかもな。その認識であまり問題はないが、実際には場所によって魔力の濃度が違い、魔力は地面の奥底から噴出していると龍が突き止めた。噴き出す場所はある程度決まっておりそれを龍脈の源泉と呼ぶ。この家も源泉の上に建っている」


「へぇーこの家ってそうなのかぁ」


「知らなかったねぇ、エイト」


「そりゃそうだね、隠してたんだから」


 少しとぼけたことを言うエイトとレナにヘンリーが的確な返しをしている間にエリカは新しいホワイトボードへ今の話を板書する。


「源泉から吹き出した魔力は元素と結び付くことで属性を得る。そのまま地に根ざして土の魔力に、光を浴びて光の魔力に、風に吹かれ風の魔力に、水に溶けて水の魔力に、熱を帯びて火の魔力に、闇に沈み闇の魔力にという具合に」


「あれれ?龍脈が地の底にあるならこの世界には土の魔力が一番多そうじゃないですか?」


 エイトが当然と言えば当然の感想だが実に良い指摘をした。


「そうだぞ?だから土の属性を扱う者がもっとも魔力の収集効率に優れる。昼間なら光や火の属性、夜なら闇が有利になる。土や風の属性の者は屋内戦が不利だ。もっともこれは事前に溜め込んだ魔力が尽きた場合の話だな。昔は火の魔法を使う者は暇があれば「火浴み」をしていたが、今の時代だとそれも無意味で火の魔法使いは厳しいだろうな」


「火なんてその辺にあるモノじゃないですもんね、今の人は魔力を蓄えられないのに。よく考えたらすごく不便じゃないですか?」


 キスリラが質問する。他の者も口々に言葉を交わしていて、この辺りに関しては皆わりと知らないようだった。


「ああ、不便だろうな。要は魔力がある程度の熱を帯びれば火の魔力に変質するのだが、夜や寒冷地では殊更だ。恐らくこの時代の使い手ははじめに別の属性の魔力で簡素な火の魔法を使い火を起こすのだろう。無論これは魔力酔いや効率などあらゆる観点から良くない。そう言えばこの中に火の元素の者はいないのか?」


「一応はエイト、レナ、キスリラが扱いますがメインではないというか‥‥‥」


 ヘンリーが三人の名前を挙げた。名前を挙げられた者同士で目配せして女子二人の圧力に屈したようにエイトが手を挙げる。


「え~と、僕はですね、練習してた時に寒い日や夜は火の魔法がうまく使えないなぁくらいの認識で、どうしても使いたい時はライターとかガスマッチで火を起こすと使えたりするし、そうまでして魔法の火を使いたい場面がなくて。法律上も魔法自体無闇やたらに使えないし深く考えてなかったです」


 エイトが分かりやすく己の認識を共有してくれた。アスティマにはこの時代では当然だろうという納得感しかない。


「そうだろうな、しかしメインじゃないって言い方だとその三人は複合属性、マルチエレメンツか。流石だ」


「いやぁ~‥‥‥少なくとも僕はアスティマさんの想像するマルチエレメンツの人と比べたらただの器用貧乏だと思いますけど」


「そう言えば前々から気になっていたのですが、ライター一つで魔法の発動の可不可がそんなに変わるんでしょうか?」


 エイトの自信なさげな自己申告の後にエストリンが疑問を投げかけてくる。


「火の元素は魔力と結び付く速度が速い、そして延焼するかの如くかなり広範囲の他の魔力まで火に染めていく。だから火の使い手は文字通り一度火がついたら手が付けられなくなるイメージだ。龍なんてすぐ調子に乗る」


「うわぁ~‥‥‥僕は火の魔法使うのにそういうのあんまり知らなかったですね」


「エイト様、現代では強力な火の魔法など使い所はありませんので、それも当然かと」


 なぜか申し訳なさそうなエイトをエストリンがフォローしていると、何か考え込みながらエスティアが首を傾げた。


「あれ?でもそのお話を元に考えると例の騎士狩りの人ってよっぽど強いんですかね?魔力が溜められないこの時代に火の魔法で戦うとなると、まず周囲を炎で包まないと効率良く火の魔力を吸収できない、それなら闇討ちも難しそうです」


 講義に集中しているアスティマにエスティアの話は盲点だった。


「騎士狩り‥‥‥そう言えば火の魔法を使うのだったな。魔力を蓄積する道具でも持っているんじゃないか」


 アスティマの推察を聞きヘンリーが眉間にシワを寄せ低く唸った。


「その可能性は高いですが、魔法に関連する道具はどれも相当高価な上に購入制限を設けられている点が気掛かりですね。殺害した騎士からメダリオン・ジェネリックを奪っているのかもしれませんが、あれは中の魔力が尽きると聖教会に送って魔力を補充してもらう仕組みなんですよ、その補充法が世に出ていません。それほど厳しく管理されています」


「この時代は戸籍も国家間の移動も厳しく管理されているのに世界中で騎士が狩られてるんだろ?わざわざ火の魔法の痕跡を残すことから思想的なものも感じるし、集団の犯行に思えるが‥‥‥そうなるとボロを出さない優秀な奴ばかりという話になるな。まぁ騎士狩りの正体は今は気にしても仕方ない」


「そうですね、雲を掴むような話です」


 ヘンリーが頷きながら言う。アスティマも騎士狩りについて興味がないわけではなく「教会の内部抗争」を含め様々な可能性を考えているが、どれもいまいち辻褄が合わない。この話をしている間もエリカはまた新たに情報を整理していた。


龍脈──地の底にあって血管のように星を巡る魔力の川。目には見えず流れている循環魔力は無属性、ただしその中に潜む余剰魔力は属性を持つ。龍脈から魔力が噴き出す地点を龍脈の源泉と呼ぶ。


元素──別名エレメント、火・水・土・風・光・闇を合わせて六大元素と呼ぶ。人はいずれかの元素を宿して産まれその属性の魔法への適性を持ち、複数の元素を宿す者をマルチエレメンツと呼ぶ。元素は人格と相互作用するという説がある。魔力は元素と結びつくことでその性質を宿す。


「そう言えば元素と人格の話はしていないか。俺はいまいち信用してないからな」


「そう?火の魔法使う奴はみんな暑苦しかったし風は掴みどころなかったし土は地に足ついてたしアンタは暗いケド」


「あ?なんだと?俺は思念体なら女子供だろうと容赦なく叩きのめす男だとさっき学ばなかったのか」


「きゃーこのオジサンこわーい」


 アスティマはまだ言い返そうとして、ふとその場の皆の顔を見て心を落ち着けて下らない言い合いは自重した。


「まぁ良い。魔法の基礎知識はこんなところか?」


「無属性」


 エリカがボソッと囁いてきた。自分の話を忘れるなという圧力だろうか。


「ああ‥‥‥エレメンタレスか。いや俺も詳しく知らないが何が凄いかだけ話すか」


「そう、アタシのスゴさをね」


「まず魔力を用いて現象を引き起こした場合、使用された魔力は空気中に飛散しこれを放出魔力と呼ぶ。それは循環魔力と同様に無属性の魔力であり、しばらくの間は元素と結び付かず各属性の魔法を使うためにはあまり役に立たない魔力だ。ところが無属性の魔法は放出魔力を用いて効率良く発動できる上に強力なものが多い‥‥‥それくらいしか分からん」


 アスティマは知っていることについて話したが、そもそも元素と結び付いていない魔力に何故そこまで強大な力があるのかという肝心の部分は理解していないので説明のしようがなかった。


「いやはやそれは凄いですな、放出魔力で魔法を使えるのなら魔法が飛び交う戦場ではまこと強力無比でしょう。魔法を撃ち合う場では放出魔力の濃度が極めて高くなり、元素の魔法を使う人々はすぐ魔力切れに陥るはず」


セバスチャンをはじめ皆が感嘆し、エリカはフフンと得意気に胸を張っていた。


「そう、エリカは魔力酔いへの耐性も高いので事前に蓄えた魔力が尽きても魔素吸引を繰り返し強力な魔法を連発する、しかもアンとは別々の魔法を扱えるというおまけ付きだ」


「ええぇぇぇぇぇーーー!!!つよっ!!!」


 エイトが特に大声で驚いていたが他の皆も驚いていた。エリカの秘密というよりエイトのデカ過ぎる声に驚いたのかもしれないが。


「ちょっと、乙女のヒミツを軽々しく明かすんじゃないわよ」


 エリカに凄さを喧伝しろと言われたから話したのに文句を言われた。どうやらアンと別々の魔法を使う部分は乙女のヒミツらしい。


「他に何か質問はあるか?」


 アスティマがエリカを無視して皆を見渡すと意外なことにセバスチャンが挙手したので発言するよう促す。エリカには蹴られた。


「恐れ入ります、天脈という言葉を耳にしたことがあるのですがそれはなんでしょう?」


 ヘンリーやジェシカは「確かに」と言うように頷いていたが他の者はピンと来ていない様子だった。


「良い質問だ、天脈も謎が多いな。空にある龍脈と考えて良い。虚月と龍月に何かしらの影響を受けて存在しているが龍脈と違い絶えず変化し流れが読めない、俺の知識もその程度だ」


「ほほう、アスティマ様にとっても謎の多いものなのですか、何やら安心いたしました。ご回答ありがとうございます」


「はい!魔法と魔術の違いはなんでしょう」


 次に質問したのはレナだった。また大人たち含め皆が「言われてみれば」という顔をしている。 


「それも良い質問だな、その違いは大戦時代でも理解していない人間が大勢いた。なぜなら厳密な定義がないからだ」


「えっ!?ないんですか!?」


「元々は地域による呼び方の違いじゃないか。俺は戦闘中に一から使えるものが魔法でそうでないものは魔術と呼び分けているが、別にそこまで気を使ってもいない。全部魔法で良い」


「しかしそれなら確かに分かりやすいですな」


「ありがとうございます、モヤモヤが晴れました」


 セバスチャンもレナも納得した様子だが、アスティマとしてはそこまで良い回答をできたつもりもない。


「そうか?では次」


「はい!詠唱ってなんでしょうか?」


 質問したのはキスリラだったが、これもまた周りも興味がありそうな反応だった。


「良い質問‥‥‥これ最初に褒めたら全員に言わないといけない雰囲気になったな」


「何を細かいコト気にしてんのよ」


 エリカはそう言うがアスティマにはある思い出があった。


「いや、アードリアン・アダムスキンって教師いたろ?あのジジイ「実に良い質問だ」ってのが口癖だったのに俺の時だけは頑なに言わなかったんだ」


「あっ!!アンタそれ言ってたわね!!まだ覚えてたの!?何百年経ったと思ってんのよ!?」


 この話を聞いて他の者はなぜか笑いを堪えていた。別段面白い話だとも思わず、笑いたいなら笑えば良いと感じるアスティマにはよく分からない反応だった。


「話が逸れて悪かった、詠唱は魔法の補助だ。言霊によって魔力の消費を抑えたり効力を増大させる。基本的には古い言葉を用いるが、少し工夫すれば活用語でも効力を発揮する」


「へー!必ずしも古代言語みたいなのじゃなくて良いんですね。詠唱に関する知識って僕はすごくふわっとしてましたね」


「私もそんなに知らないです」


 エイトとレナが言うことは当然と言えば当然だった。


「詠唱は元々実戦じゃあまり使わないから知らないだろうな。例えばエリカがアリス・シンドロームとかアリス・イン・ワンダーランドと言ってるがあれも古語ではないし、その一言の余裕もなければ無言でサッとやる。エリカのやつの効力は発動時の魔力消費軽減や結界の強度増強だな」


「でもアンタは敵に攻撃されながらずっとブツブツ言ってられるから良いわよね」


「例外中の例外だな。詠唱は元々がそんなものなのに現代では魔素吸引、魔法印起動から即座に魔法発動だろ?魔力の消費を抑えるも何も魔力は使い捨て、詠唱している時間にも魔力が抜けていく、全くとは言わないがほぼやる意味がない」


「確かに現代では魔力を補助する道具を持っていてようやく意味のあるものですね」


「だが現代の殺し合いとなると銃もあるし厳しいだろうな。さて、まだ何かあるか」


「はい!!メダリオンで魔法使えるのってそもそも何ででしょう?だって使う人と中の人の魔法印の形は違いますよね?」


 エイトがやたらと元気に質問してきた。全体的にまだ英雄二人に気後れしていそうな面々の中にエイトがいて良かったとアスティマは内心安堵する。


「これも良い質問だな。ちょうどお前がさっき言っていた「魔法印のある部位が損傷したらすぐに他の部位に移すなんて真似はできない」と言う話、あれは間違いではないが手練れの連中はやれるんだ。つまりどういうことか分かるか、エイト」


 少し回りくどい言い方をして質問を返したが、エイトは少し考えてすぐにピンときたようだ。


「‥‥‥ひょっとして英雄の人たちはほんの一瞬で別の人の体に自分の魔法印を構築して魔法使ってるってコトですか!?」


「恐らくそうだ、それができるような連中が選ばれてる。ただ簡単ではないから効力は多少なりとも弱まっているはず」


「へぇー!!そうだ、もう一ついいですか!大戦時代の強い人たちは魔法何個くらい使えたんですか!」


 エイトがまた質問してきた。一番楽しそうで大変微笑ましい。


「例えば俺が所属した聖者の影なら、一人で平均を引き上げる奴らを除外すると五つか六つだな。メインは二つで他は補助」


「メインが二つですか、やっぱりどんなに強力な魔法を習得していても一つだと戦い抜けないんですね。それでアスティマ先生はどんな魔法を使っていたんですか!」


 いつの間にか呼び名が先生になっている。可愛い。


「え、エイト、それって本当に聞いちゃって良いのかな?プロの強さの秘密なんて部外秘というか極秘というか‥‥‥」


 ウキウキしているエイトにレナが待ったをかける。思慮深い娘だ。


「レナ、俺の力のことは俺を殺したい奴ほど良く知っていた。仮に今もそういう輩がいるとして、どうせ知っているから構わないさ」


「魔王や十二公なんてアタシたちよりずっと頭良いからバレバレだったわ。そんな連中でも再現できなかったのがアスの力なんだけど」


「それが一番気になります!!闇の魔法のエキスパートが魔族ですよね?火や水の元素を持って生まれても必ず根源に闇が混ざり合うって。そんな魔族よりアスティマ先生の方が強力な闇の魔法を扱うのはなぜなんでしょう?」


 見るからにワクワクしているエイトを見るとアスティマとしては少し話し辛いが、事実を伝えるしかない。


「分からん」


「えっ?」


 アスティマが正直に答えるとエイトはキョトンとした顔をする。他の者も驚いていた。


「それはねぇ、誰にも分からないのよ。強いて言うなら光が強いほど影も濃くなるみたいな?イーサンに誰よりも近付こうとしたのがアスティマだから‥‥‥なのかしらね」


「おお~!!格好良い」


 エリカの苦し紛れの推察にエイトが謎に感動していた。これだけ聞かされても納得できるか分からないと感じ、アスティマは軽く自分の境遇を話すことにした。


「まず闇の魔力を持って産まれる人間は約千人に一人で、闇の魔力だけを持って生まれる闇人(やみうど)は数万人に一人、したがって闇人が勇者の隣家に産まれることは稀だ。その上、俺たちの故郷の森には人に友好的な魔族の女性が住んでいた。俺は彼女から闇の魔法の基礎を教わったんだ。つまり俺は闇人としては極めて環境に恵まれたが、それが闇の力において魔王を上回る理由にはならない。もっとも俺はある一点で上回るだけで総合的に見て強いのは残念ながら魔王だが」


「僕はウィルおじさんの配信で知った単語ですけど、闇人って闇の魔力だけを持って生まれた人って意味なんですね」


「そっ、元々は闇奴(ダークスレイヴ)、この国だと「あんど」とも呼ばれ迫害を受けた人々ね。アスも小さい頃はしょっちゅう虐められてたわ、お父さんは高名な騎士だったから尚更ね」


 エリカのその告白に周囲がざわついた。流石にヘンリー、ジェシカ、セバスチャンは知っていた素振りだが若い世代は知らなかったらしい。


「そんな‥‥‥」


「世の常、でしょうな」


 レナは愕然とし、セバスチャンは苦々しい顔で呟いた。


「闇の魔法は魔族を傷付けられないのに人に使えば精神を除いたり操れたりするから、そうなった経緯は理解はできるわ。闇人は賊に身を堕とすか魔族に寝返るしかないって言われてたのよ」


 実際にそういう事実が積み重なっていたのだから仕方がないとアスティマ本人も感じていた。それはそれとしてあまりにもうるさい連中には大きな体格を生かして後々反撃したが。


「でもアスティマ先生って、そこから勇者様と並ぶ魔族最大の脅威まで這い上がったんですよね?魔族を傷付けられない闇の魔法で」


「そーね、人間だって無理矢理ご飯食べさせ続けたら死ぬみたいな、そんな感じのやり方で」


「‥‥‥もしかしてアスティマ様は魔力中毒を攻撃に転用していたのですか?」


 現に脱衣所で魔力を流し込まれたエストリンがすぐに鋭く切り込んできた。周りが随分と驚いているように見えたが、エストリンの発想に驚いたのかその手法に驚いているのかは分からない。


「半分正解だ、だがそこを詳しく話すと長い。まずはエイトが元々知りたがっていた俺の力の源についてだな。早い話がヴェリタストラートだ。魔法の究極を織りなす三位一体、虚空心理(アムニストレージ)、重層真理(ヴェリタストラート)、神理編纂(プロヴィデンストラーテ)の内の一つの」


「ヴェリタストラートだったんですね!名前だけは知ってます!」


「そもそもここの人たちは魔法の三位一体って知ってるの?」


「ええと、何となく」


「お二人にそう訊かれると返答に困る程度です」


 ジェシカとヘンリーが自信なさげに答える。この家に来て数日経ったが勇者一行の肩書きはやはり相当な圧力があるらしい。


「う~ん、説明する?」


「そうだな、かなり複雑だが‥‥‥」


「じゃあ、はい!」


 エリカはやる気満々に二つ目のホワイトボードの前に移動した。割と面倒な役回りだと思うがまだまだノリ気だった。


「思えばアンは学級長や生徒会の書記をやってたがお前も交代でやってたのか?」


「さぁ、どうかしら?」


「フッ、隠すことかよ。では、まず大まかに説明すると‥‥‥‥‥‥」


「虚空心理(アムニストレージ)は結界術、己の精神世界に対象を引き込む」


「重層真理(ヴェリタストラート)は自己暗示、己の存在を限りなく元素に近づける」


「神理編纂(プロヴィデンストラーテ)は魔力解放、世界を歪めるほどの魔力を解き放つ」


 アスティマの話した内容をエリカがホワイトボードに書き込んでいく。生徒たちが相槌を打つ様子を見るに、この基礎知識はやはり周知の事実のようだ。


「この三つが三位一体と呼ばれるのは大元は同じ技術である事と三すくみの相関関係による」


 この辺りの話になると若者たちは知らないように見えたがやはりこの屋敷の大人たちは知っていそうだ。


「アムニストレージは外界から隔絶される結界であるためにプロヴィデンストラーテの魔力解放をやり過ごす目的で使用される」


「プロヴィデンストラーテの放つ膨大な魔力はヴェリタストラートの自己暗示を打ち破る」


「ヴェリタストラートは強烈な自己暗示であり他者の精神世界であるアムニストレージの中でも自己を保つ」


 エリカがアスティマの説明ほぼそのままの文章と三すくみの相関図を書き込む。


「う~ん、ヴェリタストラートについてはふんわりとしか知らなくて、やっぱりイメージし辛いです。自己暗示で元素に近付くとはどう言うことでしょう?」


 エイトはやはりアスティマも想定していた部分が引っ掛かっているようだった。


「ヴェリタストラートは自己を強化する魔法の究極系、主に己が属する元素の持つ自身にとって有益な性質を自己の肉体に与える。極端な言い方をすれば魔法など全て思い込みの力だ、己のルールを世界に押し付けてそれを現実のものとする。どれも大元は同じ。手のひらから火なんて普通は出ないが出ると思えば出る、それが魔法だ」


「‥‥‥確かに火とか水とか風とか、常識で考えたら体一つで操れるワケないですよね」


「科学が発達し人々が物理現象の仕組みを理解してしまった今では、魔法の素養を持つ者が減ってしまったのも無理はないですな」


 エイトが納得しているとセバスチャンがさらに的確な補足を入れた。それはむしろ大昔の人間のアスティマやエリカには盲点となる話だった。


「魔法とは元素の持つ知性体にとって都合の良い性質を利用し最終的には融合することを目的として生まれた技法、そういう意味でヴェリタストラートは魔法の起源に最も近い。例えば火は火によって焼けず水は刃で斬れない、先人はその力を我が物としたかった。しかし道を極めた魔導士の中には自身を火や水そのものに変えてしまって戻せなかった者も大勢いる」


「こわっ!!!!えっ!?こわっ!?」


「それは何らかの比喩的な伝説ではなく事実だったのですか?」


 エイトだけではなくこの話にはヘンリー含む大人たちも驚いていた。確かに御伽話のように思えることかもしれない。


「俺の知り合いにもいたよ、腕だけ試して失った奴とかな」


「ほう‥‥‥やはり恐ろしいものですな、魔法とは」


「俺に話を戻すと、俺は闇の属性しか扱えないので当然闇の持つ性質をこの身に取り込んだ」


「闇の持つ性質ですか?え~と暗い、怖い、陰気‥‥‥」


「エイトエイトエイト」


 正直過ぎるエイトをレナが肘で小突いて黙らせた。


「アスは暗くて怖くて陰気ってことね」


 わざわざ言わなくて良いことをエリカがこれ見よがしに口に出してエイトをからかう。


「ここ言葉のあやです!!闇と言えば格好良い、果てしない、不滅とかですね!!」


「格好良いかは知らないがそうだな、不滅だ。俺は暗闇の中でその性質を最も色濃く宿し、決して死ぬことはない」


「すごい」


 途端にエイトの語彙が消失した。正直アスティマはこの場の人間なら薄々知っていそうだと思っていたがヘンリーも驚いていた。その中でキスリラとエスティアは何とも感情の読めない顔をしていた。


「ただ都合の良い性質だけを取り込むことは不可能だった。そのために光や火によって俺の力は減衰する」


「でも不死身だったんですよね?魔族に光の魔法が扱えないとしても火は扱えるのに」


「鎧だ。鎧の中の俺は常に闇に覆われている。だから傷付くことはない」


「うわっ!そういうことですかっ!!!」


 エイトに続き皆が感嘆の声を上げる中で、エストリンだけが何かを考え込むような表情をしていた。


「でも肉体と違って鎧は壊れるのではないですか?世界一の騎士の鎧ならば人類の技術と叡智を総動員したとは思いますが、あなたが戦って来た相手は恐ろしい敵ばかりのはず」


 エストリンの指摘は実に的確だった。実際、この家の住人が目撃した段階でアスティマの鎧は大きく破損している。


「お前の言う通りだ、だから対策を講じた。詳細な仕組みは流石に伏せておくがあの鎧は魔術的に俺の肉体の一部としてある」


「なんと‥‥‥鎧そのものを不死身の肉体の一部に変えてしまうとは‥‥‥」


 この話にもエリカ以外の全員が驚いていたが、常に超然としているセバスチャンも珍しく表情からハッキリと伝わるくらいには驚愕していた。まるで法の抜け穴のようなこの方法に驚くのは無理もないかもしれない。


「そしてこの鎧は硬さ以上に黒さを重視して造った。世界で最も黒くあらゆる光を吸収する鉱石とされたダークネスタイトをふんだんに使っている」


 エリカがホワイトボードに黒いペンでダークネスタイトを描いたが、ただの黒い塊でありこれは正直落書きでしかない。


「え~まとめると、闇の中で不滅のアスの肉体を傷付けるためには鎧を破壊しなきゃならない、でも鎧自体が肉体の一部で、その鎧はあらゆる光を吸収し常に闇の中にあるも同然。この堂々巡りがチカラのカラクリってわけね」


 ダークネスタイトの絵はいただけないが説明はきちんとまとめてくれた。


「因みに今あの鎧が壊れているのはその仕組みが破られたわけではなく、俺自身の意思で解除した時に攻撃を受けたためだ。終戦日まで防御は破られていない、その話はいずれな」


 別に黙っていても良かったが、最後にアスティマの負けず嫌いが顔を出した。


「うわぁ~そういうことかぁ。すっごいなぁ‥‥‥‥‥‥」


「でも闇の魔力を持って生まれる人が珍しいとはいえ、それこそ魔族に同じことを試そうとした人はいないんでしょうか?」


 エイトは素直に感心していたがレナの疑問は当然のものだ。齢十数年の人間が思いつくことを魔族が思い付かないわけがない。エリカが説明するつもりらしく、アスティマに向けて一度目配せをした。


「このやり方には根本的な問題があってね。不死身のカラクリはそれで良いとしてヴェリタストラートを使ってるワケだから普通は魔力が尽きちゃう。ところがアスは二十四時間ずっとヴェリタストラートを保ってた」


「ど、どうしてそのようなことが可能なのでしょう?」


 この中ではもっとも魔法に詳しそうなヘンリーも首を傾げる。


「アスは闇そのものを魔力に変換する魔法を使えるの、魔力と元素は「結び付く」だけであくまで別物なのに。そうなると闇なんて鎧の中に無限に生成されるから魔力は無限に尽きない」


「まるで永久機関のような‥‥‥魔王や魔戒十二公ができないそれをアスティマ様だけが?」


「闇の不変の性質を都合良く取り込んでいるから魔力中毒も起きないということですか?信じられません‥‥‥」


「いやはや、世界の頂点に至った方々はつくづくスケールが違いますな」


 ヘンリー、エストリン、セバスチャンが口々に感想を述べる。アスティマの素性を知っていても流石に信じられないと言った様子だ。別にアスティマの力を疑ってはいなくても、その力に目覚めた当時はまだ十代の若造と知っていればそうなるだろう。


「そうね、リンちゃんが言った通りの理由で魔法を使い続けても無事に済んでる。それができるアスは闇に誰よりも近付いた存在ってコトなんでしょうけど、なーんで魔王よりもアスがってのは永遠の謎ね」


「逆に魔王は何かしら掴んでいて俺の利になるので黙した雰囲気もあるな。俺自身がこの力の根源に気付いていないと看破していた」


「え?それが本当ならアスティマさんにはまだ伸び代があるということでは‥‥‥?でもこうやって話を聞く限りデタラメに強いのに、一対一に滅法強くて集団戦は苦手というのはなんででしょう?」


 エイトが先程のエリカの話も覚えていて尋ねてくる。


「それは全身の魔法印を常にヴェリタストラート一つに使っているからだな」


「えっ!?じゃあアスティマさんって一つの魔法だけで頂点に上り詰めたんですか!?でも闇を魔力に変換するとかは不死身とは明らかに別の魔法ですよね?」


「俺は周囲からは多彩な魔法を扱うように見えていたかもしれないが、厳密には一つの魔法しか使っていない。その一つで身を守り魔族にダメージを与え、他者の精神を操り闇を魔力に変えて、他の属性の魔法を模倣する」


「どう言うことでしょう?全然一つとは思えませんが。他の属性の魔法を模倣する?サラッとヤバいこと言ってません?」


「そこまで話しちゃっていいの?」


 エイトはまだ興味津々だったがエリカがさりげなく止めに入った。確かにこの話題はアスティマを敵視した者たちも詳しくはなく少し際どいかもしれない。


「そうだな、悪いが今の話はあまり気にしないでくれ。まぁそれで、一つの魔法の形を少し変えて大元が同じ技術であるアムニストレージもプロヴィデンストラーテも使えた。どちらも使う機会はほとんどなかったが」


「魔法の三位一体って一人につきどれか一つじゃないんですか!?」


「三すくみで負けないように強い連中は少なくとも二つは使えていた。そもそも俺が閉じ込められていた弥終の星はその三つ全ての複合魔法だったと思うぞ」


「魔王のは全部の合体技ですか!!ホントに究極魔法ですね!!?」


「いやはや魔王とは当然ながら恐ろしい存在ですな」


 全くもってエイトとセバスチャンの言う通り、弥終の星は正真正銘の究極魔法で、魔王はつくづく恐ろしい存在だったとアスティマは今でもそう思っている。


「三位一体全てを習得していても、それを同時に使える奴など魔王か龍の古老くらいだろう。俺はアムニストレージとヴェリタストラートは同時に使えたがあまり意味がなかった。プロヴィデンストラーテを同時に使えたら良かったが、それは理論上不可能と考えていた。この目で見た今も方法は分からない」


「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?!?良く勝てましたねそんな相手に!!」


「四対一に持ち込めたからな。四対一って普通に無理だよな」


 アスティマがそう言うとなぜか微妙な空気が流れた。

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