第6話 大人気ない初配信前夜(5)
「講義を始める前に一つ良いか」
「なんでしょう?」
アスティマには根本的な疑問があった。レナが首を傾げながら尋ねてくる。可愛い。
「お前たち全員が魔法を使えるんだよな?」
「それは‥‥‥一応です」
「使えると言って良いのか分かりませんが、魔法印と魔素吸引は習得しております」
アスティマの質問にレナとエストリンが答える。
「それなのに俺が基礎から説明するのか?聴いてる方も退屈じゃないか」
「まさかっ!!なんっっと贅沢なことかと!!我らの魔法などアスティマ様とは比較にもなりませんし、我流ですので」
「大戦時代の方から見れば我々の魔法など子供の遊びのようなかもしれません」
ヘンリーとセバスチャンはそう言うが、この二人は明らかに実力のわりに謙遜するタイプなのであまり信用できないというのがアスティマの率直な感想だった。
「本当にそうか?今の時代の方が魔法の習得は困難だったと思うが‥‥‥しかし穀潰しはとやかく言えん、よかろう」
「穀潰しではないです」
レナが強めに否定する、可愛い。しかしこの家に護衛などいらないことが今さっき判明したのでむしろまた一歩そこに近付いたのが現実だ。
「先程からプライドが高いのか低いのか良く分からない方ですね」
「リンさん」
またもエストリンをキスリラが宥めていた。エストリンは当たりが強い。しかしそのくらいがちょうど良いという意思表示のためアスティマがエストリンを見つめ微笑むと、エストリンは全身を震わせてキスリラにしがみついた。
「‥‥‥?では始めよう。まず今の世界で我々は魔法を自由自在には使えなくなった、理由は分かるな、ではレナ」
「は、はい!魔王の究極魔法の影響です!アスティマさんが閉じ込められていた魔法です!」
学院の授業のような形式と思わなかったのかレナは少し慌てながら答えた。
「そう弥終(いやはて)の星、魔王本人はフィーニスアストラムと呼んでいたな。あれが世界全土に影響を及ぼした。そのせいで血と精神に魔力が蓄積しなくなり、知性体に紐つく魔力としては生物の肉体の組成そのものに関わる生体魔力が残された。だが体の七割が魔力で形成されている魔族と違い、我々人間には生体魔力はほぼないに等しい」
「そーね、だから今の人間は魔法をロクに使えず、魔族は今もリスクを冒せばそれなりに強力な魔法を使えるってワケ。因みにアスが知性体って回りくどい言い方したのは、龍脈を巡る循環魔力や物品に宿る定着魔力とかは今もあるからね」
助手のエリカが補足するが、同時に彼女は周囲に背中を向け、二つ用意されたホワイトボードの片方に素早く今の説明を書き出していた。主な魔力の種類、地球、虚月、弥終の星の想定される位置関係から中に閉じ込められた人の絵、さらには『血中魔力・融和魔力』にバツ印をし『生体魔力・循環魔力・定着魔力』をマルで囲い、今はすでに人と魔族の絵に取り掛かっている。思っていたよりやる気だ。それを見た皆が「字と絵が上手い」と誉めそやしていた。
「生体魔力が存在する以上は今の我々も魔力が取り込めないわけではない、血や精神が穴の空いた瓶のようになってしまい魔力が入った側から抜けていく状態だ。だがここにいるお前たちは魔法を使える。それはなぜか当然理解しているな、エスティア」
「ままっ、魔素吸引ですね」
普段ほとんど話さないのでエスティアはレナより更に緊張していた。エリカがすかさず魔力が抜ける人の図解を追加する。
「そう、元々魔素吸引は自身に自然と蓄えられた魔力で補えないほど膨大な魔力を消費する魔法を使うための技法だったが、心身に魔力が溜まらない現代では簡単な魔法さえこの技術なくしては使えない。だがこの魔素吸引には問題がある、分かるか?キスリラ」
「はい!空気中から取り込んだばかりの魔力に体や精神はすぐには慣れないので、魔素吸引を繰り返して魔法を使い続けると魔力酔いを引き起こし、最悪の場合は魔力中毒になって命に関わります!」
エリカは話に合わせ魔力中毒の人やその主な症状を書いていく。
「正解、魔力への適応について厳密にはもう少し詳しく解説できるがその知識はあまり役に立たないので次に進むぞ。魔法を使うために必要となるのは魔力だけではないが、お前たちは当然それも知っているな?セバスチャン」
「それは当然、魔法印ですな」
アスティマは若い者ばかり狙うと見せかけてセバスチャンを指名してみたが、質問内容からして動じるわけもなく。
「そうだ。魔力と魔法印、この二つをもって我々は魔法を行使する。魔法とは古来より存在する儀式であり、元々人が魔法を使う際には魔法陣を地面や紙に刻んでいた。しかしそれではいつ何処でも魔法を使う魔族や龍には勝てるわけがない。奴らが自由自在に魔法を操るのはなぜか、先人がそれを研究し模倣した技術が魔法印だ」
アスティマの背後ではエリカが小さく鼻歌を歌いながら人体と血管の大まかな絵、魔法印のイメージ図のようなものを描いていく。ついでに小さくドラゴンも描いていた。
「魔族や龍を参考にした技術とは知りませんでした!」
「知りませんでした!」
魔法を使うにしてもあまり必要ない知識だからか、エイトとキスリラは知らなかったらしい。
「私は知ってました」
「‥‥‥わ、私も」
「じ、自分も」
エストリンとレナとエスティアは知っていたようだ。単に知らない二人の知識が不足していた可能性もあるがそれもまた良しとする。
「知らない者が一人二人でもいると教え甲斐があるな、だがお前だって魔法印がどんなものかは詳しく知ってるんだよな?エイト」
アスティマはエイトに確認を取る。重要なのは結局ここからだ。
「は、はい!全身の血管、特に毛細血管を用いて体に魔法陣を描く技術です!血管を通る魔力の流れをコントロールして印を形成するので集中力と想像力が大事で、魔法印一つにつき使える魔法は一つです!魔法陣と同じで強力な魔法を使おうとするほど魔法印は大きく複雑なものが必要になります!」
エリカが人体図に「魔法印一つで魔法一つ」や「強力な魔法には大きな魔法印」と注釈を追加する。正直エリカがこんなにキッチリやると思わなかったのでアスティマには若干のプレッシャーが襲いかかる。
「他にもまだ何かあるか?注意点だとか」
「後はえーと‥‥‥魔法印は同じ毛細血管に繰り返し魔力を流して慣らしていくので、例えば戦いの最中に右腕の魔法印が大怪我で使えなくなったからすぐ別の場所に移して同じ魔法を使える状態を保とう、というのは無理なはずです!でも魔法印は光る紋様として体に浮かび上がるので、薄手のシャツとか半袖短パンとかで魔法使ったら簡単に特定されて狙われます!」
流石にこの辺りの使用に関わる知識はあるようだ。エリカが人体図に負傷の絵と説明を追加する。
「完璧な説明ご苦労、エイトの言う通り魔法印は肉体の損傷により機能を失うのでなるべく他人に位置を知られたくない、だが四肢に刻むと四肢をもがれた時に魔法が確実に使えなくなるので結局のところ大抵の者は重要な魔法印を胴体、特に背中に刻んでいる」
「昔も今もその辺りは変わらないですよね」
エスティアが頷きながら言った。
「逆に違いと言えば、昔の使い手だと魔力酔いを起こさない範囲で魔法印の起動状態を保っていたことだろうな、戦場などでは尚更。今は魔力がすぐに抜け魔法印が保てない、そのため効力が長引く魔法の使い手はほぼいなくなり、強力な魔法も使えないので小さな魔法印を複数刻む者が増えた、そんなところか?」
「仰る通りです、ただ複数の印を刻むのもそれはそれで難しいので、今の時代にそんな気合の入った魔法の使い手はほとんどいません、単に著しく弱体化したと思っていただければ」
ここは講師役であるアスティマが質問し、ヘンリーが回答した。
「そうなるか。何にせよ魔法印は基本的に胴体のどこかしらに刻む、つまりもし皆が魔族や魔法使いと戦うようなことがあれば徹底して体を狙い、可能なら背中を狙うことが有効な戦術となるだろう。物凄い速さで再生する奴や多頭龍やらとお前たちが戦う機会など俺が作らせないから、例外は気にするな」
「アスティマさんカッコイイ!!質問です!いっそのこと頭を潰せば良いのではないでしょうか!多頭龍は置いといて!」
特に呼ばれていないエイトが挙手して食い気味に質問してきた。アスティマとしては戦士らしい発想に感嘆する。
「発想は大変よろしい、だが頭は的が小さい上に警戒度も高い。それに魔族だと人間より頭部の損傷に強いんだ、頭が多少抉れても戦闘を継続し、数分で再生する奴も珍しくない」
「うえぇぇぇ‥‥‥勉強になります!」
少しグロテスクな話になってしまったのでエイトの反応は無理もないが、メイドたちは少し悲しげな顔をした。恐らくここにいる三人はそのタイプの魔族ではないと思ってはいるが、悪いことをしてしまったとアスティマは少し反省する。
「それではその他、魔族や魔法使いとの戦いにおいてこの基本から外れるパターンはどんな場合か分かるか?えーと、エストリン?」
アスティマは若干難解な質問になるので頭の良さそうなエストリンを選んだが、誰にするか迷い疑問形になったことに対してエストリンが少し不満げな表情をしていた。名前を忘れられたと感じたのかもしれない。
「‥‥‥高位の魔法を扱う者との戦いでしょうか?魔法印一つにつき魔法が一つしか使えないので、複数の強力な魔法を使いたいのであれば身体中に魔法印を刻むしかなく、全身余す所なく魔法印を刻むケースもあるかと。そういった相手との戦いでは位置や程度は気にせず傷を与えることを徹底しても良いのかもしれません」
しかしその受け答えは完璧だった。
「お~流石リンちゃん」
見事な回答に隣のエリカも感心していた。
「素晴らしい、いかにもその通り。それではその全身の魔法印が生む弊害についてはどうだ?」
「魔素吸引の際にも話に上がった魔力中毒です、魔族にさえ存在するとか。魔法印を体の広範囲に刻むと重度の魔力中毒を引き起こす原因になり、人によってその許容量は異なるとも」
「人の体の中で魔力への耐性が高いのは脳、心臓、血管で人体は基本的に魔力に弱いと言われているが、エストリンの言う通り魔族も魔力中毒にはなる」
「ほぇ~‥‥‥」
キスリラが声を漏らした。自分は魔族だから大丈夫だと考えていたなら大変危険だ。
「それと魔法印一つにつき魔法一つは基礎知識だが、応用についても分かるか?ジェシカ」
「はい、魔法印の合成ですね?あらゆる魔法の魔法印の形が全く異なるわけではなく、同じ属性の魔法なら形は近しくなります。複数の魔法で魔法印の一部を共有して魔法印の範囲を抑える技法が合成、ただしこれは効力の近い魔法同士でないと行えないとか」
ジェシカが見事な回答をし、同時にエリカがここまでの要点をまとめて板書していたのでアスティマはしばし黙って見守る。
魔素吸引──魔力を取り込む特殊な呼吸法、現代で道具に頼らず魔法を使うためには必須
魔法印──血管に流れる魔力をコントロールし体に魔法陣を描く技法、魔法印一つにつき魔法一つ、強力な魔法には大きく複雑な魔法印が必要、体に馴染ませるためには基本反復が必要、背中に刻むことが多く、似通った魔法なら魔法印の一部をシェアできる
「うむ、ジェシカが答えエリカがまとめてくれた内容でほぼ全てだな。因みに効力の近い魔法同士でないと共有が困難、これが複数の属性を扱う者が少ない理由だ。それとこの世に存在する六大元素とは火・水・土・風・光・闇だな。これはいくら何でも常識だろうから話は広げないが、ここにいるエリカはこの元素と無縁の無属性も扱う。無属性については俺もよく分からない」
「一応元素とか魔力のことも話せば?無属性も説明だけなら別にできるでしょ」
エリカにそう言われてしまうと困る。二人とも不要だと判断したならそれで終わるがこうなると大体この後の流れが予測できた。
「‥‥‥いや、怠くないか、聴く方も」
「えっ!?そんなことないです。アスティマさんの素敵なお声を聞いてると何故か落ち着くのでずっとお話ししていてほしいですね」
レナがそんなことを口にした。それは恐らくアスティマの体の微かな闇の生体魔力が作用しているだけな気もするが黙っておく。
「ふぅー‥‥‥可愛い妹にそう言われては仕方ないな。兄さん頑張るぞ」
アスティマが心なしかいつもよりもダンディな声でそう言うと隣でエリカが「気色悪っ!」と思いっきり罵倒してきた。はっきり言うだけまだマシで、メイドたち三人も明らかに同じ感想を抱いてそうな表情をしている。しかし白い目で見られることに慣れているアスティマは全く動じない。
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