第6話 大人気ない初配信前夜(4)
翌日、ハワード家の一同は早めの夕食を終えその休憩後、アスティマの生活リズムに合わせて夜に道場へと集まった。彼からエイトたちが魔法を教わるという約束だったが、アスティマがついでに全員の戦闘技術についても把握しておきたいと伝えたためだ。しかしあくまで日課の鍛錬のついでやることなので、何も多忙そうな屋敷の住人全員が一度に集まらなくても良いのにとも思った。何ならエリカまでいる。
八人は剣道という競技で使用する防具を身にまとっているが、アスティマだけは首と胸元を簡素な防具で保護しているだけだった。
「ではまずヘンリー、セバスチャン、エイト、レナ!俺の四方を囲め。小手調べだ」
アスティマは道場の中央に陣取って最初の四人に呼び掛ける。待機している残りの者も防具をすでに装備して壁際で正座していた。そんなにキッチリとしなくとも良いとは思ったが、聖者の影の規律が緩かったと思われても不味いので黙っていた。
「‥‥‥ほ、本当に大丈夫ですか?」
エイトは防具のないアスティマを心配しているようだ。その様子も可愛いらしい。
「失礼だよエイト」
レナは完全にアスティマの実力を信頼している様子でこちらもまた可愛らしい。
「突きは禁止ということでよろしいですね」
ヘンリーが確認を取る。実戦に使う鎧ではないと言っても防具で身を固めたヘンリーとセバスチャンは体格の良さが際立ちなかなかに威圧感があった。
「無論俺は使わないがそっちは好きにやって良い。只でさえこんな柔い木剣なのだぞ?」
アスティマは竹刀でペシペシと自身の手を叩きながら言う。
「突きが危険なのは当然として、しなるので打ち込みも相当痛いですよ」
「当たらなければどうということもないさ、頭でも足でも好きなところを攻めてこい」
アスティマは余裕を滲ませてそう宣言したが、遠くでエリカが「ホントに大丈夫かしらねぇ」と失礼なことを言っているのが耳に入った。その姿を見てヴラドの時のように審判がいた方が良いと思い立ち声を掛ける。騎士の訓練なら当人同士で勝敗を判断できたが、これは四対一の変則ルールでもあるので自己判断は厳しいはずだ。呼ばれたエリカが渋々近くにやってきた。
「エリカ、有効打をもらった者の名前を呼んで脱落の判定してくれ。名前を呼ばれた者はなるべく迅速に離れるんだ。開始はエリカが「はじめ」と言った瞬間に」
「はいはい」
彼女は気怠そうに答え、他の四人は声を揃えて「はい!」と返事をしアスティマを取り囲む。訓練とはいえ屋敷の住人全員の緊張感がアスティマにも伝わってくる。同時に周囲の四人が良い集中状態を保てていることも。
配置としては明らかに手練れであろうセバスチャンとヘンリーが背後に回った辺り四人はかなり本気のようだ。このような場合、アスティマの戦術としてはまず一人に突進して一瞬で片付けそこから場をコントロールする。背後の敵の方が油断しているので後ろを狙いたいところだが、明らかに手強いセバスチャンとヘンリーに背後を取られているのでやり辛い。一番弱い者を狙い数を減らすというのも定石だが、観察眼には自信のあるアスティマでも日頃の所作を見ているだけでは四人の実力差がどの程度までかは分からなかった。ただ全員が並の腕前ではないことだけは分かる、これは油断できないとアスティマは気を引き締めた。
「それじゃあいくわよ‥‥‥‥‥‥総員、構えッ!」
エリカの声に合わせ全員が思い思いの構えを取る。
「はじめッ!!」
試合の開始が告げられるとアスティマは即座に体を反転させヘンリーに向かって突進する。次の瞬間、パパパシィィィィィィィン!!と小気味の良い竹刀の音が道場に木霊した。
「敗者アスティマッ!!頭部、背中、右腕に有効打!!ヘンリーの胴のみ無効、先にアスティマが頭部へ有効打!!」
道場に決着を告げるエリカの宣言が響き渡り、アスティマは痛みで叫びながらのたうち回る。
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「アスティマさん!?!?」
「アスティマ様ぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
道場に数人の絶叫が響き渡った。防具の上からとはいえ剛腕に頭を打たれたヘンリーも自分のことはそっちのけでアスティマを心配する。アスティマが床に寝転がり悶えているとエリカが心底失望した顔で見下ろしていた。
「ナニしてんのよ、アンタ魔法なくても影の端を見て人の体勢と動き把握できる共感覚とかいうのあったでしょ」
「いや、強くて。動作が見えても腕の数が足りなかった。全員が俺の動きに全く動じずほぼ同時に打ち込んできた」
アスティマは体を起こして座り込んだもののまだ打ち込まれた頭が痛み腕でさする。パワーは見た目通りセバスチャンが一番だった。まだ座ったままでいるとレナが駆け寄ってきて小手を外しアスティマの頭にポンと手を置いた。
「一番痛むのは頭ですね?いたいのいたいの、とんでけ~」
レナに頭を撫でられたアスティマは何となく撫で返す。
「そんなことより強くてえらい」
こうしていると自然と笑顔が溢れる。
「な、何かあの方、昨日からお嬢様とエイト様に対して妙に気持ち悪いような‥‥‥?」
「様子が変ですね、何かあったんでしょうか‥‥‥?」
「リンさん!ティア!シッ!!」
エストリンとエスティアの陰口とそれを宥めるキスリラの声が聞こえたが、アスティマからしたらそれはレナが可愛いせいだという認識だった。
「おっ?なんだ本当に痛みが引いたぞ。レナは凄いな」
アスティマがそう言っている間にもレナは竹刀が当たった他の部位をさすって痛みを消していく。どこが痛むか説明していないのにそれができるということは、あの瞬間に打ち込まれた箇所を全て正確に把握している。そこに気付きアスティマは二重に驚いた。
「‥‥‥凄いなってゆーか、それ魔法じゃない?でも今この子魔素吸引してた?」
エリカが冷めた態度で指摘したが、確かにそうだとアスティマも気付く。
「呼吸音が分からなかったな、それに痛みだけが引く魔法ってなんだ?湿布の原理だとしたら植物、土属性の派生か?」
「アンタがレナにデレデレして感覚が麻痺してるわけじゃなく、この一瞬で本当に痛みが消えたならアタシと同じ無属性かもね」
「う~む、流石に天才か」
「お、大袈裟ですよ、どうですか?」
「治った、ありがとう。しかしあまり無理はするなよ、魔素吸引は短時間に使い過ぎると魔力中毒を引き起こすからな」
「気を付けます」
こんな老人の小言めいた話などわざわざ言われるまでもなく知っているだろうに、そうは言わない慎ましさがまた可愛らしく見える。
「アスティマ様、大変失礼いたしました!皆が力み過ぎて、私に至っては有効の後に打ち据えてしまいました!」
ヘンリーはそう言うと土下座に近い形で頭を下げた。
「いや失礼なのは現代人を舐めてかかった俺だが‥‥‥逆にあのタイミングでピタリと手を止められていたらビックリだよ。正直お前たちの強さは連携含め聖者の影の騎士とあまり差がない、特にセバスチャン」
「まさかそのようなことは‥‥‥アスティマ様、頭を狙ってしまい申し訳ありませんでした」
アスティマの評価にセバスチャンは謙遜し、こちらも深く頭を下げ謝罪を口にする。この初老の男はやはり強い。実戦経験もあるそうなので魔法の腕前次第では大戦時代でも十分に通用する逸材だろう。
「良い、手加減された方が困る。さて、皆の貴重な時間を無駄にできないな。さっさと次だ」
アスティマは立ち上がって次に備える。
「だ、大丈夫ですか?」
レナがまだ心配そうにしているが「お陰様で」と答えてまた道場の中央に移動する。
「ジェシカ、エストリン、リラ、エスティア!来い!」
「アンタ‥‥‥また懲りずに四人と同時にやるの?」
「キスリラとエスティアはレナたちより歳下だぞ?先程の四人と比べたら全体的に上背もなくリーチも短い。流石にな」
呼ばれた四人が道場の中央に集まる。
「で、では‥‥‥胸をお借りします」
今の一戦で信用を失ったのかジェシカは相当戸惑っていた。
「ああ、全力でかかって来い!」
この家の住人たちを安心させるためにもあまり下手ばかり打てない。アスティマは最大限に集中して二度目の試合に臨む。大人気ないと自覚しながらもまずは最も幼いエスティアを狙うことに決めた。防具のお陰で若干だが罪悪感が薄れる。
「構え!!はじめッ!!」
開始の合図と同時にアスティマは容赦なくエスティア目掛けて突進し、力を加減しつつ打ち据えようとする。しかしエスティアはなんとアスティマの打ち込みをギリギリでかわした。瞬間すでに他の三人の竹刀が抜群の連携で迫っており、逃げ場がないと悟ったアスティマは一か八か前方宙返りを繰り出し空中で回転しながらキスリラの頭部にコツンと一撃入れそのまま背後に着地した。ところが着地したまさにそのタイミングでパシィィィィィン!!と大きな音が鳴り響く。それはエストリンがアスティマの脛に強烈な一撃を加えた音だった。
「ぐおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
アスティマは脛を押さえながら叫ぶ。
「アスティマさぁーーーーーーん!!!!」
観戦していたエイトが絶叫する。
「似た光景、さっきも見たわね」
結果は火を見るより明らかなためかもうエリカは決着を告げることもしなかった。
「エストリン!!お前全身全霊の力で叩いたな!?」
「手加減は失礼に当たるかと」
エストリンはかつて最強と謳われた大英雄を鋭い一撃で仕留めたわりにはしれっとしていた。アスティマの感覚では確かに先程の四人と比べれば今の四人の実力は一段落ちるが、連携力はさほど変わらず攻撃を凌げる気がしなかった。この家の住人が逞しいのはアスティマにとって大変喜ばしいことではあるのだが、数え切れない敗北も挫折も勇者唯一人から味わったこの男にとって、四対一だろうとここまで為す術なく負けることは到底許容できることではなかった。
「ぐぐ‥‥‥どーなってんだこの家は!!全員強いじゃねぇか!!良かった護衛じゃないと謙遜しておいて!アイクォーサー目指して!ボディガードだったら今日で廃業だ!」
「謙遜って言っちゃったらダメでしょ」
四対一とはいえ続け様に秒で負けた悔しさのあまりエリカの声も届かない。
「んんん‥‥‥ぬあぁぁぁぁぁぁぁっ!!この家の住人に英雄らしいところ見せたいぃぃぃぃぃぃ!!ヴラドとの決闘もエリカしか見てない、今日まで良い所が全くなぃぃぃぃぃい!!」
アスティマは情けなく四つん這いになり床をバンバンと叩いた。アスティマの共感覚は便利だが、こういう時は足元に伸びた影から自分に唖然としている人々の姿どころか面の奥の表情までも脳内で補完できてしまい、より惨めさが増す。
「言動が矛盾し過ぎでしょ‥‥‥アンタ昔はかなり抑圧されてたの?アタシは見た目が子供だけどアンタ頭が子供の頃よりガキになってない?」
「感情表現豊かと言え、別に昔も今も大して変わらないだろ」
「えぇ‥‥‥?ああ、昔からイーサンにボコボコにされてた時はそんな感じだったわね。イーサンなら単純にアンタより速いから四人相手でも勝てたでしょうね」
「あっ、世間的には同じ強さで通ってるのでそういうのやめてもらって良いですか」
アスティマは突然の敬語で遺憾の意を表明した。
「アンタ‥‥‥なんていうか結構役者だったのね。当時の知り合いは絶対アンタのこともっと落ち着いた大人だと思ってたわよ」
「もう部下も上官も知り合いもいない、気を張るメリットがない。仮住まいでカリスマもクソもあるか」
「代わりにアンタを英雄と崇める人間しかいないケド大丈夫そ?」
「アイクォーサーはリスナーにありのままの自分を受け入れさせたら勝ちと、昨日エイトが言ってた」
「今の言動がこの場の人間に受け入れられてるかは置いといて、アンタ向いてるかもね。アイクォーサー」
「アスティマ様、仮住まいではなくあなたのお屋敷です、この家より先に門が建てられていますから」
エリカとの話が途切れた絶妙なタイミングでヘンリーがすかさず話しかけてくると、それを皮切りに他の皆も口々に涙ぐましいフォローをしてくる。
「アスティマさん、二戦とも一人は倒してますしその体格であの素早さ身軽さは人間離れしてますよ!前方宙返りしながら斬るなんてゲームでしかみたことないです!」
「わ、私の頭を叩く時に優しくしてくれる余裕もありましたし!」
伝説の英雄も所詮こんなもんか、そう思われてもおかしくない状況でエイトとキスリラが必死に良い所を挙げてくれている中、セバスチャンも歩み寄ってきた。
「差し出がましいようですがアスティマ様、リラの時だけでなく常に力を加減なさっていましたね?」
「力はやはり俺が頭抜けて強い、この家の住人を本気で叩けないだろ」
「では、恐縮ですがこの老兵と一対一の形で一戦お願いできますか?わたくし頑丈が取り柄ですので思う存分に」
「それは構わないがお前まだ若いだろ、六十手前じゃないか?お前が老兵なら俺は化石だ」
「これは失礼しました」
アスティマとしてはどうにも気を遣われた気がするが実際にセバスチャンとの一対一は望むところではある。二人は他の者を遠ざけて向かい合い、エリカの合図を待つ。
「構え!はじめッ!!」
アスティマはヴラドの時と同様に強く踏み込んで一直線に距離を詰める。怯まず冷静に攻撃を仕掛けようと試みたセバスチャンの竹刀を竹刀で弾いたが、今回は力加減はしなかったので互いの竹刀がへし折れてしまう。しかし折れた竹刀でそのままセバスチャンの頭へ即座に一撃を見舞った。
「勝者アスティマ!!頭部有効!」
周囲から「おお~」という歓声が上がり拍手が鳴り響いた。
「やはり一対一ではこうなりますな、竹刀のぶつかり合いだと言うのにこの通り腕が痺れています」
そう言いながらセバスチャンは微かに震える腕を周囲に見せた。別に試合で手は抜いていないのだろうがこの一連の行動は完全に接待ではある、流石に執事だ。
「ダメよダメダメ、そんな甘やかしちゃ。良いわ、そんなに言うならアタシが相手してあげる」
流石に身内だ。審判に飽きたのか昔の血が騒いだのか、突然エリカがおかしなことを言い出した。
「誰がいつ何を言ったんだよ、皆の戦闘技術の確認なのだからお前は良いよ別に」
「ふーん、逃げんだ?」
「はぁ?かかって来いよ」
かつては敵の罠に落ちようとも無傷で済んだ男は安い挑発にも全力で乗る。
「思念体に手加減はしないぞ」
「どーぞどーぞ」
「審判はいかがいたしますか?」
ヘンリーが確認してきたがこの二人にはそんなものは不要だ。
「いらない」
「勝手に始めるわ」
周囲の人が離れると二人は向かい合う。皆はすでに防具の面と小手は取り外し、髪を覆う手拭いと胴も脱ぎ始めていた。アスティマは折れた竹刀の代わりに新しい竹刀をセバスチャンから渡され、エリカはなんとヘンリーに二振りの竹刀を要求していた。
「お前そんな戦い方でもなかったような」
「ナニ、もしかして怖いの?」
「はぁ?かかって来いよ」
「言われなくても!!」
二刀を手にしたエリカが一目散にアスティマに向かってきた。アスティマは相手から仕掛けられるのは久々だと感じたが、相手が相手なので面食らうこともない。とは言え二刀流で執拗に足を狙うエリカへの対処は極めて困難で、アスティマは体勢を低くして竹刀を左手に持ち、エリカの利き腕の右の竹刀は竹刀で受け流し、空いた手で左の竹刀を打ち払い続けて対処する。なんでもありの実戦形式なら剣を側面から叩くのはセーフだろうという理論だ。だが防御はもちろんのこと攻撃に回ってもまた辛いものがあった。
「くっ!!ちぃっさ!!的が!!」
アスティマはエリカの竹刀を力強く打ち払って跳ね除け攻撃に転じたが、体が小さくまるで当たらない。
「ほらほらほらほらほら!!!剣先に迷いがあるわよ迷いが!!」
すぐに逆襲されまた反撃しそれを数度に渡り繰り返すも、どうしてもアスティマの防御の時間が長くなる。それにしてもエリカが片手で持つ竹刀が妙に重く感じた。
「これ本当に生身と同じパワーなのか!?かなり怪しいが」
「体がほぼ魔力の魔族と戦い続けた男がそんなこと言い出すなんてヤキが回ったわね!」
「話が別だろ!これだとそっちだけ魔法を使うのと同じような‥‥‥いや確かに言い訳がましいか、良いぜ!やってやるよ!!」
アスティマはどうせ思念体だからと一切の手加減なくエリカの細腕に握られる竹刀を狙いに行き、むしろ一つしかない自身の竹刀を心配して相手が竹刀を振り終え反転させる一瞬の静止を狙いぶつけに行く。
「ほぇ~‥‥‥アスティマ様もエリカ様も良くあんなに話しながら戦えますね」
「攻防がほとんど目で追えない、こうして見るとどちらも常人とかけ離れた動きですね」
「アスティマさんはエリカ様の竹刀が止まる一瞬を狙って打ち付けてるけど、なんであんなことできるんだろう?」
キスリラとエストリンとレナが感心する声が聞こえる。どん底に落ちた名誉の高まりを感じずにはいられない。しかしレナはこの攻防が目で追えている風なことを口にしてた。
「‥‥‥アンジェリカ様って魔導士様だよね?どうなってるんだあの強さは」
「大戦時代の魔導士は己の身は己で守るものです」
続け様にエイトとセバスチャンの会話もアスティマの耳に耳に入ってきた。
「その通りだセバスチャン、うちのパーティに後衛はいなかった!前衛と敵中だ!」
まだアスティマには周囲の会話を聞く余裕はあるが相変わらず防戦の時間が長い。エリカは足元ばかり狙えば対応されると分かっているので段々と攻撃を散らすようになってきたが、それを必死に避けながらどうも想定よりエリカの剣先が伸びて来るのが気になったアスティマは足元に注意を向けた。
「お前‥‥‥ちょっと浮いてないか!?オイやっぱり狡いだろ!!」
「アンタだってこの家で浮いてんだからおあいこでしょ!!」
「小賢しいわ!!くっ!」
アスティマは苛立ちで若干思考が鈍り危うく有効打をもらいそうになる。
「ずいぶん焦りが見えるケドまだイケそう?」
「調子に乗るなよ、そちらが二刀でもリーチは俺が上だ!小娘なんぞに負けてたまるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
アスティマは鋭い横薙ぎで一度エリカを後退させた後、二度とエリカが間合いに入って来ないようになりふり構わず全力で竹刀を振り続ける。だが実際には竹刀が折れないように細心の注意を払っていた。
「奇妙な動きを!!見苦しいヤツ!!」
「勝ちゃ良いんだ勝ちゃあ!!!」
攻めあぐねたエリカが次の手に迷ったその一瞬を見逃さず、アスティマが意表を突いて繰り出した渾身の斬り上げがもの凄い勢いで華奢な胴体にヒットする。
「にゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
エリカはそのまま放物線を描くようにすっ飛んで床に激突し、コロコロと転がる。
「‥‥‥え、絵面が終わってますね」
エストリンがぽつりと呟いた声にふとアスティマが周囲を見渡すと、大柄の男が年端もいかぬ少女に全力の一撃をお見舞いするショッキングなシーンを目撃したせいか、観衆は青ざめた顔をしていた。しかし当のエリカは何事もなかったかのようにすぐ立ち上がる。
「昔は追い詰められるシーンなんて見なかったから気付かなかったけど、ピンチになるとかなり見苦しいわねアンタ」
「精一杯やれることをやった奴を馬鹿にするのは良くない」
エリカは特に怒るでもなくただただ呆れた様子だった。そんな二人を眺め、エイトが何か言いたそうにしていた。
「アスティマさんって具体的にどう強かったんでしょう?」
アスティマとしてはなかなかに心苦しい質問が飛んできた。
「え、エイト?何かその聞き方だと‥‥‥」
「あ、いや強いのは見れば分かるけど屈強な英雄ばかりの時代で何がそんなに圧倒的だったのかなって」
「エイト、もう喋らない方が」
レナに続きジェシカも止めに入る。
「まぁ一言で言えば究極のデュエリストね、一対一に滅法強い、逆に上澄みの連中の中では大勢の相手は苦手だったわ」
アスティマが自身のことをどう伝えようかと考えている内にエリカが的確な回答をしていた。
「そ、それなのに四対一を?」
エイトはわりと傷口に塩を塗るのが上手いタイプのようだったが、アスティマとしてはそれもまた良し。
「バカなんでしょう」
「違う。例え四人に囲まれていてもその内の一人に突進して一撃で倒しそれを繰り返せば一対一の連続になるだろ。お前たちが強過ぎるのがいけない」
「でもみんなかなり強いのははじめから分かってたでしょ?やっぱりバカよ」
「ぐぅ‥‥‥」
「でも一対一に滅法強いって格好良いですね!!それは一体どんな理屈なんですか?」
アスティマがギリギリぐうの音を出していると、エイトが目を輝かせて聞いてきた。アスティマの強さに疑いを持っているわけではなく、純粋に興味津々だったようだ。
「使っていた魔法の力だな、本命の魔法講習で話すとしよう」
講習会は場合によっては魔法の実演をするので広い場所が良いとの判断で、このまま道場で行うことにした。使うか分からないホワイトボードをセバスチャンが道場の端に二つも運んで来て、そこに皆で集まる。アスティマだけでなくどうせいるエリカも講師として招き、魔法講習の準備は万端となった。因みに目標は高くエイトのアムニストレージ習得、即ち魔法の極地の一角への到達である。可能ならば全員。
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