第6話 大人気ない初配信前夜(2)

 それから数日、新たにアイクォーサーとして必要な知識をレナとエイトから学ぶ日課が加わったものの、話が難解過ぎるあまり長時間に渡る講習は耐えられず少しずつ進めて行くことになった。二人は機械の仕組みや細かい操作の説明は省き、必要最低限のことだけを憶えられるようにマニュアルを作成してくれるらしく、インターネット・アイクォーサー講習は少し間を置くことになった。


 講習があろうとなかろうとまず最重要課題となるのは石室の解析なので、相も変わらず体を鍛えては石室の呪文の解読を繰り返す日々を過ごしているが、石室の解読もまた難解でありアスティマは尋常ならざる脳の疲労を感じていた。この日もすでに四時間に及ぶ解析に疲れ果て、三段重ねの脚立に通した鉄板の足場に寝転んでいた。大きな体がはみ出す幅しかない足場の上で、ここに来る前にレナからもらったチョコレートを頬張りながらぼんやりと天井を眺める。すると天井の端の文字に違和感を覚えた。


「‥‥‥んん?」


 呪文としてはこの部屋内で完結しなければならないはずが、文字の一部が天井と壁の間に埋まってしまっている。気になったアスティマは休憩を止め、巨大な脚立を何度も移動させながら部屋中を動き回り東西南北の壁と天井を確認した。不自然に東側の天井の数ヶ所の文字だけが壁に食い込んでいた。アスティマは壁を傷付けないよう力を加減して恐る恐る拳で叩く。東側の壁から帰ってくる音の反響だけ他の壁とわずかに違っていた。


「隣にも部屋があるのか?屋敷の地下二階から遥か下層にあるこの石室の隣に一体何の用途の部屋が‥‥‥」


 アスティマは今日までにアンジェリカのメダリオンを保管していた部屋と、大戦時代の記録やイーサンの手記を保存している書庫にはすでに案内されていたが、それらはいずれも地下二階でありそこから遥か下層にあるこの石室とは無関係だった。もしかするとヘンリーさえ何も知らないのかもしれない、とにかく一度話を聞かないことには始まらないと思い立ちアスティマは携帯を取り出したが、この部屋では使えないと思い直し石室を出て携帯を取り出す。まだ操作は多少おぼつかないながらも通話機能くらいは使える。


「ヘンリー、少し良いか」


『はい、いかがいたしましたか』


「用ができた、手が空いたら地下の保管庫で話せるか」


『かしこまりました、すぐに向かいます』


 通話を終えると三分ほどでヘンリーがやってきた。仕事の最中だったなら相当急がせてしまったようだ。アスティマは悪いとは思いつつも冷静に、ヘンリーが故意に何かを隠している可能性を考慮して言葉を選ぶ。


「あの石室の隣には別の部屋があるか?」


 ヘンリーの咄嗟の表情を見るためにアスティマはあえて単刀直入に尋ねた。


「‥‥‥‥‥‥お気付きになりましたか」


 ヘンリーは目を閉じまるで敗軍の将にも似た深刻な様子でポツリと呟いた。


「知っていたのか?」


「私も全てを把握しているわけではないのですが、その部屋もエレノア様がお造りしたものだとは知っています。そして‥‥‥その部屋に何があったのかも。アスティマ様、もう一つの保管庫にその部屋へ至る仕掛けがございますので案内いたします」


 ヘンリーの後に続いて大戦時代の骨董品が並べられた保管庫を出て、主に書物が保管された書庫に移動する。ヘンリーが二つの本棚の一部から本を抜いて棚の奥にあるスイッチを押すと、本棚が両開きの扉のようにスライドしていく。部屋の外に敷かれたレールに沿って開くので室内の床に怪しいところはなかった。


「ここにも向こうの部屋と似た仕掛けがあったわけか」


「では昇降機へ」


 大人二人には少し狭い昇降版に乗り、下降していく。昇降機が止まり扉が開いた時、目の前に広がる異様な光景にアスティマは息を呑んだ。


「なんだこの部屋は、まるで世界樹を囲む輝きの森のような‥‥‥」


 文字群以外の光源のない門の石室同様、こちらの部屋も薄らと輝く木々と葉以外の光源は見当たらないというのに、あちらと違い部屋中に幻想的な光が満ちていてやけに明るい。


「エレノア様が世界樹の苗木を持ち込まれたようです」


「奥の木の根元に棺のような物があるが‥‥‥‥‥‥」


 最も目を惹く最奥の大きな木の幹には、木に寄り添うように立てかけられた三つの石棺らしき物が並んでいた。ゆっくりと周囲を見渡しながら歩いて棺に近づくと、遠目でも感じていた通りそれは棺と呼ぶには少し奇妙な形状だと分かった。蓋に当たる部分が透明で中を覗くことができる。しかし内部には無数の蔓が絡まっているだけで何もない。周囲の緑をかき分けると床の一部に呪文が刻まれている。どうも隣の部屋からこの棺に向かって呪文が続いていたようだ。アスティマが辺りを調べる手を止めて隣にいるヘンリーに視線を送ると、ちょうど目が合う。ヘンリーは大きく息を吸い込んだ。


「こちらの魔導器にはまだ三歳になったばかりのレナ様とエイト様が封印されておりました」


 そして彼は一息に言った。レナとエイトの父親が口にするにはあまりにも異質な言葉を前に、アスティマの全身に怖気が走った。


「‥‥‥ちょっと待て」


 奇妙な部屋、レナ様、エイト様、三歳、封印。その言葉と今の状況だけでヘンリーがこれから話す内容が朧げながら想像できた。


「アスティマ様、本当はすぐにでもお話しせねばとも考えましたが、あなたはこの世界にお戻りになられてからも気の休まらぬ日々が続いておりますゆえ、我々の手であの子らを守れぬような差し迫った事態が来るまではお伝えすべきではないのではと。悩んでいる内にまたも後手に回ってしまいました」


「それは‥‥‥つまり」


「レナ様、エイト様。御二方は正真正銘イーサン様とアンジェリカ様の実子なのです。あなたと初めて出会った時、あの子たちを神祖様方と見間違えたあなたを見て驚きました」


 頭の天辺から爪先まで突き抜ける衝撃、突如として足元に奈落が広がったかのように己の足で立っている感覚さえ一瞬失う。数百年振りにアスティマの全身が総毛立った。


「実子‥‥‥?三歳で封印されていた二人の実子だと!?ならこの家は一体なんだ?」


「我々はアンジェリカ様の妹君であるエマ様の直系の子孫であり、本来はエヴァンス家です。イーサン様の血族ではありません。お二人が御子を授かったことは広く知られていたためにどうにかして誤魔化し続け、今日まで至りました。長い歴史の中で真実を歪めたのは‥‥‥聖教会だけではないのです」


「それが事実ならエリカは知っていたはずだ、お前がどうこうじゃない。おいエリカ!聴こえてるのか!?」


 アスティマは衝動的にエリカに呼び掛けた後、自発的に出てくるには多くの魔力を使うという話を思い出した。即座に魔素吸引を行い体の魔法印を引き出して、メダリオンと接続させる。


「そんな大声出さなくても聴こえてるわよ」


 動揺し声を荒げるアスティマとは裏腹に、現れたエリカの態度は冷め切っていた。


「こんな大切な話をなぜ黙っていた!!」


「そんなに大切?アタシはどっちでも良いと思ってたからヘンリーにも口止めしなかったけど、別にアンタが背負う命じゃないでしょ。もしあの子たちの身に危機が迫ってもアタシが守れば良いし」


 エリカはいつも通り口は悪いが、話している内容からはアスティマへの気遣いが見えた。


「子供たちの存在が俺の重荷になると?」


「アンタは赤の他人のために命を賭けるほどお人好しでもないケド、二人の子供のためには体張るでしょ。イーサンとアンもアンタに託したいって想いとは裏腹に、それが分かるからずいぶん心苦しかったでしょうね」


「‥‥‥なぜ俺に託すという話に?」


「イーサンって未来を視る力があったでしょ?いつどこまでどう視えてるのか、誰にも具体的には話してないけど思うけど。アンタも仮想エリーの未来予知の話を聞いた時にちょっとアタマ過ったんじゃない?」


「ああ、俺が知る限り唯一未来が視えていた人間だからな。じゃあ何だ、その力で自身とアンの死さえ視えていたと?」


「そうみたいね、それで残される子供たちをどうしようかと考えて、困り果てたんでしょ。利用しようとするヤツ、目障りだと考えるヤツ、命を狙うヤツ、そんな連中が掃いて捨てるほどいた」


「それはそうだろうな」


「信頼できる人間に託すと言っても、戦う力のないエマ、アンタのことで精一杯のエリー、エルフの次期女王の重責を担うリリィには頼めなかった」


「だから俺が戻る時代まで子供たちを封じたと?分からなくはないが‥‥‥‥‥‥」


「あ、あの‥‥‥お話の途中に申し訳ありません、イーサン様に未来視の力が?」


 アスティマがアンジェリカと話していると申し訳なさそうにヘンリーが口を挟んできた。流石に今のやりとりは気になったのだろう。


「‥‥‥ああ、言いたいことは大体分かる。まず仮想エレノアはイーサンのメダリオンでも使っているのではという話だろ?」


「は、はい」


「俺も少し考えたが、そうなると仮想エレノアにイーサンが力を貸していることになる。それ自体はあり得るが、メダリオンだろうとイーサンが聖教会の腐敗を看過するとは思えない。大体この家に来ないのも妙だ」


「‥‥‥考え難いですか‥‥‥英雄の魔法だけを再現するメダリオン・ジェネリックならどうでしょう?」


「俺もそれについて考え及び数日前セバスチャンに尋ねたが、その模造品はかなり力が劣化するんだろ?それなのに災害の予知となるとイーサンを超えているようにも思うし、仮にイーサンの力だけ利用できたとして常人には理解不能な混沌としたビジョンが見えるだけの可能性が高い」


 アスティマは子供の頃イーサンが描いた奇妙な絵の数々を見たことがある。その時は何が描かれているの全く分からなかったが、後年それはイーサンが知覚している未来の景色を描いたものだと分かった。


「ああ~そう言えばイーサンって子供の頃は変な絵描いてたけどアレが未来の景色なんだっけ?未来を見るのは魔法の力だけど読み解く脳みそ持ってないと意味ないみたいな?」


 エリカも絵のことを思い出したらしい。一度見たら忘れることのできないインパクトは確かにあった。


「それに勇者の魂は「魔王の戴冠に呼応して必ず転生する」ことが分かっている。転生できるのかも曖昧な常人の魂とは強靭さが違う。いくら本人やエリーでも勇者の魂を傷付けることは相当に困難なはずだ」


「そういやそんな伝説あったわね。実際、いつの時代も魔王が程よく力をつけたタイミングで勇者が現れるワケだしね~」


「‥‥‥というかエリカ、そもそもお前エリーがイーサンのメダリオンを造ったかどうか知ってるんじゃないのか」


 エリカはどうにもずっと他人事のように話しているがアスティマからすれば当事者ではないのかと感じる。


「アタシの知る限りは造ってないわね」


 エレノアの話の時も耳にしたエリカのその言い回しがアスティマには引っ掛かった。


「お前‥‥‥どうにも知らないことが多すぎるように思うが、もしや惚けてないか?」


「は?アタシを疑うの?ぶっ殺すわよ?アタシがメダリオンの第一号だからその後のことは知らないってだけよ」


 エリカは案の定怒りを露わにしながらどう考えても重要なことを今さら言った。


「はぁ?ならそれを早く言えよ、その話をするタイミングはあっただろ。だがヴラドは本人の存命時には本人のその後の記憶もメダリオン側に流れ込むとは言っていたぞ」


 アスティマは半ば呆れながらも話を聞き出そうと心掛ける。エリカには悪意はなくとも何かしらの気遣いでまだ隠し事をしている可能性は十分にありえると考えた。


「普通の人間はそうらしいけど、アタシはアンと別だからメダリオンになった後にアンの記憶は流れ込んでないの。てゆーか、一番最初に言わなかった?アンタこそ惚けてる?」


 全く聞き覚えのない話をされたアスティマは売り言葉に買い言葉で返しそうになるも、グッと堪えて記憶を辿る。すると思い当たることがあった。


「‥‥‥そうだ、再会した時にイーサンと結婚した覚えも子供を産んだ覚えもないと言っていたのはそういうことか!!それより先にメダリオンに‥‥‥いや待て、やはりおかしくないか?メダリオンの中身はあくまで魂の欠片なのだから、別にお前の魂の本体がアンの中に残ってたならお前にも記憶は流れ込むはず‥‥‥‥‥‥お前まさか、魂の欠片じゃなく魂丸ごとメダリオンの中にっ!!?」


「ふふん、そーゆうコトよ」


 動揺するアスティマを尻目にエリカはなぜか得意げだった。

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