第6話 大人気ない初配信前夜(1)
アルテナ旧暦2022年サラマンドラの月23日~ウロボロスの月2日──
(エレノア歴752年7月23日~8月2日──)
アスティマの帰還から早三日。アマテラス神国に接近する台風の影響で首都コウキョウとその近郊にも断続的な雨が降り続き、お陰で連日のうだるような暑さも少しは落ち着きをみせていた。騎士たちの来訪以降は聖教会からハワード家への接触はなく、アスティマの元にはヘンリーからの何らかの報告もなければヴラドからの連絡もない。
そうは言ってもハワード家に何があるか分からないので迂闊に屋敷を離れられない、体格と顔の傷が目立つのでやたらと外を出歩けない、それがアスティマの変わり映えしない三日間であり、雨であろうと日が差そうと庭にもあまり出ず室内に引きこもっているのであまり関係がなかった。
その間、エイトから世界中の動画が集まるアレクサンドリアというウェブサイトを見せられたので、まず情報収集として現代の兵器や武器の動画を確認、次にこの時代にも廃業していなかった冒険者の動画や各国の観光地の紹介を観て、その辺りでエイトたちは一度どこかに行ったが気にせず様々な動物の生態と世界の道の動画を眺め、再び部屋に来たエイトたちに声を掛けられた時には動画を見始めてから六時間が経っていて驚きのあまりベッドから転がり落ちた。少なくとも動画を探す時には画面端に時刻が表示されているはずとエイトに指摘された時には二重の衝撃を受けた。以降はなるべく時間を気にしながら観るようにしている。
そんな彼がこの世界に戻ってから欠かさず行っている日課は主に三つ、ハワード家の敷地内にあるトレーニングジムでの鍛錬、道場での武術の修練、何より時間を費やしているのはエレノアが残した地下の石室の調査だ。今のアスティマにとってはこの「調査」こそが最重要事項だった。
正午過ぎ、夜型ゆえに本来ならまだ寝ていたいこの時間もアスティマは一人石室を訪れ、薄らとした紫の光を称える文字群以外に光源のないその部屋で、壁に刻まれた呪文を見つめ眉間にシワを寄せていた。この家の住人さえも石室に入ることは憚られるために一人きりのはずが、背後に人の気配を感じる。
「う~んビッシリ。エリーが数年掛かりで丹精込めて彫った呪文を書き換えようだなんてアンタにしかできないわね」
アスティマが思っていた以上に近い距離からエリカが顔を覗き込んできた。突然現れたと言ってもメダリオンを持っているので驚きもない。メダリオンの縁をカッチリと覆う専用のリングにチェーンを通して首から掛け、服の下に忍ばせている。
「エリカ。気付いていたのか、俺の目論見に」
「そりゃあねぇ。世界中から魔力を集めるこの部屋の機構を応用すれば、願いの門じゃなくてアンタの体に魔力を注ぎ続ける仕組みが造れるんじゃないかってことでしょ?そしたら全盛期の力を再現できるもんね。でも門はここから動かないけどアンタは動くんだから難しくない?普通に考えたらこの部屋限定の最強内ベンケーができあがるわ」
エリカはアスティマから離れて背中越しに話し、部屋の中央の門まで歩いていくとペシペシと叩いた。
「ウチベンケイ、この国の逸話にまつわる言葉だったな。まさにお前の言うそれこそが最大の懸念点だが、そこは後回しだ」
「強力な魔法の解析が無駄になる可能性は低いからとにかくできることからってワケね」
「伊達に長い付き合いじゃないな」
「フフン」
エリカはあの日に相当な魔力を使ったらしく、メダリオンの魔力の回復を図るためこの数日はあまり顕現していなかったが、今のようにアスティマが一人の時に出てくることは何度かあった。
「差し当たってはこの全面の壁から床と天井まで余すことなく刻まれた呪文の一部を書き換えて、魔力を流す対象と条件を変えることができれば良いわけだが‥‥‥」
アスティマはエリカと背中越しに話しながら壁の文字を指でなぞる。
「変える対象がアンタの体、条件は‥‥‥アンタがこの世界に帰ってくることを願う心、でしょ?世の中の人間はまだアンタが帰ってきたと知らないんだから、別にそのままでも良いんじゃない?」
「いや、例の映像で世界中の人間がこの世界に俺が帰還するための条件を知った。このまましばらく俺が息を潜め何の音沙汰もなければすぐに大衆は興味を失うだろう。それに‥‥‥」
「それに?」
「闇の魔力を求める以上は負の感情を集めたい」
「人々の負の感情を力にするなんて相変わらず魔王みたいなヤツね。じゃあ、あれは?今って誰でも世界中に情報を流せるんでしょ?この家の女の子集めてコイツら全員俺のモノでーすみたいな映像を公開したらメッチャ嫉妬されるんじゃない?カワイイ子揃いだから無名の人間がやっても話題になりそう」
「考え得る限りの最悪の手段だな、俺が一人で聖教会に殴り込んだ方がマシ‥‥‥いや」
アスティマは話の途中でエリカの提案の価値に気付いた。
「ん?やるの?」
「あのインターネットとやらで多くの人間から不興を買えば良いというのはその通りだ。ただなるべく恒久的に疎まれる仕組みを作らねば人の関心はすぐに薄れる」
「そーねぇ、赤の他人に嫌悪や嫉妬から長く執着する人間なんてそういないわよね」
アスティマの知る限りほぼ面識のない恋敵に呪いをかけた奴はいたが、赤の他人を呪う奴はまぁいないだろうなとエリカと同じ感想を抱いた。
「どの道、まずはこの呪文の解読を終わらせねば。より効率的に魔力を集めるためだろうが古代文字の上に暗号だ、骨が折れる」
「アンタ古語の授業は得意だったけど読めてるの?アタシにはサッパリ」
「長時間眺めていると気が狂いそうになるが一応はな。エリーはなぜか秘密の暗号を作るのに夢中になっていた時期があるだろ?その方式で読み解く暗号だ」
「えっ?そんなことアタシってかアンも知らないと思うけど」
「えっ?」
「隙あらば惚気てくるわねアンタたち」
「はぁ?」
それだけ言うとエリカはまた姿を消した。一体何をしに来たのかとは思うが外の音が聴こえているかもしれないのでやたらなことは言えない。その後も呪文を読み進めたものの、数時間に及んで解読する内に頭が茹ってきたアスティマは一度地下室を出てリビングに向かい、その途中でジェシカと行き合った。
「あっ、アスティマ様。まだ天井の呪文の解読までは進んでいませんか?ヘンリーが気にしてましたので」
「ああ、何か特製の脚立を用意すると言ってたな。不要だと伝えてくれ」
アスティマから見てもヘンリーは唸るほど金を持っているようには見えたが、あの天井まで届く巨大な脚立など後々何度も使うとも思えない上にかさばるのは明らかなので、それに金を使わせたくはなかった。
「でもあの石室の天井を隅々まで調べるには普通の梯子や脚立では‥‥‥魔法をお使いに?」
「いや、昨日この家の倉庫を見せてもらったのだが、かなり大きい脚立が複数と細い鉄板、それに縄代わりになりそうな電線とやらがあった。三つの脚立の上下を切り分けた電線で縛り、高さを傘増しすれば天井に届く。それを二組作って橋のように鉄板を渡せば十分天井を見渡しながら歩けるだろう」
「あの大きな脚立を三つ重ねるんですか!?危ないですよ!?」
「それぞれ四カ所も縛れば崩れやしないさ。それに影を固めて虚空に立つ魔法は使える、長時間維持することは困難だが足を滑らせた時にはそれで対処する」
「‥‥‥そうですか?ではヘンリーに伝えておきますが無理はしないで下さいね、くれぐれもお怪我はなさらぬよう」
ジェシカはまだ心配そうな顔をしていたが英雄と呼ばれる相手の体を心配するのは差し出がましいと思ったのか引き下がった。
「最悪落ちたって大怪我するほど鈍臭くない、頑丈だけが取り柄だからな」
別れ際まで不安そうなジェシカに背を向けアスティマは一人リビングに向かう。リビングのソファにはエイトとレナがいた。二人に軽く挨拶をし同じくソファに腰掛けると、エイトから例のエレノアの今日の動画を見せられる。正直アスティマからすると同じ映像かと思えるほどに変わり映えしないが、一応は毎日チェックしている。しかし改めてこの配信を見ているとどうしても引っ掛かる部分があり流石に尋ねてみた。
「そもそもこれはなぜに絵なんだ?」
「えっ?」
動画を見終わったアスティマの疑問にエイトもレナもキョトンした顔をしていたのでアスティマは話を続ける。
「エレノアの容姿と声は後世に伝わっているのだし、予言する人間と映像の中で話す人間が同一である必要もないのだから、絵じゃなく似てる奴を連れてくれば良い。信徒20億人を抱える組織と現代の技術なら容易いと思うが」
「それは‥‥‥本当にその通りですね。誰にも分かりません」
エイトは首を傾げ早々に匙を投げた。
「人の真意とは一見非合理的に思える判断から浮かび上がるものだが、これは現代人から見るとどうなんだ?」
「私の感覚では‥‥‥非合理的とは言い切れないような。これが生身の人だとちょっと生々しい気がするので」
エイトと違いレナは一応の推論を述べるがアスティマにはその意味が良く分からない。
「生々しいとは?」
「今見ているこの画面に映っているのが動く絵ではなく、エレノア様だと名乗る生身の女の人であることを想像して下さい。何とな~く抵抗感が強まりませんか?」
言われてみればこの画面の中で生身の女がエレノアを名乗っている姿を想像すると、上手く言語化することは困難だがより一層痛々しく思える気がしないでもない。
「確かにそれはある‥‥‥のか?そのアレクォーサー、いやアイクォーサー?アレクサンのオーサ?なんだったか」
どうにも似通った名前が多いせいでアスティマは話の途中で混乱してしまった。
「アレクサンのオーサはオースティン卿ご本人のことかと‥‥‥。実際そのアレクサンドリア大司書オースティン様にあやかって名付けられたのですが。アレクォーサーはアレクサンドリアを使って配信する人の総称で、その中でも動く絵を使って役を演じる人がアイクォーサーに分類されます。これはイマジン・アレクォーサーの略称ですね。さらに縮めて単にアイとも呼ばれます」
エイトの言うアイクォーサーの名称の由来がオースティンという話は初めて聞いたが、ウェブサイトのアレクサンドリアはアレクサンドリア図書館に因んで名付けられたと聞いていたので、もしかするとそうなのかもしれないとは考えていた。
「つまりエレノアもどきはアイクォーサーだな?奴は単純にそのアイクォーサーとやらに興味があったとは?」
「いやぁそれは‥‥‥どうでしょうね」
エイトはとてもそうは思えないと言いだけな渋い顔で答えた。
「なさそうか。しかし現代ではこんなもので金が稼げるわけだ。まぁある種の芸人、舞台役者みたいなものだが」
「アスティマ様の時代だとそういう生業の人ですね。配信者を生業と言って良いのかは、今も色々と議論はありますけど」
レナの言い方と表情を見て、アスティマはいつの時代も芸事で金を稼ぐことにとやかく言う輩がいることを察した。
「しかし俺の時代とは規模感が違い過ぎる。名が売れた連中は日夜数万人が見ているというのは驚きだな‥‥‥‥‥‥ふむ、数万か」
「どうかしましたか?」
レナが不思議そうに尋ね、エイトもこちらを見た。
「俺もやってみても良いかもな、アイクォーサー」
「ええっ!?」
「うええええええええええっ!?!?」
アスティマの呟きに二人は驚いたがエイトは特に大袈裟なほど声を張り上げた。
「‥‥‥大戦時代の年寄りには無理だと思ってるか?」
「いや!!そうではなく!!」
エイトは必死に手をブンブンと振り否定していた。
「戸籍もなければ身分さえ明かせぬ身だが金は稼がねばならない、もしかしたらそのアイクォーサーとやらは最善の手段になり得ると思わないか?」
「別にお金のことは‥‥‥今だって我が家の警護をしてもらってるようなものですから」
レナはアイクォーサーの是非には触れず躊躇いがちに話す。
「逆に危険に巻き込む恐れがある、そんな奴が護衛なわけがあるか」
アスティマがそう言うと今度はエイトが「ふむ」と唸りながら何か考えていた。
「アスティマ様が適性抜群な職業となると冒険者もありますよ。父さんなら戸籍とかライセンス無理矢理取って来れそうですし」
「‥‥‥冒険者はアイクォーサーよりも人と接する機会が多そうだから面倒だ」
「それは‥‥‥そうですね。でもアスティマ様ならエルドラドの未到達階層にも辿り着けそうなので夢はあります」
エイトが何気なく発したその言葉はアスティマにとって聞き捨てならないものだった。
「今エルドラドと言ったか?」
「はい、冒険者の中でも一流の人しか入ることの許されない憧れの地で、動画もあまり出回ってません。あっ、アスティマ様はエルドラドのコトなんて僕らより詳しいですよね」
「そうだよエイト‥‥‥アスティマ様?」
アスティマの雰囲気が少し変わったことにレナは気付いたようだが、エイトは特にそういった素振りはない。
「お前たち、この時代でエルドラドの王の動向について何か聞いたことはあるか?」
「エルドラドの王ですか?黄金郷の最奥で今も生きてるって話は伝説として伝わってますが‥‥‥写真や記録は何一つ出回ってません。でもアスティマ様がそうやって気にするということは‥‥‥」
エイトに顔を覗き込まれながらアスティマは回想する。その地にまつわる忌まわしき探索の記憶を。アスティマが生涯で恐れを抱いた数少ない存在を。
「エルドラドの王、大戦時代にもすでに古の伝説ではあったが俺は会ったことがある。後でヘンリーにも訊いてみるか」
「父さんは何か知ってるかも知れませんね」
エイトは言いながら手元の携帯電話を弄っていた。今はスマホと呼ぶのが一般的らしいがアスティマにはあまりしっくり来ずに携帯と呼んでいる。
「もしも奴に俺の生還と所在が知られたら一巻の終わりだ」
「えっ‥‥‥どうしてですか?」
その物騒な言葉を受けてレナが不安そうに訊く。彼女に気休めの言葉の一つも言えないのがアスティマの現状であり、代わりにその理由を説明する。
「俺とは敵対関係にある。かつて俺は聖者の影の部下を率いて奴の討伐に向かったが仕留められず、たった百人しかいない同胞の内二人を失った。与えた損害もあれど敗走だ」
「アスティマ様と聖者の影が敗走‥‥‥?そんなに危険な存在なんですか」
アスティマの話にエイトは息を呑んでいた。無敵だと聞いていた英雄が敗走したと言われれば話が違うので当然かもしれない。
「当時の俺と奴では不死身同士の不毛な戦いになってしまった。だが俺と違い向こうは今でもあの都の中で往時の力を保っている可能性が高い。唯一の救いは都の外に出ないことだが、条件さえ整えば遥か遠方の相手をエルドラドに引き込めるはずだ」
「‥‥‥そんな恐ろしい存在だったんですか、エルドラドの王って」
「そもそも養分となる人間が不用意に立ち入るせいで奴は力を保てているんだ。エルドラドでの死者は報告されていないのか?」
「確か今でも年間30人程度行方不明になっているそうです」
エイトはすぐに答えた。つまりそれだけ有名な話なのだろうと分かる。
「それなのに立ち入る奴らと許可する奴らがいるのか」
「街中でも海でも山でも人はたくさん死にますから」
「それはそうか」
この時代の権力者たちが本当に何も知らないのか、アスティマからすると何やらきな臭い気もしたが今はまだ考えても仕方がないと割り切る。各々が考え込み三人の会話がしばし途切れると、付けっぱなしになっているテレビの音声がはっきりと聴こえてきた。
『‥‥‥次のニュースです。昨夜午後九時過ぎ、カミカワ県ミツウラ市の公園で人が倒れているとの通報があり警察が駆けつけた所、三人が倒れた状態で発見されその場で死亡が確認されました。遺体はいずれも損傷が激しく年齢や性別は不明ですが、周囲にはエレノア騎士団の団員に支給される所持品が落ちていたとのことです。現在警察が遺体の身元の確認を急いでいます』
今までは聞き流していたテレビのニュースから、どうにも気になる情報が耳に入った。
「エレノア騎士団の団員が死んだだと?」
「あっ‥‥‥これってもしかして」
驚くアスティマと対照的にレナは明らかに思い当たる節がありそうな反応を示した。
「何か知っているのか?」
「同一犯による連続殺人‥‥‥かも知れません」
第一報を伝えた声が途絶えると、しばらくして今度は男の声が聞こえてくる。アスティマがテレビの画面を見ると知識人風の中年の男が話していたが、誰でも分かるような無難な話を小難しい顔で語っているのが少々気になった。
『‥‥‥遺体には激しく焼け焦げた跡があったとの話もありますが、こうなるとやはり騎士狩りとの関連が疑われますね』
アスティマが画面の中の男を冷めた目で見ていると、遠い昔に聞いた覚えのある単語が聞こえてきた。
「今この男、騎士狩りと言ったか?俺の時代にもいたが現代にもそんな輩がいるのか?」
思わず口をついて出たその問いかけにエイトが神妙な面持ちで相槌を打つ。
「ええ‥‥‥数年前から騎士団の団員が焼死体で発見される事件が度々起こるんですよ。世界中で発生しているので同一犯かも不明ですが、噂ではどれも高度な火の魔法を用いた犯行だとされてます」
「高度な火の魔法だと?そんなところまで俺が殺した騎士狩りと一緒とはな」
「ええっ!?アスティマ様が直接関わった事件なんですか?‥‥‥もしかして模倣犯だったりするんでしょうか?」
エイトの推察はアスティマの頭にも過ったことではあったが、この一件を聞いたアスティマにはそれ以上に憂うべきことがあった。
「それも気掛かりだが‥‥‥まさか死んだのはジェラルドたちじゃないだろうな」
アスティマの言葉を聞きエイトとレナはハッとして顔を見合わせた。
「この国で活動する騎士は多いですし、ミツウラ市の近くには確か騎士団の駐屯地があったはずなので流石にそんな偶然は‥‥‥」
否定つつもレナはどこか自信なさげだった。もし遭遇した騎士に「騎士狩りが出た」と報告する時間があり腕に覚えのあるジェラルドが近くにいたなら、他の騎士より騎士狩りに遭遇する可能性は高い。アスティマ同様にレナもそこまで考えが及んだのだろう。
「いえ、少なくともジェラルド卿ではないようです。それ以上のことは私にもまだ分かりませんが」
「ん?」
突然背後からこの場にいなかった人間の声が聞こえた。声の方を見ずともアスティマはヘンリーだと理解する。
「アスティマ様、懸念なさっているのはエルドラドについてですね?」
「レナかエイトがわざわざ呼んだのか、仕事中だろうに」
「仕事よりもこちらが優先ですよ」
ヘンリーは言いながらアスティマの向かいのソファに座った。そこだと少し遠いのでアスティマは別に隣でも良くないかと思ったがわざわざ口にはしない。
「何か知っているか?」
「まことに遺憾ながら王のことは何も。ただアマリリス女王がですね‥‥‥」
「リリィ?」
「数百年前の出来事だと思いますが、エルドラドを禁足地とするようにと再三訴えていたそうです。貴重な資源に目の眩んだ人間側が結局それを無視したようですが」
「ああ、なるほどな。大戦時代にあの地を禁足地としたのは他ならぬ俺だ。リリィは俺の意志を継いでくれたわけか。だが人の愚かさに折れたと」
「‥‥‥やはりアマリリス女王に連絡を取りますか?」
アマリリス、かつての泣きべそリリィ。ウィルソンに協力しアスティマの帰還のきっかけを作ったエルフの女王。ほぼ間違いなくアスティマにとって味方と思われる彼女に連絡を取るという提案はこの家に来たその日の内からあったが、未だアスティマは固辞していた。
「先にも話したが宰相ザムスティンがあまりに目障りだ」
「ではやはりザムスティン様が外遊などで離れたタイミングを狙う方向で」
「そうだな。ところでお前はエルドラドについて何かきな臭い話を耳にしてはいないか?俺の読みでは危険性を知りながら供物のようにあの地に人を送り込んでいる権力者がいると思うのだが」
それは大戦時代には実際にあったことだった。時代が変われど人の愚かさは変わらないだろうとアスティマは睨んでいた。
「そういう輩もいるかも知れませんが私は特定できていません、少なくともこの国の政府はエルドラドへの渡航許可に消極的なので大丈夫だと思います。ただ、ここでもやはり聖教会は怪しいですね」
「またか」
「はい、エルドラドの探索に向かう者への支援がやけに手厚く、騎士も頻繁に派遣しているのですが‥‥‥不思議と冒険者の消息不明は多いのに聖教会の関係者が消息を絶ったという話はあまり聞かないのです」
「露骨な‥‥‥仮に聖教会とエルドラドの王に繋がりがあるとなると面倒だ」
「本当に‥‥‥困ったものですね」
それきりアスティマとヘンリーが黙り込むと、エイトが何か思い出したように「あっ」と声を上げた。
「父さん、アスティマ様がアイクォーサーをしてみたいそうなんだけど」
「ええっ!??本当ですかアスティマ様!」
「あ、ああ。ある計画のために都合が良い気がしてな。もしかして道具を揃えるのに結構な金が掛かるのか?」
「いやいやいや!!そのようなことお気になさらずとも全てこちらで用意いたしますとも!!ただ重ねて申し上げますが収入を気にしてのことでしたら‥‥‥お構いなく」
そう言いつつヘンリーはなぜか残念そうだった。まるで自分にアイクォーサーをやってほしいみたいだとアスティマは感じた。
「いや、俺自身の目的のためだ」
ここで収入についても気にしていると言うと面倒なのでアスティマはあえてそれは口にしなかったが、嘘はついていない。
「では早急に準備をいたしましょう!!レナ、エイト、二人もアイクォーサーの先輩として色々と教えて差し上げるんだ」
ヘンリーは興奮気味に聞き捨てならないことを口走っていた。
「‥‥‥アイクォーサーの先輩として?」
アスティマがヘンリーの言葉を反芻すると、レナとエイトが途端に気不味そうに体を揺らし始める。
「あっ、私たちも細々とやってるんです‥‥‥アイクォーサー」
「そうだったのか?なら言ってくれよ」
「興味ないかと思いまして。僕らで良ければその、ご教示させていただきます」
「‥‥‥妙な言葉遣いの先生だな」
こうしてアスティマはこの日からアイクォーサーを目指すに至った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます